「恋のカタチ」第3話 【短編小説】
貴方は魅力的
講義が終わり帰り支度をしていると、後ろから肩を叩かれる。振り返ると、爽やかな雰囲気を纏った好青年が立っていた。
「月宮、だよな?俺の事覚えてるか?」
「そうですけど…。えっと、どちら様ですか?」
俺にイケメンの知り合いはいないので、全く見覚えがない。質問をされているのに、逆に質問で返してしまった。
俺の返事に相当驚いたのか、相手は大袈裟に思えるほどがっくりと肩を落とす。
「覚えてねぇのかぁ…」
「だから、どちら様です?」
「俺だよ俺!中学のとき仲良かった天羽だよ!」
そう言って自分の顔を勢いよく指さす。
マジマジと相手の顔を見ながら、中学の頃まで記憶を遡っていくと、確かに相手の顔には見覚えがあった。
「思い出した…!問題児の天羽か!」
中学のとき、よくつるんでいる友達がいた。ソイツは遅刻はしてくるし、提出物を出さないのは当たり前。些細なことで先生たちには反抗し、売られた喧嘩は必ず買っていた。
手が付けられない程の問題児、つまりはヤンキーだったわけだ。
天羽と仲が良かった俺も問題児だったのかと言われればそうではない。天羽とは対称的に俺は大人しい性格だったし、特に問題を起こすようなこともなかった。
なぜ仲良くしているのか、と聞かれることも多々あった。
自分でもなぜだか分からないが、波長があっていたのだろう。天羽の隣は妙に落ち着くのだ。
「うわ〜!懐かしいな!あんなに問題児だったくせに、爽やかイケメンに育ちやがって!」
懐かしさから感極まって背中をバシバシと叩く。それに何も言わず、されるがままになってくれていた。
「中学ときのことはあんまり言わないでくれ…完全に黒歴史だから、あれは…」
そう言いながら苦々しく笑う。昔のことだが余程堪えるらしく、眉間に寄ってきている皺を解していた。
「でもまぁ、こうしてまた会えて嬉しいよ。高校進学の段階で、俺は引っ越しちまったからな」
そうなのだ。天羽は親の仕事の都合も相まって、高校進学を機に遠くへ引っ越してしまった。
中学でずっと一緒にいたものだから、高校も同じところに行けると思っていたので、別々の進路になってしまったときはひどく落ち込んだものだ。
別の高校に進学してもちょくちょく連絡は取りあっていたのだが、お互い勉強や部活で忙しくなり、疎遠状態になってしまっていた。
でもまさか、知らず知らずのうちに同じ大学に進学していたとは、何か感慨深いものがある。
「でも俺のこと覚えてなかったなんてな…ちょっと、いや結構ショックだわ…」
端正な顔に悲しげな表情を浮かべる。俺は慌てて謝罪を入れた。
「いやそれは本当にすまん…!だって、あの頃の面影なんて一切なかったし、こんなイケメンに育ってるなんて思いもしなかったから…」
申し訳なくて思わず下を向く。気にするな、とでも言うように肩を叩かれる。
顔を上げると先程までの悲しげな表情が嘘のように、満面の笑みを浮かべていた。
「いいって。別に怒ってるわけじゃねぇし」
「そっか。ならよかった」
「その代わり!」
ビシッと指を突きつけてくる。胸を撫で下ろしかけていた俺は、何を要求されるのかと思い体を強ばらせる。
「俺ん家で飲もう!久しぶりに会ったんだから、語り明かそうぜ!」
「それって、今日か?」
「今日!…もしかしてなんか用事でもあったか?」
寂しげな瞳で見つめてくる天羽に思わず胸を打たれる。この捨てられた子犬のような表情には昔から弱かった。
「いいよ。特に用事もねぇし」
「よし!じゃあ夜の8時頃俺ん家に集合な!住所は送るからよ」
「りょーかい。何かつまみとか買ってきた方がいいか?」
「そうだな…じゃあ頼むわ。俺は酒買ってくるからよ」
「分かった。8時頃お前ん家いくから、ちゃんと住所送っとけよ!」
「おう!じゃあまたな!月宮!」
そう言って笑顔で手を振りながら、走り去っていく。向かった先には明らかにキラキラした、俗に言う陽キャという感じの人たちで、3人ほど天羽のことを待っていた。
高校の時に知り合ったのか、とても仲が良さそうでみんな笑顔で話をしている。
そんな天羽たちを尻目に、さっさと講義室を後にした。
「えーと、ここを左に曲がって…。あ、あった」
スマホに送られてきた地図を見ながら、目的地に到着する。俺の家から電車で約15分の所に、天羽の住んでいるマンションがあった。
見上げるほど大きく、外見は黒を基調としたシックで落ち着いた色合いで、いかにも金持ちが住んでそうな家という感じだった。
さすが実家が太い男は違うなと思う。
とりあえず着いたことを報告するために、天羽に電話をかける。1コールもしないうちにすぐに出た。
『もしも〜し。着いた?』
「おう。一応着いたけど」
『了解!じゃあ迎えに行くから待っててくれ』
そこまでしなくてもと思ったが、この手のマンションは絶対にオートロックなので、いかんせん入り方が分からない。
なのでお言葉に甘えることにした。
「あ〜、頼むわ。正直どういう風に入ったらいのか分からん」
『おけおけ。すぐ行くから待ってて』
そう言って電話が切れる。言葉通りマンションの前で待つことにした。
天羽を待っている間に一人、二人とマンション内に入っていく。誰一人として、こちらのことをちらりとも見てこないが、怪しい人物がいると警察に通報したりしないだろうか。
天羽早く来い!と祈るような気持ちで待っていると、肩をトントンと叩かれる。既視感があるなと思いながら後ろを振り向くと、天羽が立っていた。
「おっす!わざわざありがとな、ここまで来てくれて」
「いや、逆に助かったわ。オートロックとか分かんねぇからな」
「あ~分かるわぁ。俺も最初全然分かんなくてさ、慣れるまでに苦労したぜ」
歩き始めた天羽の後ろを着いていき、自動ドアから中へと入る。慣れた手つきで数字を入力すると、もう一枚あった自動ドアが開き、正式に建物内へ入ることができた。
エントランスはとても綺麗で、マンションの外観と同じく黒で統一されており、洗練された空間とはこういうものをいうのだろうな思う。
物珍しさからきょろきょろと見回していると、天羽の呼ぶ声がする。
いつの間にかエレベーターに乗っており、慌てて俺もそれに着いていく。俺が乗ったのを確認するとエレベーターはゆっくりと上昇していった。
「俺の部屋はね~、8階にあります」
「へ~珍しいな。お前なら最上階にするのかと思ってたよ」
「なんでだよ…俺別に高いところ好きじゃないからな。それに俺は8っていう数字が好きだから8階にしたんだよ」
「ふ~ん…単純だな」
「何がぁ?」
小さな声で呟いたつもりだったが、耳聡い。
柔らかな笑みを向けてくるが、感じる圧は尋常じゃない。何でもないとでも言うように首を左右に振ると、ようやく圧を感じなくなった。
「はい、とうちゃ~く」
そう言いながらエレベーターを降りる天羽に続いて俺も降りる。廊下をどんどん進んでいき、一番奥が天羽の部屋のようだった。
鍵を掛けていたのか、玄関の扉を解錠し中へと入っていく。突っ立ったままでいる俺に手招きをし、中へ入るよう促した。
「何してんの。ほら早く入って」
「お、お邪魔します…」
恐る恐るといった足取りで天羽の後ろを着いていく。案内されたそこはリビングだろう。
雪のように真っ白な壁と、黒曜石のような黒色をした木材の床が、美しいコントラストを生み出している。
設置されているインテリアはどれも素晴らしい。シンプルな物がほとんどだったが、どれもこの部屋にはなくてはならないと感じさせる、洗練されたものばかりだ。
「かっけぇ部屋…」
「そうか?ありがと。俺、内装とか考えるの大好きなんだよな」
未だ呆然としている俺に、ソファに座るよう促す。そのソファも高価そうで一瞬躊躇ったが、家の主に許可を貰ったのだから気にせず座ることにする。
「つまみ買ってきたんだけど、こんなもんでいいか見てくれ」
忘れかけていたおつまみを袋から取り出し、次々にテーブルに置く。あたりめ、チータラ、柿の種、ミックスナッツやビーフジャーキーなどおつまみの定番と言えるものは一通り揃っているはずだ。
「おー!結構買ってきてくれたんだな!」
キッチンの方にいた天羽に呼びかけると、机に並べられたおつまみの多さにキラキラと目を輝かせている。
「目についたものを適当に買ってきたんだけど…なんか嫌いなものとかあったか?」
「ん~いや?別にねぇな。あ、俺これ好き」
そう言ってチータラの袋をひらひらと掲げる。確かに、それは俺も好きなものだ。
「あ、そういや何飲む?好きな酒とかあるか?」
「あんま酒飲まないから分かんねぇんだよな。何があるんだ?」
「ワイン、ビール、ウイスキー、日本酒とか焼酎もあるぜ」
「結構あんだな…」
「まっね、俺お酒大好きだし」
パチンとウインクを決める。こんなキザな仕草でもイケメンは様になってしまうのだから、なんとも羨ましいものである。
「じゃあ、お酒大好き天羽さんのおすすめのやつにしてもらおうかな」
「オッケ!任せろよ」
スキップでもしそうなほど上機嫌でキッチンの方に向かっていく。ものの数十秒ほどで、自分が飲むお酒と一緒に持ってきてくれた。
「なんだこれ?」
「カシスソーダ。あんまり飲まないって言ってたし、最初は軽めがいいだろ」
そう言いながら作ってくれたカシスソーダを目の前に置いてくれる。
「この紫色のがカシスリキュールっていうお酒な。それを炭酸水で割ったら完成!本格的な作り方じゃねぇから、なんちゃってカクテルです。飲んでみて」
「いただきます…」
恐る恐る一口飲んでみると、まず炭酸のシュワシュワとした刺激が口の中で弾けた。続いてカシスの甘酸っぱさが広がる。炭酸の爽やかさがその甘さを引き立てていた。
「なにこれ、うっま!お前すげぇな!」
「俺は混ぜただけだよ。でも喜んでくれてよかった」
にっこりと笑いかけた後、自分のお酒を用意している。
ワインボトルを手に取り、グラスに赤みがかった紫色の液体が注がれていく。そんな天羽の姿は様になっており、思わずじっと見つめてしまう。
「はい、カンパーイ!」
「かんぱーい」
合わせた二つのグラスが、カチンと音を鳴らした。
「月宮~!お前結構飲めんじゃねぇか~!」
あれから2時間ほど経っただろうか。テーブルの上のおつまみは適当に開けられている。天羽はだいぶ酒豪なようで、ワインボトル2本、瓶ビール3本、今は一升瓶の日本酒を飲み干そうとしているところだ。
かくいう俺も天羽進められるがまま、色々なカクテルを作ってもらい、たくさん飲んでいた。
色々作ってもらった中で、最初に飲んだカシスソーダが今のところお気に入りだ。
「まだまだいけっか~?」
「いや、結構限界に、ちかい…」
「え、全然顔にでてねぇけど!?」
「酔えば酔うほど、表情が死んでいくんだよ…」
俺は酔っても顔に出にくい。そのせいで飲み会に連れていかれたときなんかは、必ずと言っていいほど、自分のキャパを超えて飲まされることが多かった。
「…そういうお前はご機嫌だよな」
「そう!俺、酔うとちょ~上機嫌になんの!」
そう言いながらにこにこと笑っている。絡み酒というのだろうか、素面の時と距離間が凄く近い気がする。
「あ、そーだ。月宮はさぁ、好きなやつとかいるの?」
「唐突だな…なんでいきなり、?」
「酒飲んでるときにする話と言ったらこれしかないだろ!」
「そうなのか?」
「そうなんです!」
隣でうんうんと大きく頷く天羽を横目に見ながら、考えを巡らせる。高校、大学で友達は結構作れた方だとは思うが、それでも好きな人となるとできたことがないような気がする。
「俺は…いないかな」
「へぇ~、お前らしい」
「馬鹿にしてんのか」
「してねぇよ。そんなに怒んなって」
宥めるようにポンポンと肩を叩かれる。
そんなに俺に好きな人がいないことが意外だったのか?と思いつつも、今度は天羽に尋ねてみる。
「じゃあさ、天羽にはいたりするのか?好きなやつ」
「いるよ。誰だと思う?」
先ほどまでの無邪気な笑顔から打って変わって、柔らかな笑みを浮かべている。お酒に酔って上機嫌になるというのは、全て演技だったのではないかと疑ってしまうほどの雰囲気の変わりようだった。
「え~…誰なんでしょ…」
その雰囲気に何故だか異様に緊張してしまい、思わず敬語になってしまった。
「俺の好きな人は、月宮だよ」
「それは…冗談、とかではなく?」
困惑する俺の問いには答えずに、ただにっこりと笑う。その笑みは嘘などない、といっているようだった。
なんと返していいか分からず、言葉が出てこない。数分ほど沈黙が続いただろうか、意を決して口を開いた。
「…俺も天羽のこと、好きだよ。一緒にいると楽しいし、傍にいると落ち着くし…。でも…」
「でも?」
考えが纏まらず口ごもる俺を急かさずに、次の一言を待ってくれている。
「俺の好きと天羽の好きはきっと違う。だから、俺は、天羽の気持ちに応えられない、と思う…」
「そっか…」
俺の言葉を聞いて悲し気に目を伏せた後、大きなため息を吐きながらごろんと床に寝転がる。
「あ~あ、振られちゃった」
「なんかごめん…」
「なんで謝んの。月宮は全然悪くないよ。俺は気持ちを伝えられて満足です」
そう言いながら頭の後ろに腕を組む天羽は、どこか清々しい顔をしていた。
「あ〜、これからはそういう意味で好きになって貰えるように努力しねぇとなぁ」
「諦めねぇんだな…」
「そりゃもちろん!一回振られたぐらいじゃ諦めようと思えねぇしな」
フンと鼻を鳴らす天羽を見て、諦めの悪いところは昔と変わってないんだな、と思う。それが少し嬉しくもあった。
「俺のこと絶対好きにさせてやっから、覚悟しとけよ?」
「あー、お手柔らかに頼む」
「しょうがねぇな~。ちょっとは手加減してやるよ」
俺の返事に満足したのか、満面の笑みでお酒を飲み進める天羽に、ほどほどにしとけよ、と声を掛ける。
そんな天羽を見ながら俺もまた、カシスソーダを一口飲んだ。
