見出し画像

「恋のカタチ」第1話 【短編小説】

【あらすじ】
 恋には様々なカタチや、思いがあると思います。
 思いを伝えられなくて悩む片思いだったり、相思相愛でお互いのことしか見えていない両思いだったり、甘酸っぱい初恋だったり…。
 恋というものは難しくて、切なくて、愛おしいもの。
 そんな様々な恋を魅せてくれる青年たちのお話です。

無言の愛情


 目覚めかける直前のふわふわとした感覚が好きだ。意識はまだ夢の中に残っているが、どうにかしてそれを現実へ引き戻そうとするあの感覚。それが堪らなく好きなのだ。
 微睡む意識の中その感覚を楽しんでいると、不意に光が目を刺した。眩しくてすぐに現実に引き戻される。ゆっくりと意識が戻っていくから最高だというのに…。
 勢いよく体を起こし窓の方を見たが、少し開いていたカーテンの隙間から見える景色は暗い。それがまだ夜だという証拠だった。
 ではどこから光が射しているのだろうと周りを見渡すと、サイドテーブルのランプを点けて鳴海がタバコを吸っていた。
 「あー悪い、桐生。起こしたか?」
 「タバコくせぇ…外出て吸えよ…」
 「はっ!残念だったなぁ。ここにベランダなんて気の利いたものはありません」
 チッ!と部屋中に響き渡りそうなデカい舌打ちをして、ベッドへと潜り込む。少しはタバコの匂いも薄くなるかと思ったが、そんなことはなかった。
 なので、もう一度体を起こして抗議する。
 「じゃあせめて電気消してくれ。眩しくて寝れねぇ…」
 「そんなこと気にせずに普通に寝たらいいだろ」
 「眩しいって言ってるよなぁ?俺はちょっとでも明るいと寝れねぇんだよ」
 「へいへい。じゃあ後で消します」
 今消せよ、と思ったが諦める。これ以上コイツに何を言っても無駄だという事が分かっていたからだ。
 ベッドへと横になり冴えてしまった目をどうしようかと考える。一度目が覚めてしまうとまったく寝ることができない。何故だか眠たくなくなってしまうのだ。
 何もすることがないのでぼーっとしていると、タバコを持ちながら鳴海が俺の隣に寝転がってくる。
 「寝タバコすんなよ。灰が落ちるだろ」
 「まぁまぁ気にすんなよ。ちょっとぐらいなら大丈夫。桐生は細かいんだから」
 「いや細かくねぇし。全然大丈夫じゃないだろ。火事になるし普通に危ない」
 「そこまで言うなら気を付けるよ」
 そう言いながらもタバコを吸う事だけは絶対にやめない。タバコの煙で器用に輪っかまで作っている。
 「寝れねぇ…」
 「そ?じゃあもう一回する?俺は全然出来るけど」
 「体力有り余りすぎだろ…元気だな」
 とは言ったもののいい提案なのかもしれない。人は程よい運動をすると気持ちよく眠れると昔本で読んだことがある。今からしようとしていることが程よい運動なのかは分からないが。
 俺が何も言わないことを肯定を受け取ったのか、タバコの火を消し、顔を近づけてくる。
 「…それはヤダ」
 「冷めること言うなぁ~。雰囲気作りは大事だぜ」
 「嫌なもんは嫌だ」
 「わがまま〜。ま、無理にする気はねぇけどよ」
 そう言って背中をつぅ…と撫でてくる。いつも以上に優しい手つきに思わず声を出してしまった。
 ハッとして急いで口元を抑える。だが一足遅かったらしく、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた鳴海と目があった。
 「へー、いつもよりもいい声出すじゃん」
 「うるせぇな…やるなら早くやれよ」
 返事の代わりに甘噛みされる。今度は首筋を吸われながら胸から腹へと指を這わせていく。やはりいつもより優しいような気がする。
 「…ッ」
 「あ、わりぃ。優しくしたつもりだったんだけど…痛かったか?」
 「んなことねぇ…から、はやく…ッ」
 焦らすような手つきに、思わず自分から求めてしまう。こんな事を言うのは初めてだったが、それも気にならないほど相手のことが早く欲しいと思った。
  錯覚してしまいそうなほどの優しさに、何故だか胸が痛む。だがそんなことを気にする 余裕もないほど、快楽が体を支配していった。


 セットしていたアラームの音で目が覚める。時間を確認すると朝の5時だった。
 カーテンの隙間から淡い陽の光が射しこんでいる。隣を見るとやはりというか、アイツは居なかった。
 それもそうだ。俺らはそういう関係なのだ。一晩だけ相手を求め、朝になると自分の 痕跡を一切残さずに部屋を出る。
 次に互いを求め合うのはいつ頃だろうか。そんなにも俺らの関係は曖昧なのだ。まぁ、今更気にすることでもないが。
 「…痛ってぇ!」
 風呂に入ろうとベッドから降りたときに、何か硬いものをタイミングよく踏んでしまう。
 足元を見ると、指輪が一つ転がっていた。
 手に取ってみると鮮やかな紅絹色をしたルビーがはめ込まれている。
 カーテンの隙間から差し込んでいる陽の光に翳すと、反射してキラキラと美しい光を放っていた。
 これはきっとアイツの忘れ物だろう。俺はこんな高価そうな指輪は持っていないし、何よりあげる女がいない。
 そんなことより、この指輪をどうしようか。
 別にこのまま部屋に置いて帰ってもいいのだが、大事なものかもしれないし、それこそ誰かに盗まれでもしたら困るだろう。
 そもそも忘れていくなという話だが。
 一応報告するために電話をかける。俺からの電話に一度も出たことがないので、出るかどうかは分からない。1コール、2コール、3コール…とどんどんコール数が積もっていく。
 合計10コールに達するかというところで電話に出た。
 『…もしもし?』
 少し警戒したような声音が聞こえてくる。
 俺の電話番号を覚えていないだけなのか、 それとも自分からは電話してくるくせに相手からされると嫌なタイプなのか。
 「もしもし、俺だけど」
 呆れた雰囲気を隠しもせず応答すると、いつもの明るい声が返ってくる。
 『ああ桐生か!なんだびっくりした~!お前から電話してくることなんてそうそうないもんなぁ!で、なんか用があるんだろ?なに?』
 「お前、指輪忘れてっただろ。床に落ちてたから踏んじまったわ」
 『指輪…?』
 そう言ったあと少し考え込んだのか、何も聞こえなくなる。それから数十秒後思い出したように声を上げた。
 『あれか!いや〜見当たんねぇから探してたんだよ』
 「あそ。じゃあ捨てていい?」
 『いやなんでだよ!預かってくれたっていいじゃねぇか。優しさっていうもんがないのか、お前はぁ!』
 スマホを耳に近付けなくても聞こえるくらいの声量で文句を言ってくる鳴海に、深く大きなため息を吐く。
 「めんどくせぇからだよ。俺とお前はそんな間柄じゃねぇし、義理立てしてやるつもりもない」
 『…まぁ、それもそっか』
 そう言うと何か考え込んだのか、電話の向こうから何も聞こえなくなる。
 数十秒ほど経って、鳴海が口を開いた気配がした。
 『じゃあさ、それいる?』
 「…は?」
 『もう俺には必要ねぇし。新しいの買おうと思ってたから丁度よかったよ。大事にしたげて』
 「あのなァ…!」
 やり場のない怒りに頭をガシガシと掻きむしる。
 「俺はこんなの要らねぇんだよ…!てめぇの忘れ物を何でわざわざ俺が貰ってやらなきゃいけねぇんだ!?」
 『まぁまぁそう言わずに。捨てられるより新しい主に使ってもらった方が指輪も喜ぶと思うぜ?』
 「んなこと俺が知るかよ」
 『あっはは!確かにそうだな!』
 何が面白いのか声を上げて大笑いしている。コイツの笑いのツボはたまに分からない。
 その笑い声を聞いていると指輪のことで怒っていたのが馬鹿らしくなってくる。
 まぁ、まだ少し怒りは残っているが。
 「分かった、指輪は俺が貰う。その代わり後で返して欲しいって言っても、ぜってぇ返してやらねぇからな!」
 『いいぜ、大事にしてやってくれ。じゃあまたな』
 「おう」
 電話を切ってため息を吐き、ルビーの指輪を眺める。
 「どうすっかな、これ…」
 貰うと言ったはいいものの、俺はアクセサリーが嫌いだ。なにもアクセサリーそのものが嫌いという訳ではなく、首、腕、指や足などに何かあるのが嫌いなのだ。
 むず痒いというか、なんだか気持ち悪く感じる。
 それでも指輪を貰ったのにはあるちょっとした理由があった。
 「俺の気持ちに気付いたわけでもなかろうに…」
 俺は鳴海のことが好きだ。体だけの関係だし、互いのことを知り尽くしているというような親しい間柄でもない。
 自分が女役だから情が移ってしまったのかもしれないが、それでもこの恋心は本物だ。
 指輪をいじりながらベッドへ腰を下ろす。
 「俺が欲しいのは指輪じゃねぇんだけど…」
 鳴海は体だけの関係を望んでいる。そこに心が介入する隙間はない。
 そういう割り切った、愛だの恋だの存在しない関係を楽しんでいるのだ。
 そんなことは分かっているのに、アイツに触れられる度、抱かれる度に愛情は増していくばかりだ。
 多分アイツは俺のこの気持ちに気付いている。それなのに何も言ってこない。さっさと切ってくれた方が、互いにとって楽なはずなのだ。
 だからだろうか、もしかしたらアイツもと期待してしまうのは。
 そんなことはないということを行動、言葉、表情が全てを物語っているというのに。
 「難しいよなぁ、愛とか恋とかって」
 鳴海の見せる優しさに、好きでいてもいいのだと、もしかしたらこの気持ちを告白してもいいのだと、勘違いしてしまいそうになる。そんなこと許される筈がないのに。
 傍に居たいのならば、この気持ちは胸の奥に押し込まなければならない。
 俺はこの気持ちが伝わって欲しいわけでも、答えて欲しいわけでもない。
 ただただ傍に居られたら、それだけでいいのだ。
 それが体だけの関係だったとしても。
 この気持ちが報われることは、きっとないだろうから。
 「虚しいよなぁ…」
 そう呟いて、指輪に嵌められているルビーを優しく噛んだ。



いいなと思ったら応援しよう!