「恋のカタチ」第2話 【短編小説】
友と恋の狭間で
「俺、好きな人がいるんだ」
友人の突然の言葉に、食べかけの卵焼きを口から落としてしまう。
「えっ…と、それはおめでとう?つか、なんで今なの?」
「何となく。前から言おうとは、思ってたけど」
昼休みに学校の屋上で友達と二人きり。大切な話をするのには好都合だ、ということなのだろうか。
「そっか。まぁ魁にも人を好きになるっていう気持ちがあってよかったよ」
「お前、俺のことなんだと思ってるんだ?」
「才色兼備で冷たい男。もう少し笑ったらいいのになぁ~と思ってる」
「お前なぁ…俺は結構笑ってる方だろ」
「いやどこがだよ。俺といるとき以外、顔死んでるぞ」
この男、感情表現が苦手というわけではないのだが、自分の興味ないこと、他人と話すときなどありえないほど顔が無表情になるのだ。
親しい間柄だとものすごく明るい性格だし、表情もコロコロ変わるから感情を表に出すのが難しい、というわけではないのだ。
「そんなことはないと思うんだが…」
困ったように目を伏せるさまが美しい。
そう、この雨宮魁という男、優れた容姿の持ち主であり、勉強も運動もできる。おまけに少女漫画に出てくるようなイケメンを彷彿とさせる人物であった。
「いーや。めちゃくちゃ無表情だね。笑ったらもっとかっこいいと思うんだけど」
そう言いながらため息を吐く。実際、魁の笑った顔は男の俺でさえ惚れそうになる。無邪気に笑う顔もそうだが、たまに俺のことを愛おしそうに見て優しく笑う顔。
あんな笑顔を向けられている俺でさえ危ういときがあるというのに、女子なんかに向けたら失神どころの騒ぎではなくなってしまう。
それに関しては良かったのかな?と思わなくもない。
「で?告白はもうしたのかよ?」
「いや、まだ。絶対断られると思うし」
「えーお前が?魁に告られて断る女子なんかいねぇよ」
「それが…」
言いにくいことがあるのか、気まずそうに下を向く。この先の言葉を口にしていいものかと、悩んでいるように見えた。
「言いにくいことでもあんのかよ?」
「ああ…ちょっとな」
「…別にお前が誰を好きになろうと軽蔑したりしねぇよ。そんくらいで友達やめるほど、俺の心は狭くない!」
ビシッと魁を指さすと、少し驚いた後に優しく微笑んだ。
「優しいなぁ…ありがと」
「おう。いいから言ってみろ」
深く息を吸って吐き、覚悟を決めた目でこちらを見てくる。その気迫に圧され、息を呑んでしまう。
「俺が好きになった人って…夕鶴なんだよ」
「……え?」
言われた意味が理解できず、思考がフリーズする。伝えられたことのインパクトが強すぎて、脳が考えることを放棄しているようだった。
「おい、大丈夫か?」
「ちょっと待て、整理させてくれ」
うまく回らない頭で必死に考える。
”夕鶴”と魁は確かに言った。夕鶴というのは俺の名前だ。だがもしかすると、とても可愛らしい女の子が俺と同名であり、それを俺が勘違いしているという可能性はなくもない。
だが物は試しだ。少しでも不安は消しておいた方がいいだろう。
「一応聞くけどさ、それ俺?」
「お前以外にいねぇだろ」
「んあーー!!ですよね!夕鶴なんて名前、この学校に俺以外にいないもんな!」
不安が倍増した。さっきから冷や汗が止まらない。心なしか胃も痛み出してきた気がする。
「やっぱり、引くよな…。こんな気持ち悪いこと言われて」
「いやそんなことねぇぞ!?引いてないし、気持ち悪くない!ちょっと、いや結構驚いただけだから!」
ぶんぶんと勢いよく首を横に振る。俺の必至な否定に余計に傷ついたのか、悲しい表情を浮かべている。
「いいよ別に。そんな必死に否定しなくても、気持ち悪かったら気持ち悪いって言ってくれた方が…」
「だから気持ち悪くないって言ってだろ!なんでそうネガティブになんだよ!お前そんな性格だったか!?」
「じゃあ付き合ってよ」
流れるような告白に、思わずうんと言いかけてしまう。だが既の所で言葉を止めた俺を見て、魁は舌打ちをした。
「惜し~い」
「何も惜しくねぇわ!お前やっぱ演技してただろ!」
「へへへ。バレてた?」
「バレバレだわ!!!!」
学校中に響いたのではないかと思うくらいの大声で叫ぶ。その怒りをぶつけられた当の本人は爆笑していた。
これのどこに女子たちは惚れるのだろうか。
「そんなキレんなって。カルシウム足りてねぇんじゃねぇの?」
「怒らせてるのは誰だと思ってるんだ?」
「え~…俺?」
「よく分かってんじゃねぇか」
人差し指を顎に当てながら小首を傾げる。その仕草を見たら力が抜けてしまった。今まで怒っていた自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。
「もういいや…いちいち疲れるし。だいたい俺のことが好きって言ったのも噓なんだろ?」
「それは違う。俺が夕鶴が好きっていう気持ちなのは本当だ。揶揄ったりして悪かったな」
先ほどまで大口を開けて笑っていた魁が、人が変わったように真剣な表情で弁明してくる。その変わりように少しだけ笑ってしまった。
「いいよ、別にそこまで怒ってたわけじゃねぇし。俺も、魁のことは嫌いじゃねぇよ。ただちょっと驚いただけっつーか…」
「そうか…じゃあ付き合おう」
「話聞いてた~?好きだとは一言も言ってねぇからな?たとえお前のことが好きだったとしても、LIKEの方だよ。LOVEじゃねぇ!」
「そっかぁ…」
腑に落ちないような間延びした返事をされる。結局何が言いたいのか分からないという顔をしていた。
「付き合わねぇからな」
「何で?俺のこと好きだろ?」
曇りなき眼でそう言い切る。なんでコイツはこんなに自信満々なのだろうか。イケメンは、自己肯定感が高めに設定されて生まれてくるのだろうか。
「そっ、うだけど…そうじゃねぇ!さっきも言ったように、俺は友達として好きなの!付き合いたいとかそういう感情は一切ない!」
「ダメなのか…?」
「うん」
「どうしても…?」
ここぞとばかりに悲しそうな顔をする。さっきもそれを食らったおかげか、あまり心が揺れ動かない。だが、万が一もあるため、出来る限り目を合わせないように顔を背ける。
「…ダメ、です」
「そっか…じゃあどうしたら付き合ってくれる?」
「どうあがいてもお前と付き合うことはないけど…。まぁそうだなぁ…」
腕を組みながら天を仰ぐ。どう言えば諦めてくれるかと、色々考えを巡らせていたところ、ある結論にたどり着いた。
「俺にキスできたら考えてやるよ」
その言葉を発した途端に二人の間に沈黙が流れる。自分でも馬鹿なことを言ってしまったなと思ったが、クリアできない条件を出せば諦めてくれるだろうと思ったからだ。
だが、魁の一言で、俺の考えは非常に甘かったんだなと実感する。
「目、閉じとけよ」
「は?」
抵抗する暇もなく唇を塞がれる。開いたままの口から容易に舌が差し込まれた。驚いて引き離そうとするが、意外に力が強く中々離れてくれない。
その間にも舌や上顎を舐められ、力が抜けていく。
気持ちいい、というのもあると思うが何より息が続かず、頭の奥が痺れるような感覚がする。
限界が近づき、訴えるように魁のシャツを握ると、ゆっくりと唇が離れていった。
「どうだ?俺の本気は?」
「最悪だっつの…」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる魁に、当てつけのようにゴシゴシと唇を拭いた。
「キスできたんだから、当然付き合ってくれるんだよな?」
「え~…考えるって言っただけですしぃ…」
煮え切らない返事をする俺に対し、小さくため息を吐く。そんな姿でさえ、俺の目には美しく映った。
「逆になんで付き合いたくないんだよ?俺のこと大好きなんだろ?」
「そりゃそうだけど…なんていうか…戻れなくなりそうじゃん?」
「というと?」
「ん~、そうだなぁ…」
頭を掻きながら言葉を探す。魁は急かしたりせずに、俺の口から言葉が出るのを待ってくれていた。
「俺も興味はあるんだよ。男同士で付き合うっていうのがどういうことなのか、とか。魁とどこまでいけたりすんのかな~とかさ。でももし、想像と違ったら?魁は俺が傷つかないように振ってくれるだろうけど、友達にはもう戻れないだろうしな」
ここまで話を遮らず、静かに聞いていた魁の方をちらりと見ると、険しい表情をしていた。
「え、何その顔。初めて見たんだけど」
「夕鶴…お前、難しいこと考えてんね」
「いや対して難しくねぇだろ」
呆れた視線を送る俺に、とぼけた表情を返す。本当に意味が理解できないのだろうか。
「夕鶴の言いたいことは大体分かってるよ。要は世間体が気になるし、俺に捨てられたくない~、てことだろ?」
「あながち間違ってはねぇけど、そこまでは言ってないだろ」
「難しく考えすぎなんだって、お前は!」
バシバシと背中を叩いてくる。力が強めなので結構痛い。
「俺が『付き合って』って言ってるんだから、返事は『はい』だけでいいんだよ。俺たち両思いなんだし」
「俺の好きはLIKEの方だっつの」
「LIKEでもLOVEでもどっちでもいいよ。好きって言うことには変わりねぇんだからさ」
優しい瞳に見つめられ、何も言うことが出来なくなる。このまま拒否し続けても魁は絶対に諦めないだろう。
それならいっそ行くところまで行ってしまえばいい。魁の言う通り、考えすぎかもしれない。
それに、あまりグチグチ言うと男が廃る。気がする。
「俺と付き合ってくれる?」
「いいよ、俺でよければ」
「よし!これで俺たち恋人同士だな」
日の光に照らされてにっこりと笑うその顔がいつも以上に眩しくて、キラキラと輝いている。
このまま絆されてしまうのも悪くない、と思った。
