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MY BEST FILMS 2024 No.10▶︎No.1

No.30▶︎No.21 はこちら
https://note.com/800lies_/n/ne30fc939365b
No.20▶︎No.11はこちら
https://note.com/800lies_/n/n757982edb6d5

10. 関心領域
監督: ジョナサン・グレイザー

https://youtu.be/kk2H0CVbOG4?si=GMQ1FQvqvO6LxE_l

 ホロコーストの虐殺が日常的に行われていたアウシュビッツ強制収容所の“すぐ隣”で、収容所の指揮官一家が平穏な毎日を送る。壁一枚隔てた場所で地獄が燃え盛っているというのに、この家には風の唸り声すら届かない。グレイザーが切り取るのは“歴史の凶行”ではなく、それを背にしたまま何ひとつ変わらぬ生活を続ける人間の沈黙だ。庭の緑はつややかに輝き、子どもたちは無邪気に笑い、食卓にはいつもの皿が並ぶ。無関心とは、加害の意志を持たぬまま加害に加担する、最も静かで効率的な暴力なのだと、この映画は冷たい声で囁く。戦後80年。可視化されない炎は今も同じように揺らめき続けている。私たちの暮らしのすぐ近くでも、隣でも。
“The Zone of Interest”|dir: Jonathan Glazer|2023年|105分|アメリカ・イギリス・ポーランド

9. チャイコフスキーの妻
監督: キリル・セレブレンニコフ

https://youtu.be/-_UjXcTuhCU?si=7ks46zK-PW8tWl98

 作曲家ピョートル・チャイコフスキーの“妻”として生きたアントニーナ。過剰なまでの夫への執着により自己破壊の渦へと沈んでいく彼女の人生を赤裸々に描き出す。互いの欠落を埋めるための伴侶同士が、その欠落の闇を拡げ、不協和音を奏でつづける地獄のようなマリッジ・ストーリー。それは破綻した愛憎などではなく、人生の虚無を埋めようとした女の、切実すぎる選択の残骸だ。セレブレンニコフはそこに価値判断を持ち込まず、芸術が世界を救済なんてしないという真実の冷たさだけが、ただ静かに、しかし屈強にフレームを支配し続ける。「世紀の悪妻」という汚名を着せられて、音楽史の影に置き去りにされてもなお、遺された美しい旋律に唾を吐きかけ、稀代の天才を愛し抜いたことを証明するために。
“Tchaikovsky's Wife”|dir: Kirill Serebrennikov|2022年|143分|ロシア・スイス・フランス

8. 春をかさねて | あなたの瞳に話せたら
監督: 佐藤そのみ

https://youtu.be/oDwQAfTIcxc?si=305WtJNUAiTl1f3O

 劇映画とドキュメンタリーという2つの語り口を通して、あの震災を経た人たちの想いの輪郭を手繰り寄せる試み。宮城県石巻市出身である佐藤監督がナラティブに向ける眼差しは、巷に溢れかえるどの映画にも似ていない。残された者たちの言葉に、真摯に心を傾けていくその姿を見つめながら、ただの観賞者としての自分が並べようとした言葉の数々が、いかに無力で無責任であるのかを痛切に思い知らされる。ただひとつ確かなのは、自然と対峙し、それでもなお共生していく覚悟を背負った者たちの姿に、目から溢れだすものを止められなかった、その事実だけだ。「記憶」と「記録」という言葉で括ってしまうのは些か乱暴かもしれない。それでも、佐藤監督が紡いだひとつの物語と、ふたつの映画のあり様が、幾度もの季節を重ねて──必要としている誰かに届くことを、ただ願ってやまない。
“Haru wo Kasanete / Anata no Hitomi ni Hanasetara”|dir: Sonomi Sato|2019年|45分+29分|日本

7. Here
監督: バス・ドゥボス

https://youtu.be/CRhxAGZXEVs?si=L67xZN1p29x32k0m

 移民労働者の青年と植物学者の女性との交流を通じて、人間と自然の時間が、静かに重なり合っていく。ベルギーの新鋭・バス・ドゥボスによる確かな筆致が、観る者の心にまで森、霧、雨音、土の匂いを溶かし込んでいく。この映画が映し出すのは、行き先を定めることを一度手放し、世界の呼吸に身を委ねるという選択だ。濡れた地面に落ちる水滴や、森に差し込む淡い光が、人の心と同じ速度で揺れていることを確かめるように、静かにそこに留まり続ける。孤独や異郷感さえも、ここでは克服すべき問題ではなく、世界と接続するための感覚器官のひとつでしかない。語られないこと、進まないこと、立ち止まることの芳醇さを、ただ嗜むように。ここには、たしかな救済も解決もない。それでも確かに、“ここにいる”と、“ここにいた”いう感覚だけが、深く、やさしく残る。この世界では誰もが迷える移民なのだ。
“Here”|dir: Bas Devos|2023年|83分|ベルギー

6. ツイスターズ
監督: リー・アイザック・チョン

https://youtu.be/TSBN106kkzs?si=-pdSf8OZbCLhY-IG

 そう、グレン・パウエルがいるなら大丈夫。そんな時代が到来した。改めて(No24参照)そんな大言壮語を放ちたくなるほど、2024年はグレンの年だった。巨大竜巻が頻発するアメリカ中西部を舞台に、彼が扮した竜巻ハンターの勇姿を見ればすべてが理解できるだろう。自然による文明破壊の連続を前にして、自然に勝ろうとする衝動と、自然と共生しようとする感覚が通底するビートとなり、かけがえのない重力を生み出した。轟音と瓦礫の向こう側で、人がなお人であろうとする瞬間に留まり続けようとする精神。恐怖はスペクタクルに変換されても、畏敬は決して消費されない。数多のディザスター映画が、ポップコーンムービーとして過ぎゆく時代の流れの中で消費され尽くし、後に残ったのがただの墓標だったとしても、竜巻ハンターは歓喜の雄叫びを上げてその勇み足を止めない。無謀でも無茶でもいい。この時代にサバイブする映画に必要なのは、そんな無鉄砲なソウルなのさ。
“Twisters”|dir: Lee Isaac Chung|2024年|122分|アメリカ

5. ミュージック
監督: アンゲラ・シャーネレク

https://youtu.be/TaCSwOwnnb8?si=A52CLOmQ_FwBazlI

 ギリシャ悲劇『オイディプス王』を下敷きにしながら、因果と運命、そして人間が背負う罪の輪郭を、現代風景の中に静かに漂わせる寓話。“ミュージック”という冠を与えられながらも、この映画には表層的な音楽の上塗りも、感情やストーリーの起伏に寄り添うような扇動装置の役割も無い。まるで音楽という概念が一つの生命体のように、それだけがまだ見ぬ星座を描くようにただ無軌道に正体不明の歓びを謳っているようだ。星の子どもたちは己の運命すらも定められていることも知らぬまま、それでも、世界との関係がどこか歪んでしまったことを、皮膚感覚として理解している。愛や暴力、祈りや赦しは、感情として噴き上がる前に、すでに配置された運命の一部としてそこに在る。因果は説明されない。予言も叫ばれない。神話は過去の物語ではない。誰かが選んでしまった一歩が、取り返しのつかない連鎖を生むという構造は、今も変わらず私たちの足元に口を開けている。ただ、運命と名づけられてきたものの重さだけが、時間とともに沈殿していく。
“Music”|dir: Angela Schanelec|2023年|108分|ドイツ・フランス・セルビア

4. 夜明けのすべて
監督: 三宅 唱

https://youtu.be/_wdULFYanYs?si=8gsaaHkvXUSXkzdn

 PMSに悩む女性と、パニック障害を抱える男性が、同じ職場で出会い、互いの痛みに踏み込みすぎることなく、少しずつ関係を結び直していく物語。誰かと同じ空間にいることの難しさと、それでもなお隣に居続けようとする意志の静かな積み重ねだけが其処にある。言葉はしばしば足りず、善意は簡単にすれ違う。それでも、この映画は誰かを理解することよりも、理解できないまま傷つけない距離を探ることの方が、ずっと誠実なのだと示してみせる。寄り添うことは、救うことではない。共に在るとは、相手の闇を自分の光で照らすことではなく、その闇の深さを測ろうとしない覚悟なのだ。夜が完全に明けることはない。痛みが消えるわけでもない。それでも、夜明け前のわずかな光が、確かに世界の輪郭を変えていく瞬間がある。その変化はあまりに微細で、見過ごしてしまいそうになるほどだ。だが、この映画はその一瞬を信じて疑わない。誰かと生きることの困難さを引き受けた先にしか、世界は更新されないのだと。
“All the Long Nights”|dir: Sho Miyake|2024年|119分|日本

3. 陪審員2番
監督: クリント・イーストウッド

https://youtu.be/NzvS9-6Ed74?si=aGvUEtRcqYioGoGm

 ある殺人事件の陪審員に選ばれた一人の市民が、審理を進めるうちに、自らがその事件と無関係ではないかもしれないという疑念に囚われていく法廷ドラマ。無垢な市民による公平さと理性、そして私情を排除した判断が求められる陪審員制度という膜の中で、すでに消すことのできない自らへの疑惑を内包した男の選択と判断が、果たして無垢であり得るのか? イーストウッドはその問いを、声高にではなく、沈黙の圧として観る者に預けてくる。罪を背負った人間が、罪なき者を断罪できるのかというドラマツルギーが全編を硬く、冷たく貫いていくさまを、我々はただ固唾を飲んで傍聴するしかない。真実は決してひとつではなく、正義のあり方も見誤ってしまうこの時代において、その不確かな脆弱性を人間らしさと言わずに何と呼ぼうか。それこそが、半世紀を賭してイーストウッドが描き続け、諦めることができなかった人間の成れの果てであり、偽れざる姿ではなかったか。たとえこのフィルムが世界で冷遇されたとしても、その眼差しだけは、決して色褪せることはない。
“Juror#2”|dir: Clint Eastwood|2024年|114分|アメリカ

2. WALK UP
監督: ホン・サンス

https://youtu.be/1Ahqi8UpiCM?si=kewhr9FkBuiiKH5b

 ある一軒の建物を訪れた映画監督。その内部で繰り返される出会いと別れ、会話と沈黙、そして階を上り下りする移動のなかで、人間関係と人生の位相が変奏されていくさまを切り取った、吟遊詩人ホン・サンスの到達点。まるでジオラマのごときアパートメントで、行き交う男1人女3人の時として酔狂で、饒舌で、セクシーなやりとりを鳥瞰図のように眺める芳醇さ。愉快でとりとめのない彼らの会話が、不均衡ゆえにバランスが保たれている人間関係の中に溶けてゆき、その甲斐性の無さも、無責任なだらしなさも、すべてが時の流れとともに風化していくその残酷さ。男は老いてもなお、創作を語り、恋を語り、人生を語るが、その言葉はいつしか宙に浮き泳ぎ、次第に自分自身にも届かなくなっていく。ホン・サンスは、人生をやり直せないことを悲劇にも喜劇にも仕立てようとしない。ただ、取り返しのつかなさと共に酒を酌み交わし、何事もなかったかのように次の階へと移動していく人間の姿を、「どこ吹く風」と言わんばかりの軽さで見送っている。その軽さが、老いという時間の不可逆性を、逆説的なまでに際立たせているのだ。
“Walk Up”|dir: Hong Sang-Soo|2022|97分|韓国

1. チャレンジャーズ
監督: ルカ・グァダニーノ

https://youtu.be/39m_ARB-fnU?si=62vslYRJ4SWvtgaP

 テニスという競技を媒介に、三人の男女の欲望、嫉妬、執着、そして歪みを描いた10年にわたる三角関係の物語。このフィルムにおけるテニスは、感情が肉体へ翻訳されるための言語であり、愛と支配が最短距離で衝突するための装置だ。ラリーが続くたびに、彼らの過去が呼び戻され、視線が交錯するたびに、関係の主導権が更新されていく。ボールは記憶であり、汗は欲望であり、勝敗は常に感情の遅延として現れる。才能、献身、名誉、憧れ――それらは愛の名を借りて、互いの身体に刻み込まれていく。三人は同じ時間を生きているはずなのに、同じ場所には決して立っていない。そのズレこそが、最も官能的な緊張を生み出している。感情に寄り添わない音楽、余韻や余白を禁じた編集、人体を切り刻むかのようなカメラワークが、欲望のすべてを可視化する。ラブストーリーの体裁をとっていながら、其処にあるのはロマンスなどではない、自らと相手の人生をも狂わせる危険を孕ませるアドバンテージを獲得するために獰猛なまでに貪り尽くす快楽だ。勝ったのは誰か。愛されたのは誰か。そんな問いはもはや意味を持たない。欲望が最も美しく、最も残酷に運動する瞬間を捉えた、時代そのものの心拍数、そんなフィルムを「挑戦者たち」と名付けた。それだけで十分ではなかったか。
“Challengers”|dir: Luca Guadagnino|2024年|131分|アメリカ

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