第7話『その心の輪郭』
ある日の任務。
雪がちらつく山岳地帯。
任務は偵察と小規模な制圧のはずだった。
だが、敵の罠にかかり、椎名たちの小隊は撤退を強いられていた。
「中尉、左、崖の上に弓兵!」
「確認。後衛、回り込む前に距離を詰めて!」
椎名の指揮は冷静だった。
次々と指示を飛ばし、味方を退避させていく。
その中で、彼女の背後を守るように動いていたのが、蓮だった。
「くっ……!」
その短い声が、すべてを変えた。
振り返った椎名の目に、血に染まった蓮の肩が映った。
「蓮――!」
肩を貫いた矢。
それでも蓮は椎名の方を振り返り、口元に力を込めて笑った。
「かすり傷です、中尉……引き続き、後衛は任せてください」
「黙ってなさい! すぐに手当を――」
「今はあなたが前を守ってください」
椎名は動けなかった。
指揮官として、傷ついた兵をすぐに下げるべきだった。
けれど、蓮のその瞳に宿る強い意志に、ほんの一瞬、返す言葉を失った。
――この一年、数えきれない戦場を共に駆け抜けた。
背中を預け、命を預け、共に生き延びてきた。
だが、今――
蓮の血を目にしたとき、胸を締めつけるものがあった。
それは、戦場での仲間を失うことへの恐れだけではない。
自分の中の「大切」という感情が、どこか違う色を帯び始めていた。
制圧後、負傷兵たちは仮設のテントで応急処置を受けた。
椎名は蓮の横で膝をつき、口を結んで彼の傷を拭っていた。
「……大したことないですよね?」
「よくこれで戦い続けたわね……」
「中尉が前で立ち続けていたからです」
視線が合う。
その瞬間、椎名は胸の奥に広がる微かな違和感に気づいた。
いつものように、「部下としての頼もしさ」に安心する自分がいた。
けれど、それだけではない。
胸の奥で揺れる、何か温かくて、でも怖いような感情。
それが何なのか、椎名自身にもまだ分からない。
ただひとつだけ確かだったのは――
蓮がいなくなる未来を、自分は耐えられないということだった。
「……ありがとう、蓮。あなたがいてくれて、よかった」
その声に、蓮は照れたように笑い、こう返した。
「それ、記録に残しても?」
「残したら、許さない」
そう言って、椎名も微かに笑った。
風の音だけが響く仮設のテントの中。
それでも、そこにいた二人は、たしかに、何かが変わり始めていた。
