第2話『出会い』
──王都第七軍管区所属部隊、配属初日。
王立軍学校を主席で卒業した蓮が、その日、配属先の前線部隊に初めて顔を出した。銀糸のように整えられた軍服、まっすぐな背筋。彼の姿は、どこか他の新人たちとは一線を画していた。
だが、彼の視線は少し冷めていた。
配属先の部隊には、軍学校時代に名前を聞いたこともない下士官ばかり。中でも指揮を任されているという女性上官──椎名の名を聞いた時、蓮はわずかに眉をひそめた。
「……確か、軍学校での成績は下の方だったはず。なぜあんな者が上官に?」
口には出さずとも、心の中でそう疑念を抱いていた。
蓮にとって、軍は努力と実力の世界であるべき場所だった。
だからこそ、試験免除で編入し、目立った成績も残さずに卒業した椎名理緒という存在は、理解しがたいものだった。
初対面のその日も、椎名は軍服の上から分厚い外套を羽織り、手袋を外さず、鋭い目つきで部下たちを見渡していた。どこか警戒心の強さがにじむ態度に、蓮はさらに距離を感じた。
「蓮、だったか。今日から任務に入ってもらう。座っている暇はない」
それが椎名の最初の言葉だった。蓮は内心で(上官とは思えない物言いだな)と苦笑しつつも、表面上は敬礼してそれに従った。
【初任務・西方境界線監視任務】
任務は「補給隊の護衛」。
初任務にしては単純な任務だと、蓮は軽く考えていた。地図と現地の状況を見比べながら、まっすぐ進路を選び、補給車を導いた。
が──。
「道が……崩れてる?」
予定していたルートが、前夜の土砂崩れで完全に塞がれていた。
無線は山の地形で遮られ、本部との連絡は取れず。しかも、補給物資の輸送は時間が命。進行を止めれば、前線の兵たちが困窮する。
焦った蓮は、別ルートを即断し、細い谷道へと補給隊を導いた。
だが、そのルートは敵の伏兵が潜む待ち伏せのルートだった。
最初の一発が鳴り響いた時、蓮はようやく自分の判断の甘さを思い知る。
兵の一人が肩を撃たれ倒れ、補給車の一台が横転した。蓮自身も足を負傷し、動きが鈍くなっていた。
「──そこを退け」
声がした瞬間、炎の中を駆け抜けてきたのは、椎名だった。
素早く崩れた前線を立て直し、負傷兵を庇いながら身を翻し、わずか数分で戦況を掌握する。その身のこなしは、まるで盤面を読み切った名将が指先ひとつで戦局を変えるようだった。
「何やってる蓮。考えるな、動け」
その声は鋭く、しかし不思議と落ち着いていた。
椎名は、絶対的に“戦場”を知っていた。
蓮はその瞬間、初めて、自分の「戦場の知識」がいかに机上の空論だったかを痛感した。
【任務終了後──】
敵は退け、負傷兵は最小限で済んだ。
補給物資も守られ、任務は達成された。
だが、帰還後の蓮の心には、妙なざわつきが残っていた。
「──椎名上官」
その晩、テントにいる椎名のもとを訪ねた蓮は、立ったまま言葉を探していた。
「……今日の件、俺の判断が未熟でした。助けていただき、ありがとうございました」
椎名は手入れ中の武器から顔を上げると、蓮をまっすぐに見た。
その目は、敵を射抜く時と同じくらい鋭かった。
「戦場での判断は、経験を積めば身につく。失敗はつきものだ。でも、学べ。──以上だ」
冷たいようで、そこには確かな実戦経験に裏打ちされた信頼があった。
蓮はその背に、初めて「敬意」に似たものを抱いた。
同時に、自分でも気づかぬまま、彼女の姿を目で追うようになっていた。
「なんなんだろうな……この感じ」
まだそれが「恋」とはわからなかった。ただ、蓮の中で確かに、椎名という存在が、何か特別な位置を占め始めていた──
