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第1話『背中で語るもの』

硝煙と砂塵が入り混じる戦場の中、砲声はすでに遠ざかり、今は散発的な銃撃音だけが耳を打っていた。

 椎名は腰を落とし、焦げついたコンクリートの角に身を隠しながら、息を整えた。額に貼りついた髪が汗で重たく、軍帽の影がその表情をさらに厳しく見せている。彼女の目は、焦点のぶれない冷静さを湛えていた。

 「前方、右に二人。距離三十、援護をお願い」

 淡々とした声。それは命令というより、信頼を前提にした連携の言葉だった。

 「了解、中尉」

 返す声は静かで、どこか柔らかさを帯びている。だが銃を構えたその動きに一切の迷いはない。蓮・ウィルフォード軍曹。彼がこの部隊に配属されてから、もうすぐ一年になる。

 椎名の指示通りに蓮が援護射撃を行い、左へ回り込む。その間に彼女が射線を外し、短く突撃をかける──わずか数秒の連携。言葉にするまでもなく、互いの動きはすでに読み合っている。

 かつては、言葉さえ交わすのに時間を要した相手だった。

 背中を預けられるようになるには、ただの時間だけでは足りない。信頼とは、積み上げた日々の中で幾度も命を守り合い、言葉より確かな実感として根を下ろすものだ。

 戦闘が終わったのは日が傾きかけた頃だった。空は鈍い茜に染まり、焼け落ちた建物が遠く黒い影を伸ばしている。

 撤収準備を始める中、蓮が静かに椎名に声をかけた。

 「大丈夫ですか、中尉。お怪我などは……」

 彼女は一歩だけ振り返り、かすかに首を横に振った。その瞳には疲れがにじんでいるが、意地のように最後まで気を張っているのがわかった。

 そのくせ──

 「……ちょっとだけ。少しだけ、休ませて」

 ぽつりと、普段の彼女からは想像もできない声でそう言うと、椎名は蓮の肩に、そっと額を預けた。

 硬いはずの軍服越しに感じるぬくもりと重さ。それは無防備というより、信頼そのものだった。

 (まさか、あなたが。こんなふうに、自分に重さを預けるようになるなんて)

 蓮は動かずに、ただ静かにその重さを受け止めていた。風に吹かれる軍服の裾が、戦場の名残と共に揺れていた。

 ──一年前。まだ自分がこの部隊に新兵として配属されたばかりの頃、椎名理緒中尉はそんな素振りを一切見せない人だった。

 硬質な視線と、簡潔な指示、私情を交えない完璧な軍人。その背中は、まるで触れることすら許されない氷のようだった。

 それがどうして、今こうして……。

 彼女の静かな寝息が、肩のあたりでわずかに揺れる。蓮は目を閉じ、遠くに聞こえる撤収部隊の音に耳を傾けながら、ひとつ息をついた。

 ──これは始まりにすぎない。彼女と自分の間に芽生えた、まだ名前のないものの始まり。

 そして、あの日。彼女と初めて出会った日から、すべては始まったのだ。


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