27歳、フリーター。同級生が家探しをする中、来年「家なし生活」始めます。
学生時代の友達と会って、ファミレスに行き、みんなが語りだす内容がついに”家探し”トークに差し掛かっている。
あぁ、すごい。ファミレスという10年前と変わらない景色なのに、話す内容だけがどんどん進んでいく。
みんなの結婚ラッシュ、出産ラッシュが始まった頃の焦りは特になかった私が、日常を過ごしている間、みんなは一生住むであろう家を、話し合って、考えて、購入しようとしているのか。
エッ、スゴイ……(´・ω・`)
無理、考えられない。家探しラッシュは流石に焦るかも。一生その人といるつもりなら、家って決められるもんなのか。私なんて1万円の冬用コートを買うのに迷うレベルなのに。
でもここ数年で、私は私をすごく理解した。私は”非日常”を求めに行く性質がある。いろんな景色を見たい。そしてその手に入れた非日常が日常化されると、満足して次に進みたくなる。これの繰り返し。
どれだけ憧れていた仕事も、状況も、すべて安定したら、また新しい刺激が欲しくなる。
みんなの家探しトークを聞き、岡山の友達みんな関東に永住するんだなぁ、なんかさみしいなぁと考えてる中、私に話すタイミングが振られたので、私の近況報告をする。
「私来年関東去るわ!
家なし生活しようと思ってる!」
高校生の頃から憧れていた「家なし生活」。
住民票を実家の岡山に戻し、リゾートバイトやおてつたびで生活費を稼いでいく生活。
どこかに住み続けるわけでもなく、数週間、数ヶ月で次の土地へ。

生活最低限の荷物たち
なんて憧れる生き方。ずっと決心がつかずにいた。それでも27歳の誕生日が近づいた頃、ずっと私の中で葛藤が行われた。
今はフリーターといえど、社会保険も入れて、有給も来年からは20日もらえる、6年間で積み上げてきた今の会社の時給。
捨てたくない、けれどもうここに居ても、私がやりたいことが何も無いのはわかっている。圧倒的、マンネリ。けど、安定を捨てる強さが足りなかった。
高専4年生の頃、就活のときに母にこう言ってみた。「リゾバしながら日本中をぐるぐる回って暮らす生活とかええよな〜って思う」と。
内心、こういう生活がしたいから、試しに言ってみた。否定されるか否かを試す質問。
「一旦正社員になりな、フリーターはだめ」まあ、そうだよね。結局、一度正社員時代を経験できたのは、今の私にとってすごく貴重な経験だったので、このとき母に否定されてよかったと思っている。
そんなことを言われたのなんて忘れていた私は、去年実家に帰省したタイミングで母にこう言われた。
「あのとき私がリゾバ生活を反対して正社員になれって言ったから、結局正社員になって、なっちゃん仕事で病んで退職したじゃん。後悔してる」と。
完全に忘れてた。全然そんなことどうでもよかったし、本気だったら母の意見を押し殺してまでやってただろうし。
その言葉を聞いて、決心した。私やっぱり非日常を求めた生活がしたい、学生時代からずっと憧れてる日本一周とか、いろんな日本を見たうえで自分が住みたい都道府県を決めたい。
周りの環境に流されず、自分がやりたいことだけやっていきたい。ず〜〜〜っと言い続けている自分の文章で収入を得る実力が欲しい、ずっと文章を書いていたい。とりあえず20代は。
というわけで、今年の27歳になったあの日から、来年「家なし生活」をするための行動を開始した。今まで以上の断捨離を始めたり、本格的にnoteを始めてみた。新生活が始まってから「noteへ執筆すること」に慣れておきたいから。
家なし生活がスタートしたら、「自分の文章で稼ぎを得る」を本格的に頑張りながら夢だった日本一周を1年かけて挑戦する。
なんでもかんでも執筆のネタにしたい私にとって、今の仕事はすごく不向きな部分がある。
大手すぎる会社というか、ルールが厳しいというか、どんな仕事をしているかも、仕事中あったことも契約上書けない部分がありすぎる。来年、自由に何でもかんでも書ける生活が待っていると思うと、とてつもなく楽しみ。
周りが家を買い始めた27歳、私は家と仕事と安定を捨てることにした。
次の春には関東を出て、知り合いが誰もいない土地で働こうと決めた。わくわくと不安でいっぱい。社会人はすべて自分で決断するまで、何も始まらないのが難しくて楽しい。
▶関連記事
いいなと思ったら応援しよう!
わたしの作業用のお菓子代にするね!!!