見出し画像

⑤『好き、は変わらない』―-隣に君がいた、あの日から―-

あらすじ

毎日同じ景色のなか、四十八歳でバツイチのイベントプロデューサー・桐島拓真は、人生の転機となる大型プロジェクトを任される。そこで出逢ったのは、子供のような眩しい笑顔を持つ二十八歳の広報担当・広野咲良だった。彼女のひたむきさと夏の香りに、拓真の凍りついていた心が溶け出していく。咲良もまた、過去の手痛い失恋から恋を遠ざけていたが、拓真の優しさと大人の覚悟に触れ、再び誰かを想う光を見出していく。​仕事を通じて固い絆で結ばれ、急速に惹かれ合う二人。しかし、仕事のパートナーという立場と、二十歳という年の差の現実がブレーキをかける。胸を締め付けるほど愛おしいのに、どうしても「好き」と言えない、大人の切なすぎる両片想いの行方は――。

第四話【砂浜の告白】は、こちらから

第五話【あの日から】 

 「ねえ、咲良」
 「最近、優しい顔に戻ってきたね」

 「そう? そんなに変わらないと思うけど……」
 咲良と同期の早苗が、咲良の両肩に手をかけて、嬉しそうに話しかけてきた。

 「前は……ね。まっ、……色々とあったからさ」
 「元気な咲良は、私の癒しなんだからね」

 「ありがとう」
 咲良は振り向き、早苗の手にそっと触れて微笑んだ。

 「ところで、先方の課長さんってイケおじ、なんでしょ?」
 「ちゃんと、私の耳にも情報は入ってきてるわよ」

 「それどころじゃないよ」
 「新しい物を見つけろって言われたりして……大変なんだから」

 「ふ~ん」
と、早苗が嬉しそうに笑った。

 咲良の照れてるような可愛らしい様子が、前に進めてそうで良かったなと、安心していた。

 (あれから、二年になるのかな……)
 咲良はビルの屋上で、一人ベンチに座りランチを食べている時に思い出していた。

 約二年前のある日……。

 「咲良……すまん」
 「結婚は出来なくなってしまった」

 学生の頃から付き合いをしていて、両家の両親も認めていた結婚話。

 突然、彼氏の隆司から別れを切り出された咲良は、悲しみのあまり地面に座り込んで泣くだけが精一杯の抵抗だった。

 後から聞こえてきた風の噂では、隆司には未成年という別の彼女が居たらしい。
 咲良は、その噂を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。

 それからの咲良は、誰かを好きになる事から、静かに逃げ続けていた。

 しばらく青く澄んだ空を眺めていたら(イケおじ……かあ、そんな風には見てなかったけど、確かにイケおじなのかもね)

 考えていたわけでもないのに、早苗の言葉がやけに頭から離れずにいる。

 咲良自身も気付かないほど、表情は穏やかになっていた。

 ランチを済ませてデスクに戻ると、LINEの通知が鳴った。

 伊田さんからだ。

【明日の定例ミーティングのお知らせ】十三時開始予定を十五時開始に変更をお願いします。 

 (何だろう? 何かあったのかな)
 そう思いながらも、新しい何かを模索しながら広報資料の作成準備をしていた。

 仕事帰りの途中、駅ビルの中にある書店へと立ち寄ってみた。

 何かヒントになるようなものは無いのかと、ビジネスからエッセイ、小説からアニメまで、惹かれるタイトルを探しては手に取っていた。

 「あれっ、咲良さん」
 聞き覚えのある声の方へ向くと、田尻さんの姿があった。

 「あっ、田尻さん」
 「こんな所で会うなんてビックリですね」

 田尻さんは微笑みながら、
「咲良さんが、怖い顔しながら色んな本を貪ってるようで、声をかけにくかったわ」

 「えーーっ、そんなにですか……」
 「貪ってるって、ヒドイですよ」
 咲良は照れながらそう言った。

 「ところで、何をそんなに真剣に探してたの」
 「新しい何か、のヒントでも無いかなって思って……」

 「へえー。同じだね」
 「私も、何か、を探しにね」

 「そうなんですか? 」

 「少しでも、二人の手助けになればと思ってね」

 「ありがとうございますね」

 「本屋でヒントを探す。これって文字を扱う広報の職業的な感覚なのかしらね」

 二人は目を合わせて、笑い合っていた。

 「何か良い本あったら教えてね」

 「はい、探し当てておきますね」

 田尻が店から出ようとした時、咲良は伊田からのLINEを思い出した。

 「あっ、田尻さん」
 「そういえば、伊田さんからの連絡で、ミーティングの時間変更お願いしますって」

 「何かあったんですか?」

 田尻は少し戸惑いながら
 「私も、詳しい事はわからないんだけどね」
 「次のミーティングまでに、また何か連絡入るかもね」

 「じゃっ、またミーティングでね」
と言って、店を出て行った。

 咲良も手に取っていた本を購入して、家へと帰る事にした。

 翌日、咲良はいつもより早く目覚めていた。

 購入した本をベッドで読んでいたら、いつの間にか寝落ちしていたみたいで、それが早起きに繋がったのかもしれない。
 たまには気分を変えて早く出社してみようと思った咲良は、いつもの駅より一つ遠くの駅から電車に乗ってみることに。

 いつもとは違う景色。
流れていく人波さえ、少し新鮮に見えた。

 この中にも、新しさは無いかと思いながら駅に着くと、ホームの反対側に(桐島さんだあ……)と、手を振りそうになった。

 (いや、違う人だったな……)
 (こんな時間に居るはず、ないよね)と、自分に言い聞かせて咲良は振りそうになった右手を恥ずかしそうに下げ、その手をポケットに隠した。

 (でも、最近は桐島さんがよく頭の中に出てくるなあ……)

 そう思ってしまった咲良は、また恥ずかしそうな自分に気付いて、顔を隠すように駅のホームから会社へと向かって行った。

 会社に着くと、ロビーで梨本さんに声をかけられた。

 「おはよう。広野さん」

 「おはようございます」

 「そういえば昨日の伊田さんからのLINE見た? 」

 「はい、見ましたよ」

 「急に変更って何だろうね」

 「ですね。そんな事、今までは無かったですもんね」

 「何かあったのかな」

 「昨日の夜、偶然にも田尻さんと本屋さんで会ったんですけど、田尻さんも理由はわからないって言ってましたよ」

 「そっか。まっ、何かあればまた連絡あるだろうしね」

 「ですね」

 二人はエレベーターに乗り込み、自分の部署へと向かって行った。

 十五時のミーティング五分前。
梨本と咲良の二人は、会議室の中にいた。

 「まだ、みんな来てないみたいですね」

 「だね。でも時間までは後少しあるからなあ」

 二人は、ミーティング資料をテーブルの上に並べ、人数分のアイスコーヒーを準備していた。

 壁掛け時計の針が十五時を回った頃、廊下からの足音と共に会議室の扉が開いた。

 桐島さんは少し慌てた様子で、
 「申し訳ない。遅れてしまった」

 「いえ、大丈夫ですよ」
 「私達も、時間ギリギリに入ったんで」と、それに咲良は答えた。

 「よしっ、では、みんな席に着こうか」

 桐島さんは、気持ちを切り換えるかのような仕草と共に、プロデューサーとしての顔つきに変わっていった。

 「今日のミーティングが遅れたのも、五大ドームプロジェクトでの一部イベント内容が、消防法の指摘事項に該当するという問題が起きた」

 その言葉の後、桐島さんが消防法の説明と、該当する内容が記載された資料をメンバー全員に手渡した。

 資料は数ページにもなり、その中でも一番の問題は、収容人数に対する適切な避難経路の導線確保だった。

 (これは、ミーティングの時間も変更になるな)
 そう梨本は感じて、咲良の方を見た。

 咲良も察したのか、何も言わずに頷くだけで資料へと目を向けた。

 桐島さんの説明が続く。

 一度では理解出来ないような内容の中、メンバー全員が理解出来るまで繰り返し説明が続けられた。

 プロジェクトを成功させたい。 
誰一人置いていかないという強い覚悟が、その声と言葉に表れていた。

 その姿勢に、メンバー全員も同じ想いで応えようとしていた。

 その中で、咲良は資料に視線を落としながらも、時折見える桐島さんの真剣な横顔から、どうしても目を離せずにいた。
 (……また、見つめてしまってる。二十歳も離れているのになあ。
 どうしてこんなに、惹かれてしまってるんだろう。声なのかな。あの大人の余裕を感じさせる優しさなのかなあ……)

 そんな想いの中、桐島さんがアイスコーヒーを飲もうとした時、ふと、視線が重なってしまった。

 「広野さん、何か良い案でも思いついたかな」

 見惚れていたはずの咲良の表情が、桐島さんには真剣な眼差しに写っていたみたいだった。

 「あっ」
 「案って訳ではないんですけど……」

 「昨日の夜に立ち寄った本屋さんで見たんですが、いろんなタイトルの中に、【量より質に拘れ】という本がありましたよ」

 「拘る視点を変えてみるのも……」

 「質か……」
 桐島さんは頭の中でな何かを整理するように、右手で下唇を触っている。

 「確かに、そうかも……」
 「収容人数を減らしても、内容を更に充実させる」
 「その分、チケット料金は今の予定より高くなるが、質を上げれば十分に勝負できるはずだ」

  「みんなは、どう思う? 」

 「ですね。少し収支計算の変更は出ますが、イベントを開催出来る状態にしないと意味無いですからね」

 伊田さんが、「その方向で、再構成しましょうよ」と言うと、そこにいるメンバーは頷き、一つの解決策として固まった。

 咲良は、桐島さんの判断力の速さに魅了された。

 「咲良さん、本を貪った甲斐があったわね」
 笑みを浮かべながら、田尻の手が、広野さんの手をそっと包み込んだ。

 「いえ、私は何も……」

 咲良は照れながらも、田尻の手をぎゅっと握り返していた。

 「よし、具体的なイメージを固めたい。広野さん、悪いがその本屋まで付き合ってくれるかな? 」

 「はい。本の場所も覚えていますので案内します」

 「ありがとう。助かるよ」

 「じゃっ、今日はこれで終了としよう。私は広野さんと、その本を探しに行ってみる」

 そう言って桐島さんと咲良は、みんなより先に会議室から本屋へと、急ぎ足で向かって行った。

第五話 完

第六話は、こちらから

この作品のマガジンは、こちらから

👇『言えないまま、好きった』
歌詞集マガジンは、こちらから


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集