⑦『好き、は変わらない』--隣に君がいた、あの日から--
あらすじ
毎日同じ景色のなか、四十八歳でバツイチのイベントプロデューサー・桐島拓真は、人生の転機となる大型プロジェクトを任される。そこで出逢ったのは、子供のような眩しい笑顔を持つ二十八歳の広報担当・広野咲良だった。彼女のひたむきさと夏の香りに、拓真の凍りついていた心が溶け出していく。咲良もまた、過去の手痛い失恋から恋を遠ざけていたが、拓真の優しさと大人の覚悟に触れ、再び誰かを想う光を見出していく。仕事を通じて固い絆で結ばれ、急速に惹かれ合う二人。しかし、仕事のパートナーという立場と、二十歳という年の差の現実がブレーキをかける。胸を締め付けるほど愛おしいのに、どうしても「好き」と言えない、大人の切なすぎる両片想いの行方は――。
第六話【言えない】は、こちらから
第七話【ずっと】
言えない……。でも……、幸せと思える時間だけは二人を包んでいた。
食事を終え、レストランを出た二人。駅の改札口を通り、また違うホームへの階段へ向かわなければならない。
拓真は、離婚をしてから仕事だけに取り組んできていた。
人を好きになる感情は波が連れ去って行ったはずなのに、ここで新しい波が自分に心地良く流れ込んできている。
ただ、お礼のつもりで食事をしただけの事なのかも知れない。
でも食事を終えた今は、ただのお礼としての時間の過ぎ方ではなかった。
それは、咲良の中にも近い想いが駆け巡っていた。
あの日の出来事から……。前に進めなくなっていた恋愛という感情が、一歩、一歩と前に進み始めていく。
不信感という言葉が溶けてゆき、安心感という感情に変化していく。
お互いが同じような想いの中でも、伝える事が出来ずにいた。
「桐島さん、今日はごちそうさまでした」
「とっても美味しかったし、楽しかったです」
「こちらこそ、今日は助けてもらってありがとうだよ」
「それに、実は久しぶりに女性と二人で食事だったんだ」
少し間が空いて……。
「でも、咲良さんとだったから楽しい時間を過ごせたよ」
拓真は、照れながらも気持ちを伝えていた。
「私も、男性と二人で食事って数年ぶりなんで……」
「桐島さんとだったから……」
「楽しく過ごせたんですよ」
いつもは子供のような笑顔を見せてくる咲良が、この時だけは大人の女性としての微笑ましい顔を見せていた。
お互いが照れあっているような、これから二人の新しい一歩が始まっていくような。
二人は、次のミーティングでと挨拶をして、お互いにホームへの階段へと登って行った。
拓真と咲良は、車窓に映る自分の顔がいつもよりハッキリとしている変化に気付き出していた。
少し赤く染まった頬が、ガラス越しでも分かるほどに……。
拓真は家に着くと、咲良から借りた本を真っ先に取り出し、ソファへと向かった。
早速本を読んで、仕事脳へと切り替えようと数ページ捲っていくと、なぜか、今日のミーティングや食事の事が走馬灯のように浮かんでくる。
懐かしいような、穏やかになるような。
日々、仕事に追われている自分が、今は仕事脳じゃなく、自分を見つめ直す時間だと。
そんな想いがしてきて、安堵感に包まれているような時間へと変わっている。
見開いた本を眺めていると思い出した感情が……。
誰かと一緒にいる温もり。
手に取っていた本のページに咲良の笑顔が重なり、一滴の感情を落とした……。
「あっっ、」
「借りてる本やのにシミになってまうわ」
思わず声に出てしまった事で、さらに一人で顔を赤くしていた。
咲良も家に着く頃には、今日の事が自分の中でも大きな変化だと確信していた。
浴室で、鏡に映る自分の顔。
その顔は自分でも驚くほどに嬉しそうで、また頬を赤く染めている自分の胸の高鳴りが、拓真への想いは嘘では無いと気付かせていた。
翌朝。
咲良はデスクで業務をしていると、
「おはよう。咲良」
と、早苗が咲良の方へと向かってきた。
「早苗。おはよう」
と、返事を返すその咲良の顔には、いつもの笑顔とは別の笑顔が滲み出ていた。
「咲良、昨日のミーティングはどうだった? 」
「何か、問題がありそうな感じだったけど……」
「昨日のミーティングなん……」
まで言いかけた咲良に対して早苗が、
「あっ、大丈夫! 」
「何かあったけど、解決して更に何か良い事もあったんでしょ」
「えっっ」
と、咲良は言葉と同時に自然と顔が赤くなっていた。
早苗は全てを感じとっているかのように、
「もう、わかりやすいよ」
「咲良の今の雰囲気……」
「何年ぶりかな」
早苗は何回も小さく頷く。
「詳しい事は、ランチの時に聞かせなさいよ」と、咲良の両肩にポンっと優しく手を差し伸べて、自分のデスクへと向かっていった。
その早苗の後ろ姿に咲良は、落とし物をした私に、その落とし物を見つけて届けに来てくれた……。
そんなような、温かみのある優しさを感じていた。
その頃、拓真は伊田と田尻から執拗な質問攻めにあっていた。
「先輩。昨日はどうでした」
「ですよ。桐島さん、どうだったんですか? 」
(何だコイツらわ。何もあるわけないやろ)
「どう? って何がだ」
「本屋に行って、その後にただ……」
「ただ……」
「その後にって何がですか? 」
伊田はその言葉尻を逃さなかった。
田尻も、気付いた。
「あっ、もしかしてビルの上階のレストランとかに……」
「これは、女の勘ですけどね」
「ああっ」
言葉に詰まってしまった拓真の様子が、何かを隠していても隠せずにいる子供のようで、その姿に二人の方が照れてしまいそうになっていた。
「お礼にな……」
「あくまでも、お礼としてだな」
焦れば焦るほどに早口になって、
「ただ、時間も遅くになってしまったし、上階にレストランが、丁度あったし、お腹も減ってる時間だったと思うし、ミーティングでの発言がだな、助けになったんだし、……お礼だぞ。
あっ、あくまで、全てのタイミングがだな、重なっての……」
同じ言葉を繰り返し焦る拓真に、
「先輩、わかりましたから」
「ただ、食事には行ったんですね」
「おう、そうだな……」
伊田の横では、田尻が小さい子供を見るように微笑んでいた。
「お前達、そんな事は良いから、昨日、咲良さんが……」
「……」
「ああっ、広野さんがだな」
「広野さんが提案してきた方向で修正案の作成を進めていけよ」
(うわっ、焦って咲良さん呼びしてもうたなあ)
(このまま、何もなかったようにしてデスクに戻るフリせなアカンわ)
伊田も田尻も唖然とした顔で、少しの間、固まってしまっていた。
すると、二人は視線を合わせて
「来週のミーティング、楽しみですね」と、それ以上の余計な事は言わずに、コソコソと話しながら拓真の前から消えて行った……。
拓真は焦りを隠せたと思い、軽く頬を両手で叩いては、仕事モードへと切り替えていっていた。
咲良の方は、屋上のテラスで早苗とのランチタイム。
早苗は嬉しそうに、
「では、朝の続きを報告しなさい」
「まず、嘘は言わないと宣誓してからね」
「何、それ……」
「嘘なんて言わないよ」
「特に何かあったってわけじゃないんだから」
「ふ--ん」
「聞いてから判断するからね」
早苗の嬉しそうで楽しそうな笑顔が、咲良の心を解きほぐしていく。
咲良が昨日のミーティング中の話しを始めて、問題は解決案が見つかり前に進めて行けそうと説明しながら、
「……でっ、その後に……」
と、言葉を詰まらせる咲良に、
「そうそう。その後にが気になるのよ……」
「聞かせなさいよ」
「わかったよ……」
「その後に、桐島さんがその本を買うって言って、二人で駅ビルの本屋までタクシーで向かってね」
「タクシーで二人になったの」
「それで、何を話したの? 」
「もしかして、無言だったとか……? 」
「違うよっ」
「お互いに、何て呼ぼうか?みたいな? 」
「えっ、何それ! 」
「付き合う前のカップルみたいな……」
「そんなんじゃないって……」
「まあ、お互いに」
「桐島さん」「広野さん」ってなっただけだよ。
「ええ--」
「もう、聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるよ」
早苗の方が照れていた。
「それから本屋さんで本を見つけたら、その本を私が購入して、桐島さんに貸したの……」
「その本のお礼にって事で、食事に誘われてね」
「え--」
「食事に行ったんだあ! もしかして夜景の見えるあそこに!? 」
「……咲良。完全にデートじゃん」
咲良は顔を真っ赤にして、慌てて両手を振った。
「ち、違うよ! ただのお礼だってば! 」
早苗が面白そうにニヤニヤしているのを見て、咲良はさらに気まずそうに視線を泳がせながら続けた。
「上階のレストランにね」
「夜景も綺麗だったけど、料理はもちろん美味しかったよ」
「良いなあ……あそこのレストランって、そこそこ高いよね……」
「良いなあ……私も行ってみたいなあ……」
早苗の頭の中では、咲良と桐島さん。その前に夜景が広がり、美味しい料理が……。
二人が食事をしている姿が、本当に羨ましくもあり、思わず咲良を優しくギュッと抱き締めていた。
「咲良……」
「今の自分を……自分の気持ちを大切にね」
「咲良なら、前に進めるよ」
と、早苗の目にはキラキラとした光る愛情が溢れていた。
「早苗、ありがとうね」
「私も、何かが変わって行ってるの分かってる」
「まだ、怖いけど……」
「でも、少しずつでも前に進めて行けるのかも……」
屋上テラスにいる二人には、優しい木漏れ日が降り注いでいた。
第七話 完
第八話【ずっと心に】は、こちらから
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第八話は、金曜日の二十一時頃に
投稿予定です。お楽しみに。
👇『言えないまま、好きった』
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