「自分軸」で決めていくための心がけ①
最近時間があるので筆が進みます。
母親なら
・つよくないといけない
・母乳頑張らないといけない
・料理も掃除も洗濯もうまくできないといけない
・いつも笑顔でいないといけない
・夫を立てないといけない など
… 書き連ねるだけでも嫌になってくるほど枚挙にいとまがない、いろんな規範・呪い。
親として以外にも、「男は泣いてはいけない」とか、いろんな規範・呪いがあると思います。
こうした規範にはかなり時代錯誤的なものも多いように思うのですが、
これは両親や祖父母、メディアを通じて、小さい頃から刷り込まれてきているため、
いい悪いの判断より前に、
「できていないとまずいんじゃないか」というアラートを
自動的に鳴らして、私たちを苦しめる。
子ども産むと
「こうしなければいけない、こうあらなければいけない」と、
このような「呪い」との対峙しないといけないことがとても多いと思います。
自己肯定感最弱出身の私も、何度も苦しめられました。。。。
社会人のはじめとか、周りから「新人ならこうせよ」の呪いをいろんなところから受けまくって、
自我が崩壊して鬱で3ヶ月くらい休養したこともあります。
子ども産んでからは育児ノイローゼとか。
いろんな人の手助けもあって、いまは
自己肯定感中の上くらいにはレベルアップし、
かなり楽になったとおもっていますが、
呪いに振り回されず、
自分軸できめていくためのレベルアップに有用だった考え方をシェアしたいと思います。
苦しんでいる人の助けになることを願って。
〈目次〉
人の評価は大事、でも評価されたい人を絞る
その規範が存在する意味を批判的に考える
自分の好き嫌いや美の感覚を大事にする
健康を保ちクリアな思考をキープする
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人の評価は大事、でも評価されたい人を絞る
NHK「すくすく子育て」のコメンテーター、
大日向教授(恵泉女子大学学長)がおっしゃっていたことですが、
世の中の全員に評価されるのは不可能だし、
自分が幸せに生きる上で、関係ない人や嫌いな人からの評価はおおきな意味もないので、
自分が大事にしたい人からの評価がよければ、
それでいいんじゃないか、と考えることです。
あなたの大事な人はだれですか?尊敬する人や仲良くなりたい人は誰ですか?
実体のない、「世間」からの評価に振り回されていませんか?
それ以外の人から後ろ指さされる勇気をもつということでもありますが、
これをやっていると、
悪意を持って嫌なこという人は自分から遠くなり、
好きな人から好かれるようになるみたいなので、
自然と悪口も耳に入りにくくなるようにおもいます。
(ちゃんと愛を持って忠告してくれる人は残ると思ってます)
昔に比べて人間関係がかなり快適になりました。
お試しあれ。
2.その規範が存在する意味を批判的に考える
例えば
「母親なら料理も掃除も洗濯もうまくできないといけない」
という規範があったとして、
鵜呑みにするのが苦しいと感じたら、
その規範はなぜ存在するのか、
存在しなかったら困るのか、
ということを考えることはとても有用だと思います。
「母親なら料理も掃除も洗濯もうまくできないといけない」
という規範は、
誰のためにあるのか?
自分のためにあるのか?
子どもにとってはどうか?
その意味がたいして大事じゃないと思えたら、
従わなくていいという判断がしやすいんじゃないかと思います。
ちなみにこれは私が家事代行をやろうかどうか迷った時にぶち当たった呪いで、
結局「わたしにとってたいして大事じゃない」とおもったから家事代行を導入できました。
規範の意味を考えるにあたっては、
その際は規範にとらわれていない人の考え方が参考になるとおもいます。
例えば、家事代行を実際に使っている人の意見を聞いてみる、とか。
海外の子育ても参考になります。
自分でも気づかなかった視点が判断を容易にしてくれることがあります。
また、規範に則って理想的な行為をしている人がいかにスーパーマンかを知るのも有用かとおもいます。
完璧にできている人を見つけると「私にはとても無理だ!ここまでたどり着くための時間をもっとほかのことに使いたい」とおもって諦めがついたりします(笑)。
お試しあれ。
(わたしは法学部出身だからこういう思考になるのかもしれませんが、
世の中の規範のほとんどのものは「なにかの用」があって存在するものだとおもいます。
例えば、
なぜ虫は殺してもいいのに人を殺してはいけないのか
ということを社会的意義(用)以外で説明するのは不可能かなとおもいます。
種の繁栄のために同族で殺し合う生物もいますしね。
宗教的規範とかもわたしは「用」の観点から考えてしまうのですが、そうじゃないよとか、もしこの辺詳しい人いたら教えてください。)
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長くなってしまったので、3.以降は稿を変えます。
