死ぬのが楽しみになるパレードがある ―「Welcome To The Black Parade」
自分の死について、考える。
それは年齢を重ねるうえで自然でも、時折、急に身にせまる瞬間がある。
身近なだれかを亡くしたり、病に罹ったり。
死の間際を想像してみるとき、いちばん感じるのはきっと「心細さ」だと思う。
誰が付き添い、手を握ってくれるとしても、自分だけが見る行き道のようすは、そしてその先の景色は、きっと孤独であるに違いない。
そう思うと、まだ当分は生きていたいものだと願うのが道理で、自然と遠回りの道を選ぶのが人だろう。
けれどあるときから、不謹慎だけれど、ちょっと死ぬときが楽しみ、と思えるような気持ちが生まれた。
My Chemical Romance(以下、マイケミ) の「Welcome To The Black Parade」を聴いてからだ。
マイケミは、現在も活動しているアメリカのバンドだ。
ぜひ、その世界観が垣間見える美しいMVを観て、楽曲も楽しんでほしい。
この中で、一人の男性が死を迎える。
手を握られていても、やはりその表情には恐怖が満ちる。
(死ぬと目の周りが黒く塗られる表現が、個人的にとても好き)
彼が死後に降り立つと、あるパレードがやってくる。
パレードフロートは死者を引き連れ、紙吹雪は輝かしく舞い、曲は華々しく鳴り響く。
そのパレードは死を悼むどころか、最高にゴキゲンですらある。
なにせ、フロート上ではマイケミが演奏中なのだから。
男性は、パレードに飲み込まれていく。
(自分だけ入院着と便所サンダルなのが私なら気になるところだが、彼は気にしない)
そしてその瞬間、人は、なにか自分固有の思い遺しと向き合うことになる。
後悔、失敗、未練……
私ならなにと向き合うだろうと考えるが、まだ半人前の自分には、浮かぶはずもない。
男性はどうやらなにかを乗り越えたらしく、フロートの先頭でボーカルのジェラルドから、首に大きなメダルを掛けてもらう。
おめでとう、これで君もこのパレードの一員だ。
そう言わんばかりに、荘厳でゴキゲンな祝福が降り注ぎ、パレードは男性とともに続いていく。
男性は、今度は死後の世界で、物語の続きを生きるだろう。
きっと、パレード用の衣装も与えてもらえる。
そして、次の死者を迎えに行くのだ、便所サンダルを脱ぎ捨てて。
私はいつか、このパレードを、最前列で見たい。
だから信じることにした。
私が死ぬとき、私のもとにもきっと、このパレードが来てくれる、と。
阿弥陀を唱えて極楽浄土を願うように、この曲を口ずさみながら、かの日のパレードのことを、夢に見るのだ。
これならきっと、死の間際にあっても「心細くない」と思えるはずだ。
孤独に寄り添う、救いになるはずだ。
語彙が敗北するけれど「死んでも、生きていける」、そんな気持ちにも、きっとなる。
We'll carry on, we'll carry on, and though you're
Dead and gone, believe me, your memory will carry on
「The Black Parade」(2006)
『Welcome to the Black Parade』より
僕たちは続いていく、とジェラルドは歌う。
いつか私も、目の周りを黒く塗って、そのあとに続こう。
終わらないパレードを、続けよう。
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