「緩和ケアと死を忘れた日本人。(11月2日)」
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私たちは、一昨日(10月31日)にハロウィンを過ごしました。この時期には、現世と黄泉の国(よみのくに)の境目が曖昧になるとの伝承があります。
同じく、この世とあの世が交わるとされる、日本のしっとりとしたお盆風景とは違い、
それはそれは騒々しいもの。
さらに、本来のハロウィンの由来を尋ねれば、オバケに仮装した子どもたちの"かわいいハロウィン・マーチング"とは違う景色が見えてくるのです。
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ハロウィンの騒動が収まり、この世を跋扈(ばっこ)した魑魅魍魎(ちみもうりょう)が去った翌11月1日の万聖節(ばんせいせつ) 、カトリック教会では、諸聖人の日(しょせいじんのひ、"All Saints' Day")の祝日。
その意味は、全ての聖人と殉教者を記念する日であり、"日本では宵祭のハロウィンばかりが取り沙汰される"が、今日11月2日の前、11月1日こそがメインイベントなのです。
来月12月25日クリスマスの前夜、クリスマス・イヴにクライマックスを付けて、"本当のクリスマスには、街に前日の騒ぎの後を残すのみ"と、どこか似たものを私は感じます。
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今年も来月12月をもって終わり。
『光陰矢の如し』あらためて、月日の過ぎるのは早い。
12月と言うと、私は年末近くの新聞に載せられる著名人の備忘録のような、今年お亡くなりになった「一年の訃報の取りまとめ記事」を連想してしまう。
誠に不謹慎だけど、ここ数ヶ月に亡くなられた方々は記憶にあるが、はるか新年早々の一月二月に去ってしまわれた方々は、この「年末の訃報の振り返り」で思い出す。
この感覚は、死を穢れ(けがれ)として、なるべく遠ざけたいという日本人の深層心理にあたるのかは、定かでないのだけれど…。

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日本人が亡くなる三大要因は、がん、心臓病、自殺です。
このうち、がんについては、近年になってホスピスでの終末医療の取り組みが徐々に広まっているものの、まだまだ十分だとはいえません。
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また、終末医療に伴って問題になってくるのが、本人への「がんの告知」です。
最後まで自分の人生を、人間の尊厳を保って全うしたいと思うなら、告知は、人生の残り時間を明確に出来ることでは、前向きで有意義です。
けれども、一方で、残りの時間を快適に過ごすための「緩和医療」の要員が十分ではない日本の現状を目にすると迷ってしまいます。
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進行・末期がんの患者が抱える苦悩はさまざまです。
一番大切なのは、肉体的な苦痛の緩和です。
なかでも、がんによる痛みを取り除くことが重要で、医療用麻薬を適切に使うことが求められます。
ところが、日本での医療用麻薬の使用量は、先進国では最低と、取り組みの遅れが目立ちます。さらに、吐き気や食欲不振、体重と筋肉の減少、身の置きどころのないだるさなど、患者さんをさいなむ症状はさまざまです。
こうした苦痛の緩和には、薬剤師、栄養士、理学療法士などの職種の人たちも大事な役割を担います。
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身体の症状以外にも、つらいことはあります。
不安やうつ状態などの精神的苦痛、仕事、家庭、お金の問題といった社会的な苦痛、人生の意味や自分という存在そのものにかかわるスピリチュアルな苦痛などです。
緩和ケアでは、これらを「全人的な苦痛」としてとらえ、家族を含めて支えます。
精神科医や心療内科医、患者さんの心理面をサポートする臨床心理士、生活や仕事など社会的な問題も含めた相談に応じるソーシャルワーカー、さらには宗教家やボランティアも参加します。
医療現場では、医師や看護師も足りませんが、それ以外のスタッフ不足も、日本のがん医療の弱点となっています。
プレーヤーの数が足りなくては、チームワークどころではありません。「死を忘れた日本人」が、このような事態を生んだともいえるのではないでしょうか。
♯
私は「がんの告知」を望みます。
お世話になった方々へのお礼、謝らなければならない人達への
「ごめんなさい」を言いたいからです。
そして、凛とした気持ちで「死」と向かい合いたい。
あなたは「がんの告知」を希望されますか。
今日も、良い一日になりますように。
(🎹MIYABI )
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