ルート66を行く 04 ミズーリ州 東部
前回に続き2025年に走ったルート66の旅をお伝えします。今回はミシシッピ・リバーを越えた川岸に発展した街セント・ルイスからデビルス・エルボー付近まで紹介します。
St. Louis
ミシシッピ・リバーを越えるとある大きな街セント・ルイス。この街はミシシッピ川の舟運で栄えた町です。北に行くとシカゴやミネアポリス、川を下るとニューオリンズがあります。ニューオリンズの先は大西洋に出てヨーロッパと貿易ができました。まだ鉄道による運送がなかった頃は、アメリカで取れた毛皮などがヨーロッパに向け輸送され、穀物や肉はシカゴに運ばれていました。
そしてセント・ルイスはワイルド・ウエストへの玄関口としても栄えました。アメリカはミシシッピ・リバーの東側では栄えていましたがミシシッピ・リバーより西は未開拓だったのです。そのため多くの探検家がセント・ルイスを起点に探検に出ていったのです。今でもセント・ルイスはアメリカ西部へのゲートウェイというイメージが強く、街には大きなゲートウェイ・アーチというモニュメントが立っています。
セント・ルイスは、歴史的に華やかな時期を経てきましたが、運送が鉄道、そして自動車に移ると、次第に勢力を失っていきました。そしてその後は、自動車工場などを誘致しましたがあまり栄えているとは言えない街になりました。ダウンタウンは廃れ、セント・ルイスの東側はアメリカで一番治安が悪い地域になりました。それでも政府は現在様々な振興策を行い、徐々に明るい光が見え始めています。
街に行ってみると、事前に聞いていたほど寂れていませんでした。そして街の西側はとても栄えていました。郊外には大きな企業がビルを持ち、高級住宅地が並び、商店街は人で賑わっているのでした。観光でセント・ルイスのダウンタウンだけ見ると、この街は寂しいなあと感じて終わってしまいますが、郊外に行くとその繁栄ぶりに驚かされるのです。
ルート66沿いには、ソフトクリームを初めて売ったお店があります。当時ソフトクリームをフローズン・カスタードと呼んだそうです。夜に行くと、お客さんで溢れかえっていました。平日だというのに店の前には数百人が並んでいるのです。私たちも店の近くに車を止め店に行くと、ソフトクリームを売る窓口が10以上あり、特に並ばなくても買えました。ここにいるたくさんの人は、ソフトクリームを買って、店の前で食べているのでした。
メニューはたくさんあり、さらに複雑にオーダーできるシステムです。注文をして数分待つと、オーダーしたソフトクリームが提供されます。店内の席スペースはもありません。必然的に手に取ったソフトクリームは、その場で食べることになります。

この店は今まで何度も訪れていましたが、夜がこんなにも賑わっているとは驚きました。隣には博物館とお土産物屋さんができていたので、とても儲かっているのだと感じました。
*コラム*
Ted Drewes フローズン・カスタードの店は、とても混んでいました。近所の家族や若者たちが並んでアイスクリームを購入しています。とてももうかているのだと思います。ただ味はラクトアイスみたいです。レシピを確認すると、何か固くなるための薬品が使われているようです。アメリカなので細かな材料には拘らないということなのでしょう。そして何よりも昔からの味を楽しんでいるのだと思います。
私は、ここ独特の雰囲気が好きです。近所の人たちが集い、そこでぐうぜなった知人と語り合う姿、列を譲り合う人たち、なんだか幸せそうな家族、若者たちが集まって路上でアイスを食べながら恋話を繰り広げている姿など、古き良きアメリカがここにあるのです。
この光景は、ニュースで報道されている殺伐とした世の中とは別世界なのです。
Big Chief Roadhouse
セント・ルイスを出発し、旧道ルート66を走ります。この辺りは高級住宅地が続きます。しばらくすると森や畑が広がり出します。Wildwoodという街に入ると、ルート66で長年経営している人気レストランが見えてきます。この店、近所の富裕層が夕食を食べに来るところだそうで、内装はオールド・アメリカンスタイルで、食事は昔のアメリカ料理をうまく現代風にアレンジしたものでした。この店は広く、結婚式などにも使われているようです。
お客さんは、ほぼ白人です。ただ、我々日本人が入っても特に嫌な雰囲気ではないです。この辺りでは、そもそも白人以外が少ないので、アジア人を見ても気にしないのではないでしょうか。

Gardenway Motel
ルート66をしばらく走るとInterstate44と交差します。その先にガーデンウェイ・モーテルがあると思っていたのですが、モーテルは潰れていました。建物自体も無くなっていました。かろうじて有名な看板が残っていましたが、誰も修復していないので、ボロボロです。この看板、あと数年でなくなるでしょう。ルート66の写真集を見ると必ず出てくる有名なサインも、この地では誰も興味ないようです。私が記した以前のブログを見ていただけるとどれだけ破壊されてしまったのかわかります。

先を急ぎます。この辺りはジェットコースター・ハイウェイと呼ばれるだけあって、結構アップダウンが続きます。道もカーブが多くどこを走っているのかわからなくなります。ただ道は複雑ではないのでひたすらルート66のサインを追いかけます。
かつて、ボニーとクライド、ジェシー・ジェームスなどがこの辺りを隠れ家にして逃げ回ったそうですが、理解できます。高低差のある森林地帯が続きました。
*コラム*
ミズーリ州はルート66を大切にしていないなあと感じています。Gardenway Motelのような美しいデザインの看板を放置し、おそらくあと数年でこの看板はなくなるでしょう。そのほか、数々の歴史的遺産が放置解体されています。
かつてルート66の有名観光地であった洞窟や、ジェシー・ジェイムス博物館もあと何年持つのかという感じです。
役所がルート66を観光資源と見ていないのははっきりしていますが、住人たちが保護活動などする動きも見受けられません。
既にルート66を旅する人はミズーリ州を避けてスケジュールを組んでいるようです。ただ2025年時点では、いくつかの遺構が残っていますので、ルート六十六を旅する予定がある人は、早めにミズーリ州を走ることをお勧めします。
Devils Elbow
ルート66は、デビルス・エルボーという街に入ります。「悪魔の肘」という名前は不吉ですが、どんな街なのでしょう。ここはビッグパイニー・リバーが流れていて、川は大きく蛇行しています。ここをルート66が走っていました。道はかなりの急カーブ、しかも高低差があります。おそらく多くの車がここで事故を起こしたのではないでしょうか。そんなちょと不気味な名所が、旧道沿いにひっそりとありました。
Elbow Inn
デビルス・エルボーには小さなモーテル兼バーがあると聞きました。ネットで見ると営業しているようです。ちょっと寄ってみようと思ったのですが休業でした。そしてしばらくするとGoogleマップからこの店が消えてしまいました。廃業してしまったようです。この味のある建物も近々壊されてしまうでしょう。

Devils Elbow Bridge
急カーブの先にある橋です。橋から川を見ると、川も急カーブを描いています。橋を渡ると急勾配でした。ここは、「怒りの葡萄」の時代の車で走ることができたのでしょうか。相当数の車がここでスタックしたはずです。

デビルス・エルボーの街を超え、曲がりくねった道を走ると、急に視界がひらけます。ここに変な看板が立っていました。これは何なのでしょう。遊園地なのかお土産屋さんなのか、私営の博物館なのでしょうか?駐車場にはたくさんの車が停まっています。我々もこの施設に入ってみることにしました。

Uranus Fudge Factory
ここは、ルート66沿いにあるお土産物屋さんでした。店に来ている客のほとんどは観光客です。一見大きく見える店舗ですが、実はハリボテで、店自体はそれほど大きくありません。名物はチョコレートです。ただ特に美味しいわけでもありません。何だかこの馬鹿馬鹿しい装飾に惹かれ、入ったら、何か買っておこうと思う客が結構いるのでした。

この店、看板だけで集客し、どうでもいい商品を売って利益をかなり上げているようです。この町の税金のほとんどをこの店が払っているのではないかと思うほど賑わっています。でも特にみるべきものはないのです。
こういうルート66沿いにある不思議な店は、是非今後も生き残ってほしいと思いました。
セント・ルイスから鬱蒼とした山の中を走り、寂しい街をいくつも通り過ぎてきました。この先は、あと1時間ほどでスプリングフィールドという大きな街に出ます。スプリングフィールドまで行くと、この森は終わり、グレートプレーンズに出るのです。
先を急ぎます。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします!