ルート66を行く 05 ミズーリ州 西部
ルート66は、ジェットコースター・ハイウエイと呼ばれた区間を通り過ぎ、視界がひらけてきました。いよいよグレートプレーンズと呼ばれる平野に入ってきたのです。道はまっすぐに進むようになり、視界は360度地平線になってきました。しばらく走ると大きな街が見えてきました。
Springfield, MO
スプリングフィールドは、ミズーリ州の真ん中にある大きな街です。都市というわけではなく、せいぜい3階建ての建物があるくらいの街が広がっています。それでもミズーリ州では3番目に大きな街だそうです。そして人口の92%が白人です。人種差別が激しい時代があり、有色人種はこの街から去っていったからだそうです。
そして、この街はルート66が始まった街なのです。元々あった東西に向かう道を拡張してルート66が作られたのでした。

旧ルート66にはジャイアントがありました。レストランか何かの看板だったはずです。しかし、店舗は廃業し、ジャイアント共々売りに出ていました。
ここを購入する人がジャイアント好きで、この景色を維持してくれますように、と祈りました。ミズーリ州では、こういうルート66の遺構が粗末に扱われているので、気がかりです。

スプリングフィールドのダウンタウンに行ってみることにしました。ダウンタウンには小さなスクエアがあって、それを取り囲むように商店が並んでいます。レストランや映画館などがあるのですが、かなり寂れていました。大学が近くにあるようでレストランやカフェには学生の姿がありますが、盛り上がっているとは言えない地味な感じです。それでも60年代頃にあった繁栄の跡は感じられました。

以前のブログでも記しましたが、この街はブラッド・ピットが生まれ育った町として有名です。そしてキリスト系新興宗教アッセンブリーズ・オブ・ゴッドの町としても有名です。街は宗教が主力産業です。宗教団体による大学などの教育機関がたくさんありました。観光地としては、ダウンタウンやNetflixドラマ「オザークへようこそ」のオザークが郊外にあるくらいでしょうか。
スプリングフィールドは、ルート66から置き換わったInterstate44号線の宿場町という側面も持っています。街の北側を走る44号線沿いには、たくさんのチェーン・モーテル、チェーン・レストランが軒を並べていて、この宿場町としても街のビジネスを支えています。
スプリングフィールドを離れ西へと進みます。次に目指す街はカーセージです。

Carthage, MO
以前も訪れた町、カーセージ。映画「バック・トウ・ザ・フューチャー」のタウンスクエアのモデルになったと言われているタウンスクエアへ。以前訪れた時と比べると寂れていました。郊外に大きなモールができたからだそうです。

タウンスクエアを歩いていると高校生がゾロゾロと扉から出てきました。なんだろうと中を覗くと、そこはボーリング場でした。映画で見たことのある60年代のボーリング場が、当時のまま営業していたのです。ボーリング場にはダイナーのようなカフェが併設されていて、ソーダやアイスクリームが売られていました。高校のボーリング大会があったそうで、居残ってボーリングを楽しんでいる高校生たちは映画「ペギー・スーの結婚」のキャサリン・ターナーみたいでした。

私は、しばらく高校生たちのボーリングを見ていました。タイプトリップして60年代のアメリカに来てしまった錯覚というか、目の前の現実にただただ驚き、幸せでした。こんな景色を実際に見ることができるなんて夢のようです。このボーリング場に来られただけで今回の旅は大正解です。
後ろ髪を引かれながらボーリング場を後にして、旧ルート66を進みます。

タウンスクエアの近くに歴史的モーテルがあります。以前来た時よりも外観が綺麗になっていました。隣にはお土産物屋さんがオープンしていました。店に入ると店員さんが親切に対応してくれ、せっかく来たのだからモーテルの中を見ないか?と言ってくれました。鍵を持ってきて一緒にルームツアーとなりました。部屋の中は昔のままです。水回りなどは更新されているのですが、古いモーテルの匂いがしました。そして全てがコンパクトです。昔の人はきっと身体つきが小さかったのだと思います。今のアメリカ人には一晩でも狭いと感じるのではないでしょうか。ただ、宿泊すれば60年代の雰囲気に浸れるでしょう。スタッフは、今日は満室なんだと話してくれました。この後お客さんがチェックインするので、君たちはラッキーだったねと笑って話してくれました。こういう古いモーテルに宿泊する観光客もいるんだなと感心しつつ、古き良き時代の遺構がきちんと保存され活用されていることが嬉しくなりました。

今でも現役のドライブイン・シアターには上映まで1時間以上あるにもかかわらず車の行列ができていました。これほど人気のあるドライブイン・シアターは珍しいと思います。普通に街の生活に溶け込んでいるドライブイン・シアター、なんだか羨ましい光景です。この街に住み着きたい衝動に駆られました。
今回はこの辺りに宿をとる予定がないので、ドライブイン・シアターで映画を見ることは叶いませんでした。
*コラム*
カーセージは古き良きアメリカの景色を色濃く残した街でした。この街だけはまるでタイムマシーンの乗って60年代にタイムトリップしたような世界です。街全体で開発を拒んでいるようで、ここはこの景色を保っているのが素晴らしいです。
10人は親切で、どこに行っても話しかけてくれます。そして色々と話をしてくれるのでした。高校生も店で気軽に話しかけてきますし、中学生は親同伴でなく行動しています。おそらく治安も良く犯罪はほぼないのでしょう。そして子供たちは知らない人と話すなという教育をされてなく、興味を持ったら積極的に話しかけてくるのです。
2025年のアメリカでも、このような平和な町が存在しているのです。
日本のマスコミではまず報道されない、カーセージ。実はこのような素晴らしい街はアメリカ中西部にたくさんあるのでした。
旧道をのんびりと走ります。
Joplin, MO
飛行機の中で見たNetflixドキュメンタリー「ツイスター・タウン ジョプリン竜巻を乗り越えて」は、とても強烈でした。ジョプリンの街中を通り抜け多くの死傷者を出した竜巻に関してはニュースで知っていましたが、これほどまで酷い惨状だったとは。
今回の旅では、どうしてもこの街をよく見たいと思いました。
街はすっかり復興しています。竜巻のことを知らなければ、あの大惨事があったとは思わないほどの復興です。でも私はドキュメンタリーを見ているので、どこを竜巻通ったのか、どこでどんな被害があったのかわかります。Googleマップを見ながら竜巻が通り過ぎた道筋を見て回りました。
竜巻が破壊した街は新しい建物が並んでいるので、よくみるとわかります。一直線に東に向かった竜巻の直撃を受けた場所は幅にして100mくらいでしょうか、1本の筋だけが街を破壊していたのでした。番組でも取り上げられた高校は全てが建て替えられていました。あの惨事があった場所に自分がいるのが不思議でとても違和感がありました。
番組の中で亡くなった高校生が湖で発見されるのですが、この街の近くには湖がなく、彼はかなり飛ばされたこともわかりました。
竜巻の恐ろしさを身近に感じたのと同時に、短期間で復興している街の姿に勇気をもらいました。

ジョプリンを出ると、また森林地帯に入ります。ちょっとした峠道のようですが、それほど険しくはないです。アメリカの田舎町を旧ルート66は走ります。
州境には今は営業していないガソリンスタンド跡が残っていました。道路には、線が引いてあり、ミズーリ側とカンザス側に大きなルート66のマークがペイントされていました。

次回は、イリノイ州、ミズーリ州と来て、次の州であるカンザス州に入ります。カンザス州は30分ほどで通り過ぎるのですが、ここの住人はルート66を大切に思っていて、遺構や見所がたくさんあります。
次回をお楽しみに。
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