オーシャン・ドッグス🌊勇敢な犬たちの船🛳️ 第33話:仲間の起工
神戸・メリケンパークの「カワサキワールド」。
白い照明の下で、0系新幹線の先頭車が静かに鎮座している。
丸い額、なだらかな曲線。
ガラス越しに港の光が差しこんだ。
アンは前脚をそろえて、少しかしげる。
「…まるい顔やのに、速うて、安全やったんやろ?」
片桐ススムが横でうなずいた。
紺の作業上着に白いヘルメット、緑のライン。
脇には巻き図面。
「そうや。初代ゆうても“古い”んやなくてな、最初に“安全を当たり前にした形”やねん。丸い額で風をいなして、人を守ってきた。ここに置いとるんは、うちの技術の約束を見せるためや」
「約束…」
アンは丸い額を見上げる。

「うちらも、海でその約束、守りたいわ」
片桐は少し笑った。
「ほな、この形を海の鼻先に借りよか。ゼロ系の“通りのええ額”で波を割って、風をいなす。0系シバ・シップは、ここから始めよ」
そばでルナが頷く。
「安全第一でね。人も犬も」
あんこが首輪タグを点滅させ、短くメモを送る。
「“丸い額=抵抗が少ない・見つけてもらいやすい・安心感”。記録したよ」
リョーマは低くうなった。
「形には魂が宿るき。ここから外洋へ、道を引くがぜよ」
りうくんが要点をまとめる。
「見えやすい、ぶつからん、疲れにくい。まずはその3つやな」
空気が落ち着いたところで、片桐がアンに小声で切り出した。
「正直に言うとな、船をいちからやったら1年はかかる。せやけど…この展示のゼロ系、会社に頼み込めば“海用に改造”でいけるかもしれん。アンちゃんらに預ける段取り、わしが交渉したる」
アンの目が大きくなる。
「…ホンマに? そんなこと、できるん?」
「やってみる価値はある。神戸の顔や。守ってくれた礼にもしたい」
片桐はスマホを取り出し、何本か電話をつないだ。
事情の説明、資料の共有、責任の置き場所、戻せる工程の確保…。
声は穏やかながら芯がある。
やがて、受話口の向こうで了承の気配が動いた。
通話を切り、片桐は小さく息を吐く。
「筋、通ったわ。会社も“安全を示す象徴として前向きに検討”や。改造の基本方針、今日決めてええ」
アンは尻尾を小さく振った。
「ゼロ系、うちらに預けて。海で走らせるで」
ルナが笑って肩に手を置く。
「じゃあ、私たちも準備、急ごう」
あんこがすぐに段取りを起こす。
「改造計画名は『0系シバ・シップ』。窓口とログ、立ち上げる」
リョーマが顎を上げた。
「ようし。ここからや」
工場の打合せ室。
図面台の前で、片桐が2匹を紹介した。
「うちの仲間も連れていってくれへんか。まずはリッチー」

ボーダーコリーのリッチーが1歩前へ。
赤褐の毛に白が混じり、額から鼻先へ細い白の筋。
半立ちの耳が場を測るように揺れる。
胸の薄炭色ハーネスはX字、喉元に小さなマイク、背の低いアンテナが青い点で静かに明滅。
歩みは音を立てず、尻尾の先だけがかすかに振れた。
「身のこなしがスマートでな。通信の段取りと、言葉の選び方を任したい。どこへ行っても揉めへん言い回し、よう知っとる」
リッチーは穏やかに会釈する。
「よろしく。連絡網は私に。空気を荒らさず、確実につなぎます」
「もう1匹、ルーク」
ブリュッセル・グリフォンのルークが胸を張って進み出る。
胡桃色のワイヤーコートが灯りを受けてざらりと艶めき、丸く大きな黒い瞳がこちらを正面から見据える。
口ひげのように豊かな頬毛、ピンと立った小さな耳。
胴はぎゅっと詰まって胸が深く、脚は短めでも体幹はぶれない。
鮮やかな青のY字ハーネスに細いツールポケットが縫い付けられ、グリースペンが1本差してある。
尾はくるりと上向き、先端が小さく震えている。
「船のことはよう知っとる。メンテは任せ。止めるべき時は止める。動かす時は気持ちよく動かす」
片桐は犬たちと同じ目線までしゃがむ。
「この2匹を、一緒に頼むわ」
アンは笑ってうなずいた。
「ええやん。心強いわ」
その日の午後、りうくんが工場の多目的スペースで宣言した。
「外洋でやるには“仲間”が要る。保護犬からクルーをスカウトする。費用はオレとプロジェクトの枠で出す」
壁には大きく3行。
1) 犬の福祉が最優先
2) 役割は“その子の強み”に合わせる
3) いつでも降板OK。帰る場所を2つ用意
保護犬団体のスタッフが候補犬を連れてくる。
低い台、ロープ、弱いライト、短い足場。
ルナが声をかけた。
「怖くなったら顔をこっちに。呼吸は“2つ吸って、1つ止めて、2つ吐いて”。私が数えるね」
あんこは小型タグを配る。
「これは帰り道の灯り。点滅が落ち着いたら、呼吸が整ってるサインだよ」
テストが始まる。

黒ラブのポートは静かに台を渡り、合図で戻る。
白い紀州MIXのハクはフェンダーを軽く引き、足場の強さを見せた。
ナギ(ウィペット)は走って伝令をこなし、コトハ(トイプードル)はルナの横で体温表示を見守る。
小柄なマメはケーブルを通して振り返り、目で「ここ?」と聞く。
リッチーは台の端にいて、震える子のそばに耳を少し倒して寄り添った。
彼は「行ける」とは言わない。
ただ歩幅を合わせ、静かな目で“戻る道がある”ことを伝える。
喉元のマイクの確認を終えると、やさしい言い回しで連絡網をひとつずつつないでいった。
背中の青い点滅は、皆の心拍と同じテンポだ。
ルークは工具台の前に座り、デモ用の小さなポンプに耳と肉球をそっと当てる。
振動の節を1つ数えるごとに、青いハーネスのポケットからグリースペンを抜き、配管のラフ図に細い印をつけた。
「ここ、今は止めよか。熱が逃げへん。こことここ、もう1本、通路を作ったら楽に回る」
声は小さいが迷いがない。
止める勇気と、動かすときの道筋が同じ紙に並んでいった。
りうくんは全員に同じ言葉をかける。
「ここは仕事や。“がんばり屋”より、戻ってこれる子を選ぶ。無理はせんでええ」
首輪のバンダナとタグが渡された。
「今日から“ハーバーテイルズ”。やめたいと言うたらすぐやめる。それでも仲間や」
リョーマが低く1声。
「戻る道筋は、わしらが用意しちゅう。安心せい」
つづく
