あかね噺-第134席・何でもある-感想
「妖怪バスター村上」が連載終了。
久しぶりに出てきた巻末枠のギャグ漫画で、最後に村上がある事で、ジャンプの満足度が上がってると評価していました。
しかし、雑誌として新連載は定期的に必要なので何かを終わらせるなら、このマンガがしか無かった感じがします。
最終回もいい感じにタイトル回収をしていて、世界中で紛争が絶えない時代に、話し合いだけで妖怪を倒し、最終的には妖怪を救った村上君。
伊原先生らしい優しさがあって良かったですね。この緩さとピースフルな感じが巻末マンガとして収まりが良かったんだなと思いました。
超巡・ロボコとギャグ漫画枠は埋まってる感じがするけど、また小ページの巻末ギャグマンガをやって欲しいですね。
◆あらすじ
週刊少年ジャンプ 2024年11月5日発売 49号 巻頭カラー
一生は、生禄の落語にぶちのめされて、この人に付いていこうと決意する。
◆感想
巻頭カラーは昭和の映画ポスター風でカッコよかったし、三人会風なしおりも良かった。予想通りアニメ化なんかの発表も無かった。
本編の方は生禄のカッコよさと一生のヤラれっぷりが良かったですね。
今回は、一生は何にヤラれたのか、について書いていきます。
一生は何にヤラれたのか
生禄の人情噺に絆されたりするのかな?と予想していたのですが、見せられたのは、蕎麦を食べるシーンで笑いが起こるような噺でした。
「あかね噺」は落語の基本的な所作なんかを端折って始まってるマンガなので、今までこのような所作をマジマジと魅せる事は無く、落語といえばこの技みたいな「蕎麦をすする」が新鮮に見えました。
ちなみに「時そば」は関西では「時うどん」になって蕎麦じゃなくてうどんをすするんだけど、蕎麦とうどんのディティールの違いが素晴らしいので、関東の人にはうどんをすする所作も見て欲しい。
話は戻して、一生はこの蕎麦をすする様を見て、何も無いところから蕎麦を見たことで、何も無いはずなのに何でもあると泣かされて、生禄についていこうと決めました。
一生にある落語に対する強い気持ちを見てきたので、一生はそもそも落語が好きで憧れてこの世界に飛び込んだんだと思っていましたが、そういう形で無かったことに驚きました。
生禄の落語は見事なモノではあったんでしょうけど、蕎麦をすする様子に笑いが起きる程度の他愛もない落語です。
蕎麦をすする所作がいくら巧みでも、あんな感じの一生が人生を変えるとは思えません。
蕎麦屋で働いてるから、蕎麦の所作が響いたわけでもないでしょう。
これは、一生も独白しているとおり、自分の弱さに見透かされた事にヤラれてしまったようです。
この構図は魁生と一生の関係と全く同じです。
意地悪く書けば、金持ちの家で生まれたのに、それが気に食わずに、自ら家を飛び出したは良いものの、蕎麦屋の前で行き倒れて女将さんに救われる。
そこのバイト仲間の志ぐまに兄貴面して小難しい本を読み、分かったような事を言う。ヤクザから女の子を助けたものの、それの返しでボコボコにされて、世話になった女将さんや子分の志ぐまも助けられない。
蕎麦をいつもツケで食ってるのを見て、自分と同じ様にどん底の男と見下していた男に助けられても感謝して礼の一つも言えない。
この頃の一生は、まだまだ青臭い子どもで、自分の無力さも理解できておらず、それが一生の悩みの本質だと思います。
親の引いたレールに乗っかるだけじゃ気に食わないって家出するけど、力がないので行き倒れ、そんな自分が蕎麦打ちを覚えて女将さんを助けれると思ってるけど相手にされず。
何もさせてもらえないと思ってるけど、何も出来ないからそうなんだって事が理解できていない、そういう種類の苦しみだと思います。
生禄が落語を見せて自分の力を証明し、蕎麦をツケで食べてるには理由があると理解できた。生禄はラバウル帰りでヤクザに頭下げさせてるけど、それだけじゃなく今を生きていく武器を見せられた事で、自分には武器が無い事を知り、あの武器を持ちたいと誓ったわけです。
魁生も同じで、自分が母親を支えているつもりだけど、当然ながら小学生に出来るはずもなく、実際には母親が家を支えていて、母親が倒れたことで自分が支える側では無く支えられる側だった事を理解した所に、一生に救われて一生と同じ武器が欲しいと、一生の下につくことを決意した。
解釈間違いかもしれないけど、こういう感じで入門したのなら、生録の一生に対しての最後のセリフもこの辺に理由があるのかもしれません。
あと、志ぐまについては今回で描かれませんでしたが、生禄の落語を見て何を思ったのかも気になりますね。
一生は自分の無力さを知り”武器”が欲しかった。
志ぐまはどう思ったのか?そこに”志ぐまの芸”に繋がるなにかがある気がします。
一生と魁生がリンクするのなら、志ぐまとあかねがリンクする筈なので、
志ぐまはあかねと同じように”魔法みたいだ”って純粋に憧れたのかもしれません。
この辺もいずれ語られると思うので、楽しみにしたいです。
しかしうららの回想なのに、一生の心の中まで詳細に語ってるんだけど、それをどう知ったのかは気になるけど、そこを突っ込むのは野暮だし、見る方としては助かってるので、年齢と同様にスルーしておきます。
今回の感想はここまで、でわでわー。
