「奇跡の電池」がEVの不満をついに解消か?/WSJ By Dan Neil… aalto のちょほほ日記@2026.04.17
どうしても自動車やBEVの記事を見ると、無性に読みたくなり、とうとうWSJを購読してしまった…ちょほほ。
この記事もキャッチなコピーに釣られてしまった。どうもWSJはBEVに強い記者が、多いらしい。
以前も取り上げた。
記事は、画期的な固体電池をスェーデンのスタートアップが開発したと発生したと言う事から始まる。
https://jp.wsj.com/articles/will-this-miracle-battery-finally-change-your-mind-about-evs-adc7a3f4
今回の記事は、スエーデンのドーナツ・ラボはフィンランドのスタートアップ企業だが、
「この電池はエネルギー密度が1キログラム当たり400ワット時で、現在生産されている一般的なリン酸鉄リチウム(LFP)電池の約2倍だ。5分でフル充電が可能で、寿命は事実上無限(充電サイクルは10万回)、熱や寒さ(摂氏マイナス30度からプラス100度まで)の影響を受けず、レアアース(希土類)も貴金属も可燃性の液体電解質も含まれていないという。これだけの条件を備えながら、同社によれば、従来のリチウムイオン電池より安価に製造できる。」
これは、凄いがどうも自動車業界は、懐疑的らしい。
いつも自分が正しいのが嫌になる。
この30年間、私は電気自動車(EV)の普及を大いに支持してきた。EV技術が完璧だからではなく、化石燃料車と比べて明らかなメリットがあったからだ。その一つが、経済安全保障上のメリットである。すなわち、石油依存を続ければ、米国の消費者はガソリン価格の急騰に対して無防備なまま、ということだ。例えば、ホルムズ海峡が紛争地域になった時にはそうした事態が生じることは当然予想される。
考えてみると、ガソリン価格に関して、私には一種の「バンカー・メンタリティー(過剰に自己防衛的な思考)」があるのかもしれない。私は現在、EVを2台所有し、太陽光パネルと家庭用バッテリーパックを使って自宅で充電している。なにせ、私にとって中東危機は今回が初めてではない。
しかし、「それみたことか」とは全く思っていない。EVは技術として完成しておらず、価格は高すぎで、不便なことも多いという反対派の主張はあながち間違いではなかった。私の経験では、全てその通りだった。航続距離に対する不安は現実のものだった。さっと補給してすぐに車を出せるガソリンに慣れているドライバーにとって、公共の充電器の前で30分もぶらぶらしているなんて、正気の沙汰とは思えなかった。
常にこうした不満の根底にあるのが電池だ。奇妙な形のボトルに入ったエネルギー貯蔵薬が並ぶ錬金術師のクローゼットのごとく、これまでにさまざまな電池が次々に登場した。どの電池も、大衆市場に受け入れられるレベルからは程遠かった。しかしだからといって人々が挑戦をあきらめることはない。
そこで紹介したいのがドーナツ・ラボだ。同社はフィンランドのスタートアップで、EV用に初の量産可能な全固体電池を開発したと主張している。同社――1月にラスベガスで開催された世界最大級の先端技術見本市「CES」で大きな話題になった――によると、この電池はエネルギー密度が1キログラム当たり400ワット時で、現在生産されている一般的なリン酸鉄リチウム(LFP)電池の約2倍だ。5分でフル充電が可能で、寿命は事実上無限(充電サイクルは10万回)、熱や寒さ(摂氏マイナス30度からプラス100度まで)の影響を受けず、レアアース(希土類)も貴金属も可燃性の液体電解質も含まれていないという。これだけの条件を備えながら、同社によれば、従来のリチウムイオン電池より安価に製造できる。
これについては自動車業界全体が大いに懐疑的、と言っていいだろう。フィンランドの無名のスタートアップがどうやってトヨタやステランティス、国を挙げて取り組む中国に打ち勝ち、エネルギー貯蔵の究極の理想を手に入れたというのか。初期の業界の反応を見ると、そんな技術は実現していないという見方が圧倒的だ。
「私が一つ学んだことがあるとすれば、それは、ほとんどの『目が飛び出るような』発表は内容より話題が先行していることだ」。ゼネラル・モーターズ(GM)の電池・持続可能性担当副社長、カート・ケルティ氏はそう話した。
ドーナツ・ラボは2月、第三者試験の結果や技術文書を公表するため、idonutbelieve.comというウェブサイトを立ち上げた。最高経営責任者(CEO)で共同創業者のマルコ・レヒティマキ氏はサイトの目的について、「ネット上で言い争ったり、意見をやり取りしたりするためではなく、測定可能な証拠を世間に示すため」だと話した。
同氏は映像によるプレゼンテーションの中で、「私たちが証拠を示しても、抵抗はなくならないだろう」と話した。「抵抗は強まるだけだろう。この新技術が業界の既存企業にとって脅威だからだ」
その主張が真実だとしたら、もちろん脅威となる。思考実験として、例えば、テスラの現行モデル「モデル3RWDロングレンジ」のバッテリーパックにドーナツ・ラボの公称値を当てはめた場合、公称の航続距離は870マイル(約1400キロメートル)となり、ドーナツ・ラボの電池を積まなかった場合の363マイルを大幅に上回る。
米自動車大手フォード・モーターの電動トラック「F-150ライトニング」の床下にドーナツ・ラボの魔法の電池を満載したらどうなるだろうか。他の条件が同じなら、計算上の航続距離は、一気に走ったらドライバーの膀胱(ぼうこう)が破裂しかねないほど長い700マイルになる。ただ条件は同じにはならない。固体電池には、ニッケル・マンガン・コバルト(NMC)電池に欠かせない大げさな冷却システムは必要ないからだ。しかもバッテリーシステムの電圧が2倍の800ボルトになるため、ワイヤハーネスにはより細く、より軽いワイヤを使用できる。こうした違いによって、ライトニングはドーナツ・ラボの電池を搭載した場合、約454キログラムも軽くなる可能性がある。
カリフォルニア州ロサンゼルスから(同州とネバダ州にまたがる)タホ湖までボートをけん引できて、真冬でもトイレに行っている間に充電が終わり、いつまでも使える電動ピックアップトラックを想像してみてほしい。これなら金を払う価値があると思えるのではないか。
断言しよう。固体電池はドーナツ・ラボでなくても、誰かの手によって実現する。それも遠い先の話ではない。2025年6月にバンテージ・マーケット・リサーチが公表した報告書によると、固体電池の世界市場は2024年の10億ドル(約1600億円)強から2035年には560億ドルに拡大すると予想されている。ただドーナツ・ラボが一番乗りを主張していることについて、世界最大の電池メーカーは異を唱えている。3月、世界市場の4割近くを占める寧徳時代新能源科技(CATL)が、エネルギー密度が1キログラム当たり500ワット時とされる固体電池について、詳細な特許を世界知的所有権機関(WIPO)に申請していたと報じられた。
カーニュースチャイナによると、CATLは既に試験的な小規模生産を開始している。2月には中国の自動車メーカー、中国第一汽車(FAW)が「液固混合」のリチウムリッチマンガン電池を初めて車両に統合したと発表した。この電池もエネルギー密度は1キログラム当たり500ワット時とされる。
中国の電池メーカーが最終試験に向けて追い込みをかけているように見えるとしたら、それは実際にそうしているからだ。7月には規制当局が固体電池について、半固体、液固混合、全固体の定義を含め、新たな基準を公表する。2024年に創設され、政府が支援する共同事業体は、既に固体電池技術が成熟期を迎えているであろう2030年までに、サプライチェーン(供給網)の秩序ある構築を目指している。しかし最近、イノベーションが爆発的に進み、中国電池メーカー間で競争も激化しているため、時計の針は早まっているようだ。
ニュースレター購読
デイリー・ニュースレター
その日の注目記事をまとめてお届けします。(配信日:月曜日から金曜日)
購読済み
報道によると、固体電池に関連する特許の44%は中国勢が保有しており、世界的な商業化は中国とその貿易相手国がリードすることになるかもしれない。現在の地政学的状況を考慮すると、北米の消費者が初めて目にする、固体電池を採用したバッテリー式EVは、トヨタ車になる可能性がある。昨年10月、トヨタは2027~28年までに「バッテリー式EVで全固体電池を世界で初めて実用化」するための計画を発表した。お手並み拝見といこうじゃないか。固体電池技術を自社開発している数少ない従来型自動車メーカーのトヨタは2010年以降、固体電池の実現に向けて取り組んでいるが、自主設定したいくつかの期限を延期している。
私たちが初めて目にする固体電池が米国で製造され、ドイツの高級車に搭載されて登場することもあり得る。メルセデス・ベンツグループは2021年11月、マサチューセッツ州に本社を置くファクトリアル・エナジーとの提携を発表。2025年9月には、セダン「EQS」1台にテスト車としてファクトリアルの電池を取り付けた。テスト車は実走行で749マイルの航続距離を達成し、報道によればその時点でもまだ電池に余裕があったという。
少数ながら、固体電池に待ったをかける人もいる。中国科学院会員の欧陽明高氏は3月、中国電気自動車百人会(チャイナEV100)で、中国電池業界の 「性急なメンタリティー」に警鐘を鳴らした。同氏は、固体電池を搭載した一部のEVモデルが今年の終わりか来年に試験段階に入るものの、試験と大量生産は全く別の問題だと認めた。(以下 略)
