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中国メシ 中国料理オタク目線の福建料理

[日] 福建料理
[中] 福建菜Fújiàncài/闽菜Mǐncài

あまりメジャーではないが日本人の口にも合う福建料理について。

福建の概要

福建省は中国東南に位置する。略称はミン

福建省(白地図ぬりぬりを使用して筆者作成)

省都は福州、位置的には福建省の東北だが、伝統的に閩東ミンドンと呼ばれる地域にある。福建省南部の閩南ミンナンの中心都市は厦門アモイ。福州を中心とする地域と、厦門を中心とする地域で2大経済圏を構成している。

台湾海峡を挟んだ対岸は台湾で、台湾と強い繋がりがある。東南アジアをはじめとする海外へ移民を多く送り出し、海外とのつながりも強い。

陸地面積12.4万平方キロメートル。人口は4,1980万人(2025年末、福建省人民政府)。

主な産業は電子情報、装備製造業、石油化学工業、繊維・アパレル・製靴、石材加工など。

熱帯性海洋気候区に属し、烏龍茶の一大産地となっている。武夷山の岩茶(大紅袍、水仙、肉桂などの烏龍茶)や紅茶の正山小種ラプサンスーチョン、安渓の鉄観音などが有名。

主な観光地に福州の三坊七巷、厦門の鼓浪嶼(コロンス島)、福建省西南部の土楼、北部の武夷山などがある。

福建の歴史

福建は古代は越系の閩越が住んでいた。秦の時代、閩越王無緒は秦に降り、福建は秦の版図に編入され閩中郡となった。しかし秦が漢に倒されると、閩越王騶無緒すうむしょによる王制が復活した。漢の武帝の時代、王位を継いだ騶餘善すうよぜんが反乱を起こしたが平定され、閩越人は江淮に強制移住させられ、移住先の現地人に同化したりして、閩越人は消滅した。福建は人口希薄地帯となり、その後、少しずつ移民が流入したが人口は少なかった。

晋の時代となり中原が北方少数民族に攻められ西晋が滅びると、中原の高い技術を持った漢人が福建に移住し、現代の福建人の祖先となった。「衣冠南渡、八姓入閩」という。近年のDNA研究では福建人は中原のDNAを濃く残しているという。唐代頃に開発が進み人口が増え始めた。福州は福建の行政の中心として発展、また、泉州は刺桐ザイトンと呼ばれ、宋元の時代には海のシルクロードの起点の港として繁栄したが、明の時代には堆積で港が使えなくなり閩南の中心は厦門アモイに移って行った。

福建は「八山一水一分田(土地の8割は山、1割は川、1割が田)」と言われ、山が多く、耕作地は限られ、養える人口は少なかったので、唐宋の時代に人口が増加するにつれて海沿いに移民して行った。移民先でも人口が増加するとまた移民して行った結果、福建から東南アジアまで広範囲にわたり分布する事となった。

福建料理

福建省の料理は主に閩菜ミンツァイ贛菜ガンツァイ客家菜コージアツァイの3つに分けられる。福建省の中では閩系住民が圧倒的に多く、閩菜は海岸沿いに広く分布し、福建料理を総称しても閩菜と呼ばれる。贛菜は江西省に隣接する福建西北部の一部地域のみ。客家菜は江西省南部、広東省北東部と隣接する地域に分布する。浙江と隣接する福建北部の浦城県に呉菜系の料理がある。屋台などでは少数民族のショー族を売りにした烏米飯などが売られている事もある(畲族は客家と同化して、畲語は福建省内では消滅、広東省内に1600人ほど話者が残っているらしい)。北部には極一部だが、上海料理と同系の呉菜ウーツァイもある。

各料理の分布地域と特徴は次の通り。

閩系福建料理 閩菜は更に閩東、閩東、閩中、莆仙、閩南に分けられる。スープに特徴があり、宴席でスープは料理の間に何回も出る。
閩東菜 福州、福清、寧德: 海鮮料理が得意、肉料理も豊富。味付けは薄め。代表料理は仏跳牆、荔枝肉など。
閩北菜 南平(武夷山)、建甌: 山の幸。
閩中菜 三明(沙県)、永安: 沙県小吃の故郷。
莆仙菜 莆田、仙遊: 海鮮料理が得意、肉料理も多い。
閩南菜 厦門、泉州、漳州: 海鮮料理が得意、肉料理も豊富。代表料理は醤油水、姜母鴨など。

非閩系福建料理
邵武(贛菜) 邵武、泰寧:山の幸、辛い。
閩西、閩南(客家菜) 龍岩、三明、長汀、永定: 山の幸、塩辛い。煮たものが多い。代表料理は塩焗鶏など。
浦城(呉菜) 浦城县: 山の幸、辛い。
畲族(畲菜)寧德の山岳地帯、浙江省景寧自治区に隣接:烏米飯など。

畲族の烏米飯

福建料理の省外、東・東南アジアへの展開

閩系の料理は更に福建省外にも広がっている。
台灣料理 閩南料理をベースに客家、本省、和食などの要素が入っている
潮州料理 潮州、汕頭、汕尾 唐宋時代に閩南から閩南人が、及び莆田から古閩南語と同源の古莆田語を話す人たちが多く移住した。その後、莆田は閩東(福州)の影響を強烈に受け、潮州人のルーツの一つであった莆田語は変質して行った。
雷州料理 広東省の雷州半島
海南料理 海南島
※現在、潮州料理、雷州料理は広東料理の一派と見做されている。

そして、福建省をルーツに持つ人たちの料理は更に東南アジアにも広く、複雑に分布している。
ホッキエン料理(Hokkien, 福建)
テオチュウ料理(Teochew, 潮州)
ハイナン料理(Hainan, 海南)
フージョウ料理(Fuzhou、福州)
ホックチア料理(Hockchia、福清)
ニョニャ料理(Nyonya、娘惹)  ババと呼ばれる華僑、ニョニャと呼ばれる現地女性及び、プラナカンと呼ばれるその子孫のクレオール料理。プラナカン料理とも)
ハッカ料理(Hakka、客家)

福建料理は江戸時代に日本にも伝わって現地化した。
元々、横浜と神戸の中華街は広東系が多く、長崎は福建系が多い。福建省都福州や福清との繋がりが強かったため閩東系が多く、ちゃんぽん、卓袱料理が発展した。
福清出身の隠元和尚が隠元豆などと共に伝えた普茶料理も元は福建料理。
また、1980年以降来日した福建系新華僑の「福建料理」は、大抵閩東系で、福清料理が多い。

筆者と福建料理

筆者は会社員時代に福建系華僑が多いマレーシアと厦門に住んでいた事もあり、福建料理に多く接する機会があった。

就職して最初の海外赴任はマレーシアのクアラルンプールだった。クアラルンプールは広東系華僑が作った町で華僑間では広東語が話される地域だが、ホッキエンと呼ばれる福建系華僑も少なからず住んでいた。また、外港のクラン/ポートクランや、北部のペナンや、南部のマラッカ、ジョホール、お隣シンガポールは福建系が多く、仕事でも旅行でもよくこれら地域によく行っており、ホッキエン料理の肉骨茶バクテー福建麺ホッキエンミーなをよく食べたり、の華僑と現地女性のクレオールのニョニャ料理のバビポンテー(豚肉とジャガイモ味噌煮込み)なども食べたりした。

肉骨茶バクテー福建麺ホッキエンミーはシンガポールやペナンなどにもあるが作り方がクアラルンプールのものとは違う。ここで紹介するのはクアラルンプール周辺のもの。

肉骨茶バクテー。豚肉スペアリブの漢方煮。色々なバージョンがある。
福建麺ホッキェンミー、甘めの醤油で炒め太麺。カリカリに揚げた豚の脂が入っていて旨みが広がる。

その後、いくつかの国を経て、厦門アモイに駐在する機会に恵まれ、厦門は島で、海鮮が豊富、主に大排檔ダーパイダンという種類の屋台形式の海鮮食堂で海鮮三昧の日々を送った。氷の上に置かれた新鮮な海鮮を指さし、服務員にどんな調理法・味付けが美味いかを聞いたりしながら注文をするのは非常に楽しかった。

厦門の大排檔ダーパイダンの魚たち
厦門の大排檔ダーパイダンの魚たち
当時は鱟魚ホウユィ(カブトガニ)を食べる事もできた。しかし、カブトガニの青い血液は毒素を調べる試薬になるので重宝され、乱獲されていたため、2021年2月に「国家二級重点保護動物」となって保護対象となり、捕獲が禁止された。

また、出張で頻繁に福州に行く機会にも恵まれた。週末には隣の泉州、漳州にも足を伸ばし、旅行で武夷山や莆田などへ小旅行に行って福建各地の味を楽しんだ。

筆者にとって、福建は思い入れのある土地で、その拠点となった厦門に住む事が出来たのは非常に良い経験となった。


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