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4度目にして,[犬島精錬所美術館]の謎に少しだけ近づいた気がする,話(続く)

 瀬戸芸こと瀬戸内国際芸術祭2022、夏。台風の接近とともに旅程を大幅変更・短縮した中で「最も天気のよい日に、犬島に渡ろう」と決めていた。

犬島チケットセンター外観
上陸したらはじめに訪れる、発電所跡地

 犬島については、今まで何度か書いている。いつも拠点にしている高松港からは1日がかりになるのでなかなか渡れないのだけど、行って、戻ってくるとまた気になるところが出てきて、また次に行きたくなる。それを繰り返してきた。

 今回は、「謎がとけました、もう犬島は行き収めです」となるはずだったところ、謎は少し解けかかり、しかし「また行かなければ」となった、という話になる。

偶然選んだ小豆島ルートが唯一の航路だった

 犬島のアクセスについては、過去に下記のように書いていた。高松港から直島(宮浦)へ渡り、そこから小型客船で豊島を経て犬島に入る。

 ところが今回、小豆島経由でも犬島に渡れることを知った。それも偶然で、初日に乗船しようとしていた直島行のフェリーがあまりにも混雑していたので、隣に停泊中だった小豆島(土庄)行になんとなく乗り、港で、「小豆島-犬島」の看板を見たのだ。

3日間乗り放題のパスを購入し、高松-直島(家浦)も、高松-小豆島(土庄)も対象だったので、「とりあえず、すいている方に乗ってみよう」という行き当たりばったりなことができた
小豆島、土庄港

 ところがそれが、高松から犬島への、唯一の航路だった。人気路線の直島-豊島-犬島は何日か、欠航していたのだった。

直島の高速船乗り場には「欠航」の報せが

Google路線検索でも表示されない小豆島ルート

 電車の路線検索と同じように、船の検索もGoogleマップでできるので便利だ。しかし、この「小豆島-犬島」ルートは検索結果に上がってこない。

 朝の9時すぎに切符売り場らしきところに行っても、券売機には電源が入っていない。窓口で訊くと「もうすぐ係の人がくるので、その人からまず、整理券をもらって」とのこと。

 待っていると係の人がやってきて整理券を配布し、券売機の電源を入れた。片道1500円のチケットを購入。犬島-土庄の最終は16:30となっていたが、何しろ小型船なので「混み具合はどうですか」と聞いたところ「乗船できない、は少し前の話で、今は積み残しはない。ただ、現地で早めに整理券は確保しておいて」と。

無人の乗船場。奥に見えるブルーのベンチで、しばしの読書を楽しんだ

 乗船30分で犬島港へ。帰りの整理券も入手。

瀬戸芸会期中のため、チケットセンター前にも案内所が

近代化産業遺産ツアー,ガイドの山崎さんに感謝

 チケットセンターで入館手続き。ちなみに犬島精錬所美術館、家プロジェクト、犬島 くらしの植物園 には通常2100円の入場料がかかるが、今回は「瀬戸芸デジパス」(5000円)に含まれる。

チケットセンターから美術館、近代化産業遺産方面へ
美術館入口

 直島便の最終が15:47発なのに対して、今回は16:30出航なのでいつもより多少余裕がある。開始時間近くに集合場所にいたこともあり、近代化産業遺産ツアーに参加してみた。若い女性のガイドさんの名前は、山崎さん。

 幸運なことに参加者はわたし一人で、「訊きたいことは何でも訊いてみよう」モードが全開に。手始めに、訪れるたびに明らかにいい感じに腐食がすすんでいるプレートについて聞いてみると、やはり薬剤をかけたり、潮風にさらしたりして創り上げているそうだ。

訪れるたびに貫録を増している
 

   公式サイトによる説明は、こんな感じ↓。

1909年に地元資本によって建設された犬島製錬所は、煙害対策や原料輸送の利便性から、島に建設されたものの、銅価格の大暴落によってわずか10年で操業を終えました。現在の犬島には銅の製錬過程で発生する鉱滓からなるカラミ煉瓦造りの工場跡や煙突など、かつての大規模な製錬所を彷彿とさせる多くの遺構が良好な形で残されており、日本の産業発展の過程に置いて革新的な役割を果たした遺構として、平成19年度経済産業省による「近代化産業遺産群 33」のうちの「story30」に認定されました。

近代化産業遺産のご紹介
敷地内はほぼ当時のままだという
精錬の過程で不要となった原材料を固めて作ったカラミ煉瓦が舗装などに使われている

 かなり脱線した話も含めて訊ねてみたのだが、山崎さんはどれに対してもよどみなく答えてくれる。その理由は「犬島を訪れるお客様は、アートに関心のある方もいれば、産業遺産に興味のある方もいる。両方に対応するため、自分でもいろいろ調べている」とのこと。

 犬島は石の産地ではあったけれど、銅が採掘できたわけではない。公害が問題視されるなかで精錬所を本土から島に移した方がいいということになり、切り出した石の運搬に対応した港があったり、島民に理解があったことなどから、精錬所の移転が決まる。原料が犬島に運ばれ、精錬されて、運び出されていたわけだ(そしてカラミ煉瓦が残る)。しかし経営判断により、10年で精錬所は閉鎖された。イメージ的に、長崎の軍艦島と同一視しがちなのだけど、このように大きな違いもある。

 問いかけたことに対して、深い深い答えが戻ってくるのは感激だ。わずかな時間のツアーだったけれど、たくさんのものを得た。ありがとう。

美術館の屋上(という書き方が適切なら)的部分から海を臨む

「三島由紀夫×近代」という難問

 その後、長い時間をかけてくまなく島全体を巡り(この話は別の記事に)、再び近代化産業遺産エリアへ。いよいよ美術館に入ろう。

美術館入口へ

 犬島精錬所美術館のアート作品「ヒーロー乾電池」についての解説は下記の通りだ。

ヒーロー乾電池
かつて日本の近代化に貢献し、隆盛を誇ったが、現在はその跡を残すのみとなった犬島製錬所に、日本の近代化に警鐘を鳴らした小説家・三島由紀夫というモチーフを重ね、建築と協働による6つのスペースを作品として展開し、今後の日本のあり方や現代社会について問いかけています。

アートのご紹介

 三島由紀夫は「モチーフ」とある。でも本当に単なるアイコンとして? それとも、何かもっと深い意味があるのか? ということが、鑑賞したあとに、いつも気になって仕方ない。

 例えば、5つ目の作品は、薄暗い合わせ鏡の空間の真ん中に立ち、そこには血のような赤い崩し文字で描かれた文章が投影され、血のように鑑賞者の身体を流れていく、というもの。

 最後の作品は、三島由紀夫が、市谷駐屯地で散る前の『檄』(げき)文だ。金属のプレートに文字が大きく印字され、三島がかつて住まった家屋のパーツに、オーナメントのごとく吊り下げられている。展示室の隅には、『檄』の全文も掲示されている。

海側から美術館建物を臨む(中は撮影不可)

 何をそんなに困っていたのかといえば、わたしが、三島由紀夫という作家に、どうも苦手意識があったからだ。もちろん代表作は何作か読み、文章が恐ろしく上手、という印象はある。しかし例えばその「散り方」には理解できない部分も多いし、読み返そうにも版権の関係からなのか、作品が電子化されておらず、遠のいたままになっていた、ということも手伝っていた。

バイアスを取り去る試み-「何か分かりづらいチャンネル」

 長い間手つかずになっていた、その距離を縮める第一歩となったのは、YouTubeチャンネル「何か分かりづらいチャンネル」だ(同チャンネルに対しては、より伝わりやすい内容を追求して公開動画を編集し直していくといった、学びに対する誠実さも尊敬している)。

 個人的には、トール・ノーレットランダーシュ『ユーザーイリュージョン』ベンジャミン・リベット『マインド・タイム』の回が、何度も聴き直すくらい好きなのだけど、近代日本文学についても明快に解説されている。特にジェンダーバイアスの点から、その世界にどうもなじめない自分(時代的にどうしようもないことはわかるのだけど)にとっては、ありがたい存在だ。

 三島由紀夫については上のリンクのほかに、三島由紀夫『仮面の告白』読解:「三島由紀夫」というフィクションを生きる【『太陽と鉄・私の遍歴時代』】三島由紀夫『金閣寺』読解(前編):心象の金閣VS現実の金閣三島由紀夫『金閣寺』読解(後編):三島由紀夫の説いた「文武両道」三島由紀夫「憂国」読解:ストイシズムからエロティシズムへ【ジョルジュ・バタイユ「エロティシズム」(澁澤龍彦訳)読解補足】、といった動画が上がっている。

 これらを呼び水とし、手頃な厚さの文庫本が令和の時代に入ってから再版されていたこともあって、そろりそろりと作品を読み始めた。意外とすんなり作品世界に入り込むことができ、幅広い作風に改めて驚き、読書として純粋に楽しめるようになった。

 ただ、それによって、では犬島精錬所美術館で感じた「モヤモヤ」はどう片づければいいのかという疑問は、深まってしまった。三島は非常に若いころから作品を書いており、短編も数多い。上記チャンネルに加え、評論などを羅針盤にしていく必要がある。そしてその作業は、遅々として進まなくなっていた。

 そうした作業半ばで訪ねた犬島は、期待通りの快晴で、その美しい晴れ渡り方からもどこか楽観的になって、うーん、なんとなく、三島由紀夫は「アイコン」ってことでいいのかな? と、安易な結論に達しようとしていたのだけれど。再びすごい発見をした。それも、noteで。

犬島精錬所美術館×三島由紀夫を調べ尽くした先駆者

 ここで説明するより、読んでいただいたほうが早いと思う。市野美怜(りすみん@大人の教養大学)さんのnoteだ。

 特にわたしが好きなのは、下記の箇所。2020年に犬島精錬所美術館を訪れてその作品たちに衝撃を受けた著者の、次の行動だ。

いよいよ現代社会のひずみ、人間の業の深さを思い知らされた私は、旅行を終えた11月16日から、彼の死後50年を迎える本日25日まで、三島由紀夫もとい平岡公威と、朝に夕にどっぷり向き合うことになる。もう「きみたけ」と呼び捨てしてもいいぐらい、人生で最も三島と蜜月なときを過ごした。

時代の演者 ― 三島由紀夫との邂逅

 感想は2つ。まず、やっぱり深い意味を感じ(わたしのように、薄ぼんやりではなく)、その鉱脈を掘った人がいたという感激(これは、かなり嬉しい)。そして、(しかもときどき、すっかり忘れながら)頭の中にただ置いておいただけの、わたし自身の浅はかさよ、という深い反省。

 自分の考えが固まったなら、もっと外に目を向けてみればよかった。そして、そうなのだ。作家の柳幸典が、三島由紀夫ををどう捉えているかをまず調べて(そのほうが当たる数は少なくてすむ)、そこであたりをつけて、読んでいく本を選別していけばよかった。

 もちろん、アートの観方は人それぞれなので、この作品において「三島由紀夫はアイコンだよね」も、ありだと思う。

 ただ、わたしの中には、それだとどうも引っかかる部分がやはりある。そして、最後には三島の辞世の句に、返歌で応えて記事を締めくくるという粋なnote記事の結び方をした、りすみんさんをリスペクトするとともに、その考察をじっくりと味わって、自分でも本を読み、自分なりの検証をしていきたい。

そして再び,犬島へ

 自分のなかでは 「今回やっと、犬島に対して、一区切りつけることができるのでは」と思っていたのだけど、とんでもない。謎が氷解?と思いきや、新しい宿題をたくさんもらってしまった、というのが感想だ。

 でも、その理解について前進させてくれた3人の方々(面識があるのはお一方だけだけど)に、心から感謝を!

最終の船に乗る

 5度目の旅に備え、準備を重ねよう。


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