ささやかな合格祝い|ひとりじゃない|幸手権現堂秋祭り
娘は朝から言葉少なだった。おはようとも言わなかった。
権現堂堤へ向かう電車の中でもほとんど黙っていた。
「どうしたの?具合でも悪いの?」
私はペットボトルのお茶を差し出しながら尋ねた。
「……、ううん。大丈夫」
それ以上彼女は何も語ろうとしない。
娘を誘ったのは私だった。
この時期の権現堂堤の曼殊沙華が見事だとかねてから聞いていたので、ぜひ一度来てみたかった。
娘の高校の推薦入学が決まったので、せめてものご褒美、お祝いにという気持ちもあった。
友だちとの約束でもあったのだろうか。娘の様子に私はちょっぴり残念だった。
彼女が話をしたくなさそうなので、私は窓の外を眺めて追想にふけった。
当時幼かった娘は覚えていないだろうが、家族三人でここを訪れたことがある。
真夏のとりわけ暑い日で、一面の向日葵に興奮して、その中に分け入ろうとする娘を夫婦で必死に止めた。
三人がそれぞれに必死で、なんだか無性におかしかった。
笑い転げる娘と夫を今でもありありと思い出す。
その夫は4年前に交通事故でなくなった。突然のことだった。
私はつてを頼ってなんとか就職をし、必死に働いてこれまでやってきた。
キャリアを中断して復帰したシングルマザーの収入などたかが知れていた。家計簿をつけ続けることさえ無理に思えた。
娘には経済的にも精神的にも負担をかけた。部活や学校行事にかけられる金額も限られていた。
ゲームやおしゃれに使ってあげられたのは微々たるものだった。
でも他に選択肢はなかった。思春期の娘にとって、私以上に、いろいろな意味で大変な四年間だったことだろう。
小さなできごとを思い出すたびに胸が痛んだ。
けれど車窓の外には、秋晴れの中、清々しい風景が広がっていた。
権現堂堤に着いた私たちを待っていたのは、真っ赤な曼殊沙華の群生。
二人は息を飲んで立ち尽くした。
しばらくして、娘が言った。
「前に来た時とはまるで別の場所みたい。向日葵も素敵だったけど、これは……」
娘は覚えていたのだ。家族でここへ来たことを。
「ささやかな合格祝いのつもりだったのだけれど、どう?」
そう尋ねる私に娘は言った。
「ありがとう。お父さんも喜んでくれるかな……」
その言葉に私は自分のうかつさに気づいた。
彼女は具合が悪かったのではなかった。父親を恋しがっていたのだ。
家族三人で見た向日葵。二人だけで見る曼殊沙華。
目の前の風景以上に私たちを取り巻く環境は大きく変わっていた。
彼女がじっと見ている曼殊沙華、彼岸花とも呼ばれるその花たちを私も見つめた。
真っ赤な花の向こうに、あの日の彼の笑顔が重なって見えた。
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