権現堂堤|幸手権現堂秋祭り
私が初めて権現堂堤を訪れたのは四月の終わりだった。
会社の先輩が「桜がまだ見られるかもしれない」と言っていたことを思い出し、晴れた日曜日に、急に思い立って電車に乗った。
何かに追われるようで、自分が何をしたいのかわからない。恋人とも別れてしまった。そんな毎日からのささやかな逃避のつもりだった。
桜の見頃は過ぎていたけれど、散り際の花びらが風に舞う中、菜の花が鮮やかな黄色で堤を彩っていた。
家と会社との往復では決してみることができない風景だった。
「今年の桜ももう終わりなんです。」
ベンチに座っていると、年配の男性が話しかけてきた。地元のボランティアガイドをしているという。
「でも、菜の花とのコントラストは今の時期が美しいかもしれません」
男性は堤の歴史を教えてくれた。天正四年から続く古い堤で、昔は何度も決壊して多くの人の命を奪ったこと。桜が植えられたのは大正時代で、戦時中に燃料として切られてしまったが、戦後に地域の人たちが植え直したこと。
「季節ごとに違う花が咲くことが地元の自慢です。六月は紫陽花、七月は向日葵、そして九月には曼殊沙華が一面に広がります」
曼殊沙華、確か彼岸花の別名だ。彼岸花というと切ない思いが浮かぶが、曼殊沙華という響きには何か謎めいたものがある。
「真っ赤な花で、この桜の堤が全く違う表情を見せてくれます。是非今度また秋にいらしてください」
男性と別れた後、私は何時間も堤を歩いた。散っていく桜と共に私の中の何かが流れ出し、代わりに黄色い菜の花が私を満たしてくれるような気がした。
梅雨を過ごし、夏が来ても、堤を歩いた記憶は色褪せることはなかった。紫陽花や向日葵が堤を彩る姿を想像はしたが、四月のあの風景にはかなわないようにも思ったし、仕事も忙しかった。
春に感じていた閉塞感は薄れていた。新しいプロジェクトに参加し、やりがいを感じるようになっていた。
九月の終わり、ふと権現堂堤のことを思い出した。そういえば、曼殊沙華の季節だ。
土曜日の朝、私は再び権現堂堤に向かった。
駅を降りると、私は目を見張った。春とは全く違う景色が広がっていた。今は葉だけとなった桜並木の下に広がる斜面は、燃えるような赤に染まっている。曼殊沙華が一面に咲き誇り、まるで別の場所に来たようだった。
春に会ったボランティアガイドの男性が、私に気づいて手を振った。
「確か以前にお会いしましたよね」
「覚えていらっしゃったんですね」
「もちろんです。曼殊沙華を見に来てくださったんですね」
男性は嬉しそうに微笑んだ。
「春とは全然違いますね」
「そうでしょう。同じ場所なのに、まるで別世界です」
私たちは並んで曼殊沙華の斜面を見つめた。
「でも、人もきっと同じですよね」男性が言った。「季節が変われば、同じ人でも違う一面を見せるようになる」
男性の言葉は、私の心を言い当てているかのように思えた。
何をしたいのかわからず、ただ漠然とした不安を抱えていた春。
桜と菜の花は、私の中の何かを変えてくれた。
そして今の私は、春の私とは確実に違っている。
「またいつでもいらしてください」男性が言った。「その時にはまた、今とは違う景色をお見せできると思います」
帰りの電車で、私は窓の外を眺めていた。しかし心を占めていたのは一面の曼殊沙華だった。
権現堂堤は四百年以上もの間、水害と復旧を繰り返しながら、人々の生活を支えてきた。桜は切られても植え直され、新しい花々が加えられたという。そして、今も多くの人を迎えている。
人の心も同じなのかもしれない。
傷ついても、立ち直って、新しい季節を迎えることができる。同じ場所に立っていても、見える景色は変わっていく。
次に堤を訪れるときには、私はどうなっているのだろう。
その時、権現堂堤はどんな景色を見せてくれるだろうか。
🧡 スキ 🤝 フォロー 💬 コメント…のいずれかでもいただけたら、とても励みになります!
#幸手権現堂秋祭り #権現堂堤 #曼殊沙華 #彼岸花
#ショートショート #恋愛小説が好き #私の作品紹介
