【まりこふんバスツアー】まりこふんと巡る岡山の古墳にコーフン!!日帰りバスツアー(3月7日、8日)/岡山 ①
第1日目 2026年3月7日土曜日
①JR岡山駅西口集合 → ②津島遺跡、遺跡&スポーツミュージアム → ③大谷・定古墳群 → ④高梁国際ホテル(昼食) → ⑤宮山展望古墳 → ⑥楯築遺跡 → ⑦JR岡山駅西口解散
株式会社iプランニング KOHWA(岡山市)
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古墳にコーフン協会・岡山支部長おススメのスポットとして巨大古墳と石室を巡りました。
ご説明役として、岡山市の草原先生が同行されました。
出発して、10分ほどで津島遺跡に到着。
こんな街の中心部で、縄文時代晩期から弥生・古墳時代にかけての大規模な遺跡があります。昭和35年に国体用の競技施設整備により、多数の土器が出土したため、発掘調査が始まりました。
岡山市北区いずみ町、現在の岡山県総合グラウンド一帯に広がります。


細かく畔で仕切られた形態です。

ファジアーノ岡山のホームグラウンドとなっています。

内部には、発掘の模様、出土品などが展示されておりました。

弥生時代の吉備地方で、葬送の祭りに使用された土器です。 特殊な文様があり、当時の吉備の独特の文化を物語っています。


大谷3号墳?
大谷・定古墳群 岡山県真庭市上中津井にある古墳群。
石垣状の外護列石を伴う段構造(ピラミッド構造)の方墳であることを共通点とし、特に定東塚・定西塚・定北・大谷1号の4基は相当規模の古墳になります。いずれも石室内には陶棺・木棺が据えられ、環頭大刀(大谷1号墳)・金製品(定東塚)・朝鮮半島の鏟(サルボ)様の斧状鉄製品(定東塚・定北・大谷1号)など広域への影響力を反映する豊かな副葬品が検出されています。
まずは、定古墳へ行きます。



定東塚古墳は、墳形は方形で、南北25メートル・東西18メートル・高さ6メートル。埋葬施設は右片袖式横穴式石室で、
石室全長:11.6メートル。玄室:長さ5.5メートル、幅2.6メートル。
定西塚古墳は、定東塚古墳の西側に隣接して築造された古墳で、墳形は方形で、南北16メートル・東西14メートル・高さ4.5メートル。埋葬施設は右片袖式横穴式石室で、石室の規模は、
石室全長:10.7メートル。玄室:長さ5メートル、幅2.2メートル。




定北古墳は、定東塚・西塚古墳の北約70メートルに位置しています。墳形は方形で、南北25.3メートル・東西21メートル。墳丘周囲には3段の外護列石が巡らされ、中段は高さ1.8メートルを測り石室開口部に取り付いています。埋葬施設は両袖式横穴式石室で、石室の規模は、玄室:長さ4.0メートル、幅2.1メートル、高さ2メートル羨道:長さ6.2メートル、幅1.5メートル


続いて 大谷1号墳へ行きます。
大谷1号墳は、形状は方墳。東西13.1メートル・南北9.8メートル・高さ3.8メートル。墳丘周囲には3段の外護列石が巡らされるほか、墳丘前面には2段の石列(長さ18-22メートル)があり、正面観は5段築成を呈しています。墳丘上面は平石で覆われています。埋葬施設は両袖式横穴式石室で、石室の規模は、石室全長:6メートル、玄室:長さ3メートル、幅2メートル、高さ1.7メートル、羨道:長さ3メートル、幅1.2メートル。







午前中から、素晴らしい古墳続きですっかり堪能しました。
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午後は、宮山展望古墳へ行きます。
宮山墳墓群 宮山展望古墳
標高約80mの三輪山頂部に立地する古墳時代前期の前方後円墳です。後円部に比べ前方部が低くて長いことから、古い様相をもつものといえます。後円部の頂部には大きな穴が開いており、埋葬施設はすでに盗堀されているものと思われます。墳丘の斜面を覆った葺石ふきいしは前方部側によく残っており、埴輪はにわの破片も採集されています。この古墳の南側には、屋根上に円墳を挟んで全長70mになる前方後円墳の三笠山古墳があります。宮山天望古墳と同様に、古い様相をもった古墳時代前期の古墳です。これらの古墳は、宮山墳丘墓と同一丘陵上にありますが、弥生時代の墳丘墓とは隔された場所に造られています。なお、宮山には、遊歩道が整備されており、弥生~古墳時代の墳墓を見ながら、自然散策も楽しめます。
(高梁川流域連盟HPより)







石を箱形に組んだ箱式石棺、土を掘って埋葬した土壙墓(どこうぼ)、棺に転用した特殊器台棺など多様な埋葬を行なった集団墓と、特別な人のために造られた前方後円形の墳丘墓から構成。
この墳丘墓に立てられていたと思われる特殊器台と同様の文様をもつ特殊器台が、最古級の古墳とされる箸墓古墳をはじめ奈良県の古い古墳から出土していることから、吉備と倭(やまと)の深い関わりを示すともいわれている。



楯築遺跡に行く途中、備中国分寺近くの 吉備路もてなしの館 によって
トイレ休憩をかねた買い物タイム。近隣には、作山古墳をはじめ多くの古墳が点在することから、古墳関連グッズが多く販売されておりました。

楯築遺跡
岡山県倉敷市に所在する、王墓山丘陵の北側に弥生時代後期後葉(2世紀後半)に造営された墳丘墓である。直径約49メートル、高さ4、5メートルの不整円形の主丘に北東・南西側にそれぞれ方形の突出部を持つ 双方中円形墳丘墓。全長は推定83メートルで弥生墳丘墓としては日本列島において最大である。『ウィキペディア(Wikipedia)』




双方中円墳というのをはじめてみました。
宅地造成工事により北東突出部は、ほぼ消失しておりました。
主墳の頂上には木棺を取り囲むように5個の巨石が立てられております。




2025年2月撤去
神社弧帯文石
『楯築神社縁起』(成立年代不明)で「白頂馬龍神石」と呼ばれたもので、墳丘上には大正時代の初め頃まで存在し、楯築神社に代々伝世、ご神体として神石(亀石)と呼ばれる全表面に毛糸の束をねじったような弧帯文様が刻まれた石が安置されていましたが、現在はこの遺跡のそばの収蔵庫に祀られています。『ウィキペディア(Wikipedia)』
今回は、特別に見せていただきました。





辰砂は、硫化水銀(II) (HgS) からなる鉱物である。別名に賢者の石、赤色硫化水銀、丹砂、朱砂、水銀朱などがあり、日本では古来「丹(に)」と呼ばれていました。水銀の重要な鉱石鉱物です。
中国において古くから知られ、錬丹術などでの水銀の精製の他に、赤色(朱色)の顔料や漢方薬の原料として珍重されている。

非常に熱いご説明でした。
初日から、内容の豊富なツアーとなりました。
2日目に続きます。 ありがとうございました。
