写真の中の笑い声(19)スペースワールドの夜|皿倉山の夜景と初恋の夏
高校二年の夏、僕らは少しだけ親に嘘をついて、二人でスペースワールドへ向かいました。
日帰りのつもりだったはずの旅は、ほのかの一言で、思いがけず一泊の夜へ変わっていきます。
皿倉山から見た広島の外の大きな世界と、空っぽだった僕の心が静かに満ちていった、忘れられない初恋の記憶です。

高校二年の、夏だった。
僕らは、それぞれの親に、少しだけ、嘘をついた。
「友達と行ってくる」――お互い、そう言って、家を出た。本当は、二人で行くのに。
うしろめたさが、なかったと言えば、嘘になる。でも、それ以上に、二人きりで遠くへ行ける、というだけで、胸が、はずんでいた。
その時点では、日帰りの、つもりだった。
行き先は、スペースワールドだった。
「行きたいね」と、どちらからともなく言って、それで、決まった。
ところが、当日。さすがに人気の場所で、ものすごい人出だった。これでは、日帰りでは、とても、回りきれない。
案の定、ほのかが、はぶてはじめた。頬を、ぷうっと、ふくらませて。
僕は、半分、冗談のつもりで、言った。
「じゃあ、一泊する?」
その瞬間、ほのかの目が、ぱっと、輝いた。
「するー!」
……面食らったのは、僕のほうだった。本気で言ったわけじゃ、なかったのに。
でも、これが、ほのかだった。
ふだんは、はぶてたり、すねたりしていても、ここぞ、という場面では、誰よりも、大胆になる。迷っている僕の、一歩も二歩も先を、ぴょんと、跳んでいく。
その思いきりのよさが、僕は、たまらなく、好きだった。
そこから先は、もう、嘘が、少しだけ、大きくなった。
友達と一緒にいることにして、今夜は帰れない、と、それぞれの家に、電話を入れた。
受話器を置いたあと、僕はふと、ほのかのお父さんの、厳しい顔を、思い浮かべてしまった。
でも、それ以上は、考えないことにした。
その日は、いっぱい並んで、たくさんの乗り物に、乗った。
待ち時間のほうが、ずっと長かったかもしれない。それでも、二人とも、ずっと、笑っていた。何が、そんなに、おかしかったのか。もう、思い出せない。ただ、ずっと笑っていたことだけ、覚えている。
そのあと、宿へ向かう前に、僕らは、皿倉山に、のぼった。
山の上から見た夜景は、広島で見慣れた夜とは、まるで、ちがっていた。
光が、どこまでも、広がっていた。街というものが、こんなにも、遠くまで、続いているのか、と思った。
ほのかは、しばらく、黙って、その光を、見ていた。
「……すごいね」
それだけ言って、また、黙った。
僕も、うなずくことしか、できなかった。あの夜景の前では、いつもの、ふざけた言葉が、なぜか、出てこなかった。
たぶん、僕らは、そのとき、二人で、はじめて――広島の外に広がる、大きな世界を、見ていた。
そして、夜が、来た。
その夜のことを、ここに、細かく書くつもりは、ない。それは、僕とほのかの、二人だけの、ものだ。
ただ、ひとつだけ。
白状すると――その夜が、僕の、はじめてだったわけじゃ、ない。
松山で、空っぽだった頃。気持ちのない相手とは、なんてことなく、過ごしていた。
なのに、その夜の僕は、ずっと昔の、はじめてのときより、ずっと、ふるえていた。
おかしな話だ。
好きで、たまらない相手の前では、僕は、何ひとつ、慣れることが、できなかった。
手も、つなげなかった、この僕だ。あたりまえ、かもしれない。
ほのかも、たぶん、おなじくらい、緊張していた。それは、伝わってきた。
それでも、ほのかは、その夜、いちばん無防備な自分で、僕の、そばにいてくれた。
松山にいた頃。誰かの近くにいても、僕の中の空っぽは、空っぽのまま、埋まらなかった。
でも、あの夜は、ちがった。
けっして埋まらなかったはずのものが、あの夜は、しずかに、満ちていった。
その夜を境に、僕らの関係が、何か、大きく変わった――というわけでは、ない。
次の日も、その次の日も、ほのかは、いつもどおりの、ほのかだった。けたけた笑って、はぶてて、僕の数歩先を、跳んでいく。
でも。
いま、振り返ると、思う。
あの夜から、ほのかを、いとおしい、と思う気持ちだけは、たしかに、静かに、深くなっていた。
*
♪ 今回のBGM:ロードムービー(Mr.Children)
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