写真の中の笑い声(7)原稿を読まなかった二人|児童会選挙で見えた二人の強さ
小学生の児童会選挙で、僕たちは二人だけ原稿を読みませんでした。
用意された言葉ではなく、自分の言葉で話したあの日。
彼女の強さと、まだ名前のつかない特別な感情を描く第7章です。

ほのかと、もう一度、同じ場所に立つことになったのは、五年生の、児童会の選挙だった。
各クラスから、代表は一人だけ。教室の中の予備選挙を勝ち抜いた者だけが、全校生徒の前で、演説できる。
僕は、自分のクラスの代表に選ばれた。こういう役回りは、もっと小さい頃から、なぜか僕のところに回ってきた。ふざけてばかりいたくせに、いざとなると、前に出たくなる。そういう子どもだった。
立候補者の名簿に、ほのかの名前を見つけたとき、僕は、少し驚いた。
あの頃のほのかは、もう、誰とも騒がない子になっていた。教室の隅で、静かにしている子。その子が、自分のクラスの予備選挙を勝ち抜いて、ここに立っている。
どういうつもりなんだろう、と思った。
立会演説会は、ほのかがいつも伴奏で座る、あの体育館であった。今日は、全校生徒が、そこに並んでいる。
壇上に立った子は、みんな、緊張していた。六年生も、五年生も。手に原稿を握りしめて、下を向いて、書いてきた言葉を、ひと言ずつ、読み上げる。
でも、僕は、原稿を読まなかった。
何日もかけて、練って、練って、練り上げた言葉だった。それを、ぜんぶ、暗記していた。だから、紙は持たずに壇上に立って、身振り手振りをつけて、まっすぐ前を見て、全校生徒に向かって、しゃべった。
そして――ほのかも、原稿を読まなかった。
僕の番の、前だったか、後だったか。ほのかも、紙を持たずに、壇上に立った。まっすぐ前を見て、声を張って、身振りをつけて。何を言ったかは、もう覚えていない。ただ、その声に、迷いは、なかった。
あの、教室で静かにしているほのかじゃなかった。
ひさしぶりに、僕は、昔のほのかを、見た気がした。
六年生も含めて、あれだけの人数がいて、原稿を読まなかったのは、僕と、ほのかの、二人だけだった。
示し合わせたわけでも、なんでもない。なのに、二人だけが、同じことを、していた。
たぶん、僕らは、そういうところが、似ていた。
もう、言葉も交わさなくなっていたのに。
選挙の結果、五年生のトップは、ほのかだった。次点が、僕。
六年生から会長と副会長が選ばれ、五年生のトップも、もう一人の副会長になる仕組みだった。
だから、ほのかは、副会長。僕は、書記になった。
こうして、僕らは、また、同じ場所に立つことになった。
でも、それで、元どおりになったわけじゃなかった。
児童会が始まっても、ほのかは、昔のようには、話してくれなかった。
笑顔は、なかった。交わすのは、仕事の話だけ。次の集会はいつ、この紙はどこに貼る、それだけだ。僕がふざけても、ちらりとこっちを見るだけで、すぐに、目をそらす。
近くにいるのに、遠かった。
同じ机に向かって、同じ仕事をする。昔、あんなに、くだらないことで、ゲラゲラ笑い合った相手と。だからこそ、その事務的な距離が、よけいに、さみしかった。
壇上では、あんなに迷いのない声で喋った、あのほのかが。僕の隣では、もう、笑わない。
あの演説の日に見た、昔のほのか。
あれは、まぼろしだったんだろうか。
それとも、あの笑い声は、まだ、どこかに、ちゃんと、あるんだろうか。
そのときの僕には、まだ、分からなかった。
*
あなたには、用意された言葉ではなく、
自分の言葉で伝えたからこそ届いた経験はありますか。
♪ 今回のBGM:I'll be(Mr.Children)
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