写真の中の笑い声(6)ふしだら|大人の一言で変わってしまった少女
小学生の頃、たった一人の大人の言葉が、彼女の振る舞いを変えてしまいました。
「ふしだら」という言葉は、まだ幼かった僕たちの距離にも影を落とします。
学校の中で傷つけられた少女と、それを見ていた少年の記憶を描く第6章です。

五年生になって、僕とほのかは、別々のクラスになった。
五クラスもある、マンモス校だ。クラスが違えば、もう、ほとんど顔を合わせない。同じ学校にいるはずなのに、一週間、一度も見かけない、なんてことも、ざらだった。だから、最初は、たいして気にしていなかった。
久しぶりに、廊下でほのかを見かけたとき。
最初に感じたのは、なんだか、よく分からない、違和感だった。
なにが、とは言えない。ただ、いつものほのかと、どこか、違う。うまく言葉にできないまま、そのときは、すれ違った。
それが、何度か続くうちに、違和感は、はっきりとした「おかしい」に変わっていった。
ほのかが、笑っていない。
あんなに、誰よりも大きな声で笑っていた子が、廊下を、うつむきがちに、静かに歩いている。
気になって、ほのかと同じクラスの友達に、それとなく聞いてみた。
「ああ、あいつ。なんか最近、大人しいで」
友達は、たいして気にとめていない様子で、そう言った。
大人しい。あのほのかが。
その言葉が、やけに、胸に残った。
そうこうしているうちに、ある日、母から、ふいに聞かれた。
「あんた、白石さんのこと、知っとる?」
知っとる、って。何を。
そうして、僕は、母から、聞かされた。
あの頃、ほのかの中で何が起きていたのか、僕は、そばで見ていたわけじゃない。だから、ここから先は、母づてに聞いた話だ。
でも、ただの噂じゃない。実際に、あったことだ。
――それは、一学期の終わりの、三者面談でのことだったという。
成績の話が、ひととおり終わったあと。担任は、隣に座るほのかのお母さんのほうを見て、こう言ったらしい。
五年生にもなって、男子とあんなに仲良くするのは、ふしだらだ、と。
ふしだら。
その言葉を、ほのかは、お母さんの目の前で、聞いた。
ほのかが、そのとき、どんな顔をしていたのか。何を思ったのか。
僕には、分からない。
でも、これだけは、言える。
あの子は、なにも、悪いことなんて、していない。男子と笑い合うことに、やましいものなんて、ひとつも、なかった。鬼ごっこで弾けて、僕を言い負かして、弟の話でゲラゲラ笑う――ただ、それだけの子だった。
その明るさを、お母さんの目の前で、汚いもののように、言われた。
お母さんは、何も、言い返さなかったらしい。
ほのかのお母さんは、ほのかと同じで、よく笑う人だった。お腹を抱えて、声を上げて笑う――ほのかの、あの笑い方は、お母さんゆずりだった。
その人が、あのとき、ただ、隣で、黙っていた。
ほのかは、思ったかもしれない。お母さんも、私が悪いと思っているんだ、と。
ほんとうは、違ったのかもしれないのに。
家に帰ってから、お父さんも、それを知って、怒ったという。
それは、ほのかを守るための怒りだったのかもしれない。
でも、ほのかには、自分が家の中に持ち込んだ恥を、お父さんが怒っているように見えたのかもしれない。
その日から、ほのかは、変わってしまった。
男子と、話さなくなった。廊下ですれ違っても、目をそらす。
それまでは、別のクラスにいても、あの大きな笑い声だけは、廊下の向こうから、ときどき、聞こえてきた。それが、ぱたりと、やんだ。
僕とも、ひとことも、口をきかなくなった。
何も、悪いことなんて、していないのに。ただ、笑っていただけなのに。
ほのかの、いちばんいいところを、誰かが、勝手に、奪っていった。
でも、当時の僕は、ほんとうのところ、何も分かっていなかった。
相棒が、急に、知らない人みたいになった。ただ、それだけのことだと思っていた。
母から話を聞いても、ふうん、と思うくらいで。ほのかに、どう声をかければいいのかも、分からなかった。
いや――声をかけることすら、しなかった。
ただ、遠くから、笑わなくなったほのかを、見ていた。
あの笑い声を、どうやったら取り戻せるのか。
そんなことを考えるには、僕は、まだ、子どもすぎた。
*
あなたは、誰かの何気ない一言を、
今でも忘れられずにいますか。
♪ 今回のBGM:掌(Mr.Children)
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