写真の中の笑い声(5)それぞれの世界|近くにいるのに遠くなる初恋
小学生だった僕たちは、少しずつ、それぞれ別の世界を持ちはじめます。
僕はミニバスへ、彼女は音楽や学校の中心へ。
同じ教室にいても、どこか遠くなっていく二人の距離を描く第5章です。

四年生の秋――たしか、夏休みが明けた、九月の頃だ。僕は、ミニバスを始めた。
きっかけは、たいしたことじゃない。仲のいい男子が何人か入っていて、なんとなく、ついていっただけだ。
でも、やってみると、思ったより楽しかった。走るのも、ボールを扱うのも、思ったより体がついてきた。うまくなりたいと、強く思っていたわけでもないのに、気がつくと、四年のうちから、試合に出してもらえるようになった。
コートの上にいるときの自分は、教室でふざけている自分とは、少し違った。体育館の床に、バッシュの音が、きゅっと鳴る。パスをもらって走り出す、その一瞬だけは、何も考えなくてよかった。誰かを笑わせるためでもなく、ただ必死に動いているだけなのに、なぜか、気持ちよかった。
ミニバスは、いつのまにか、僕の生活の、真ん中になっていた。
そのぶん、ほかのいろんな時間が、減った。テレビを見る時間も、家族で出かける時間も、気づけば、ずいぶん少なくなっていた。練習と、試合。それだけで、一週間が、すぎていく。
そして、ほのかには、ほのかの世界があった。
ピアノと、塾。とくに、ピアノだった。
クラスで歌を歌うとき、発表会で合唱をするとき、伴奏をするのは、いつもほのかだった。
本番までの何日か、休み時間になると、ほのかは、教室の隅のオルガンに向かっていた。まわりでは男子が騒いで、女子が机を寄せて話して、誰かが黒板に落書きをしている。そんな中で、ほのかだけが、少し違う空気の中にいた。
ついさっきまで男子に混じって、けたけた笑っていた子が、鍵盤の前に座ると、すっと背筋を伸ばす。まっすぐ前を見て、指だけが、静かに動く。教室では、一度も見たことのない横顔だった。
本番の日、体育館のピアノの前に座るほのかを、僕は、列の中から見ていた。先生が手を上げて、ざわめきが、すっと引く。その静けさの中で、ほのかの指が、最初の音を鳴らす。
あの、男子と平気で言い合って、僕のふざけたことにお腹を抱えて笑うほのかが、いまは、みんなの歌を、支える場所にいる。
こいつには、僕の知らない世界がある。
そのとき、初めて、そう思った。
四年生になって、僕には、コートができた。
ほのかには、鍵盤の前の時間と、塾があった。
放課後になると、僕らは、それぞれ別の場所へ帰っていった。
それでも、さみしくは、なかった。
学校に来れば、僕らは、いつもどおりだった。教室では、相変わらず、つるんで、ふざけて、笑っていた。放課後に、どれだけ別々の時間を過ごしても、次の朝、顔を合わせれば、何も、変わっていなかった。
それぞれの世界を持っても、平気だったのだ。
また明日、教室で会える。
そのことを、僕は、ずっと、当たり前だと思っていた。
*
それぞれの世界を歩き始めても、
変わらないと思っていた人はいますか。
♪ 今回のBGM:彩り(Mr.Children)
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