写真の中の笑い声(4)もう食べれんかもしれんけど|バレンタインに残った初恋の記憶
小学生のバレンタインの日、彼女は僕の家までチョコを持ってきました。
「もう食べれんかもしれんけど」
少し照れくさくて、少し不器用で、けれど忘れられない初恋の記憶を描く第4章です。

あの日、ほのかが何を考えていたのか、ほんとうのところは、僕には分からない。
訊いたことはなかったし、いまとなっては、訊くこともできない。
ただ、その日のことは、ずいぶんあとになって、母から聞いた。母が、ほのかのお母さんから聞いた話として。
僕が知っているのは、ほんの断片だけだ。
二月十四日。
学校から帰ったほのかは、お母さんに、こう言ったらしい。
「しょうくんに、チョコ、あげたいんよ。手伝って」
それを聞いて、お母さんは慌てたそうだ。なにしろ、その日のうちの話だ。二人で大急ぎでスーパーへ走って、材料を買って、台所で、チョコを作った。
うまくできたのかどうかは、分からない。たぶん、そんなに、うまくはできなかったんじゃないかと思う。急ごしらえだったし、ほのかは、勉強はできても、その手のことが、特別に器用なほうではなかった気がするから。
でも、それでいい。
きれいに作られたチョコより、その、慌てて走って、台所でわたわたと作った時間のほうが、僕には、ずっと大事だ。
どんな顔で、それを作っていたのかは、分からない。
でも、たぶん、あの、ちょっとぶっきらぼうな顔で。照れると、よけいにぶっきらぼうになる、あの顔で。
その夜のことは、僕も、よく覚えている。
たしか、夕飯を食べ終わった頃だった。
インターホンが鳴って、母が玄関へ出ていった。
しばらくすると、玄関のほうから、にぎやかな声が聞こえてきた。母と、誰かのお母さんが、楽しそうに、大きな声で話している。誰が来たのかは分からなかったけれど、僕は、騒がしいなあ、くらいに思って、座っていた。
すると、
「しょうー!」
母が、僕を呼んだ。
行ってみると、玄関に、ほのかのお母さんが立っていた。
なんだろう、と思っていると、その、お母さんの後ろに、隠れている子がいた。
ほのかだった。
ほのかは、お母さんの背中から、そっと顔をのぞかせると、それから、ぶっきらぼうに、言った。
「これ、あげる」
小さな包みを、ぐい、と突き出してくる。
えっ、何。
わけが分からずに固まっていると、ほのかは、ふいと目をそらして、もう一言だけ、言った。
「もう食べれんかもしれんけど」
そして、また、お母さんの後ろに、さっと隠れてしまった。
鬼ごっこで、誰よりも弾けていたほのか。
「私がブスなんは知っとるけぇ」と、僕を言い負かしたほのか。
その同じ子が、お母さんの後ろに隠れて、顔だけ出して、ぶっきらぼうに、チョコを突き出している。
でも、九歳の僕は、何が起きたのか、その場では、よく分かっていなかった。ぽかんと包みを受け取って、ありがとう、と言えたかどうかも、あやしい。
二人が帰ったあと、僕は、部屋で、その包みを開けた。
不格好な、手作りのチョコだった。
とたんに、じわじわと、嬉しさが、込み上げてきた。
それまでにも、ほかの子から、チョコをもらったことは、あった。でも、そのどれとも、違っていた。
「もう食べれんかもしれんけど」
あの一言を、僕は、あとになって、何度も思い出した。
まっすぐ「あげる」と言うのが、照れくさかったんだと思う。だから、先に、自分で、少しだけ落としておく。
ほのかには、そういうところがあった。
いちばん言いたいことを、まっすぐには、言わない。
でも、その日、ほのかは、たしかに、自分の足で、僕の家まで来た。
わざわざ、チョコを作って。お母さんを連れて。隠れながら。
それが、ほのかの、いちばん最初の一歩だった。
*
あの日は気付けなかったけれど、あとになって大切だったと気付いた贈り物はありますか。
♪ 今回のBGM:CANDY(Mr.Children)、Marshmallow day(Mr.Children)
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