写真の中の笑い声(3)相棒|小学生の出会いから始まる広島の青春小説
物語は、小学生の頃の広島へ戻ります。
彼女は、男子の輪にも自然に入ってくる、不思議なほど明るい女の子でした。
まだ恋とは呼べないけれど、確かに特別だった出会いを描く第3章です。

ほのかの存在は、もっと前から、知っていた。
一年生の頃から、ときどき、見かけることはあったのだ。腰のあたりまで届く、長い黒髪。色が白くて、顔立ちが整っていて、廊下ですれ違うと、つい、目で追ってしまう。
めちゃくちゃ、かわいい子がおる。
九歳の僕が思っていたのは、その程度のことだ。どこか遠くの、手の届かない子。話したことなんて、もちろん、一度もなかった。
その子と、三年で、同じクラスになった。
僕の通っていた小学校は、やたらと大きかった。一学年に何クラスもあって、運動場は端から端まで子どもであふれていた。クラス替えのたびに、知らない顔のほうが多くなる。そんな学校だ。
だから、始業式の日、新しいクラスの名簿に「白石ほのか」の名前を見つけたとき、僕は、少しだけ、どきっとした。
ああ、あの子だ。
席は離れていたけれど、それだけで、なんだか、毎日が少し、明るかった。
黙って座っているほのかは、やっぱり、お嬢さんみたいだった。大人しくて、きれいで。僕は勝手に、そういう子なんだと、思い込んでいた。
その思い込みが、ひっくり返ったのは、クラス替えのすぐあと、春の遠足の日だった。
弁当を食べたあと、誰かが言い出して、クラスのみんなで鬼ごっこになった。広い芝生を、子どもたちが、わあっと散らばって走る。
その中に、ほのかがいた。
あの、大人しいと思っていたほのかが、長い髪を振り乱して、口を大きく開けて、ゲラゲラ笑いながら、走り回っていた。鬼から逃げては、誰かをつかまえては、また笑う。色白の頬を、真っ赤にして。つかまっても、悔しがるどころか、もっと大きな声で笑っていた。
僕は、自分が逃げるのも忘れて、その姿を見ていた。
こんなに、弾ける子だったのか。
お嬢さんみたいな見た目と、その笑い方が、あんまり違っていて。僕は、なんだか、目が離せなくなった。
でも、僕とほのかが、相棒みたいになったのは、それから、もう少しあとだ。
きっかけは、笑える話じゃない。喧嘩だった。
あるとき、僕は、クラスの女の子と、派手にやり合っていた。理由は、もう覚えていない。たぶん、ほんとうに、くだらないことだ。でも九歳の僕は、本気で、その子と言い争っていた。
そこへ、ほのかが、割って入ってきた。
「もう、やめんさいって」
仲裁のつもりだったのだと思う。でも、頭に血がのぼっていた僕は、その矛先を、ほのかに向けてしまった。
「うるさい、ブス!」
いま思い出しても、最低の言葉だ。九歳の僕は、本気で、そう言い放った。
でも、ほのかは、ひるみもしなかった。
「私がブスなんは知っとるけぇ。いま、そんな話、しとらんじゃろー!」
まっすぐ僕をにらんで、そう言い返してきた。
ぐうの音も、出なかった。
気がつくと、最初の女の子のことなんて、どこかへ行ってしまって、僕は、ほのかと、本気で喧嘩していた。そして、見事に、言い負かされていた。
どうやって仲直りしたのかは、覚えていない。でも、その喧嘩のあと、僕らは、急に、近くなった。
もうひとつ、僕らをつないだものがある。
笑いだ。
僕は、その頃から、クラスを笑わせるのが得意だった。たいして面白くもないことを、大げさにやって、みんなの気を引く。先生に怒られる、ぎりぎりのところで、ふざける。
たいていの女子は、呆れた顔で見ているだけだった。でも、ほのかだけは、ちがった。僕がふざけるたびに、お腹を抱えて、けたけたと笑った。あのきれいな顔を、くしゃくしゃに崩して。見た目とのあまりの落差に、こっちが、驚いたくらいだ。
誰かが本気で笑ってくれると、人は、もっと調子に乗る。僕は、ほのかを笑わせたくて、ますますふざけるようになった。ほのかは、僕の、いちばんいい観客だった。
二人とも、六つ下の弟がいた。それが分かってからは、弟の話でも、よく笑った。うちの弟が、こんなバカなことをした。そっちの弟は、あんな生意気を言った。そういう、どうでもいい話を、二人して、飽きもせず、ゲラゲラ笑いながらした。
どちらかが笑い出すと、もう片方も、すぐに笑った。何がそんなにおかしかったのか、いまでは、ほとんど覚えていない。
ただ、ほのかといると、笑い声だけは、いつも、先にあった。
相棒。
あの頃の僕らを言い表すなら、たぶん、それが、いちばん近い。
*
人生に、「恋」になる前から特別だった人はいましたか。
♪ 今回のBGM:シーソーゲーム 〜勇敢な恋の歌〜(Mr.Children)
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