写真の中の笑い声(2)ぜったい避けてたでしょ?|避けていたはずの初恋が、もう一度近づいてくる
広島の予備校で再会した彼女は、昔と同じように、僕の逃げ道をふさいできました。
「ぜったい避けてたでしょ?」
忘れたふりをしていた初恋の記憶が、少しずつ現在に追いついてくる第2章です。

あの講義のタームが終わるまで、僕は、ついに、声をかけられなかった。
後ろの席から背中を見て、終われば、誰よりも先に教室を出る。それだけで、夏の半分が過ぎた。
そして、次のタームが始まった。
その日は、英語と数学と古典があった。
英語の講義が終わり、僕は人の流れに紛れて、次の教室へ移った。廊下を歩くあいだ、無意識に、まわりを見ていた。探しているのか、避けているのか、自分でも、もう、よく分からなかった。
教室に入り、空いている席に座る。机に数学のテキストを出して、意味もなく、ページをめくった。まだ冷房の効ききっていない教室に、夏の湿った空気が残っていた。
そのとき、不意に、右の肩を叩かれた。
ぽん、ぽん、と、二回。
振り返ると、そこに、ほのかがいた。
その顔を見て、僕は、息が止まった。
かくれんぼで、隠れていた子を、とうとう見つけ出したような顔だった。
――みつけた。
その目は、はっきりと、そう言っていた。
「しょうくん、久しぶり!」
心臓が飛び出しそう、とは、このことを言うのだろうと、いまになって思う。
背は、小学生の頃より、ずっと伸びていた。長い髪はそのままで、結び方だけが、少し大人びていた。なのに、笑うと目尻がくしゃっとなるところは、何ひとつ、変わっていない。
昔のまんまだった。
昔のまんま過ぎて、こわいくらいだった。
「私、見かけたんだよ。ぜったい避けてたでしょ?」
いたずらっぽく、ほのかは言った。
ばれていた。
当たり前だ。あんなに、こそこそしていたのだから。
でも、不思議だった。
見つかったのに、ほっとしている自分が、いた。
かくれんぼで、いつまでも見つけてもらえないと、だんだん、こわくなってくる。
このまま、誰も来ないんじゃないか、って。
僕は、隠れていた。
隠れていたくせに、見つけてもらえたことに、ほっとしていた。
「あ、いや……」
たぶん、そんな、情けない返事をしたと思う。
ほのかは、そんな僕のことを、最初から分かっていたみたいに、笑った。
「次、数学でしょ? 私もなんよ。隣、座ってもいい?」
返事を待つ前に、彼女は、当たり前みたいに、僕の隣に座った。
あれだけ必死に避けていたのが、嘘みたいだった。
僕が作っていた壁も、逃げ道も、言い訳も。
ぜんぶ、ほのかの「久しぶり」の一言で、意味をなくしてしまった。
その日の講義の内容は、まるで頭に入らなかった。
隣でノートを開く、ほのかの横顔が、視界の端に、ずっとあった。シャーペンを持つ指。少し前のめりになる癖。分からないところで、ほんの少しだけ、唇を尖らせる顔。
四年。長い時間が経ったはずなのに、そこにいるほのかは、別れた日のままだった。
その横顔を見るほど、僕だけが、どこか遠くへ来てしまった気がした。
*
あなたにも、忘れたふりをしていた気持ちが、誰かの一言で動き出したことはありますか。
♪ 今回のBGM:CROSS ROAD(Mr.Children)
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