第5章:読まれない理由に気づき始めた
(前回)第4章:思ったほど読まれなかった
■ 「完璧な記事」がスルーされる違和感
なぜ、私の記事は読まれないのか。 その答えを探すために、私は初めて「自分の記事」から目を離し、noteのタイムラインで人気を集めている他のクリエイターたちの記事を、一読者として読み漁ってみることにした。
そこで気づいたのは、残酷な事実だった。 伸びている記事は、必ずしも「完璧な日本語」で書かれているわけではない。少し文章が乱れていても、構成が崩れていても、そこには「つい読み進めたくなる何か」があった。翻って自分の記事を見ると、まるでAIが書いた説明書のよう。整っているけれど、体温が低い。読み手として「この人の続きが読みたい」と思わせるフックが、私の記事には決定的に欠けていたのだ。
■ 読者が求めているのは「情報」だけじゃない
「情報の正しさ」だけで言えば、AIは最強だ。でも、今の時代、正しい情報なんて検索すればいくらでも出てくる。 読者がnoteという場所に求めているのは、ウィキペディアのような無機質な正解ではない。その情報の裏側にある「書いている人の体温」や「その人ならではの解釈」なのだと、ようやく気づき始めた。
私が投稿していたのは、誰が書いても同じになる「平均点」の文章。そこに「私」という人間が存在していなかった。AIに任せきりにするということは、自分の存在を消すことと同じだったのだ。「役に立つはず」という独りよがりの押し付けが、読者を遠ざけていた最大の原因だった。
■ 信頼(トラスト)という名の見えない壁
マーケティングの本を何気なくめくっていた時、ある言葉が目に飛び込んできた。 「人は、信頼していない人の言葉は受け取らない」
ハッとした。私は読者に対して、自分をさらけ出すこともせず、ただAIに作らせた「もっともらしい言葉」を投げつけていただけだった。どこの誰かもわからない人間が、AIの力を使って書いた正論を、誰が信じてくれるだろう。 「清潔感のあるホテルのタオルが信頼を生むように、文章にも信頼の土台が必要なんだ」 そう気づいた瞬間、自分がこれまでやってきた「ただの量産」が、いかに虚しいものだったかを痛感した。
■ 思考停止していた自分との決別
「AIに丸投げ」は、効率化ではなく、ただの「思考停止」だった。 楽をして稼ぎたいという下心が、読者に見透かされていたのかもしれない。AIを魔法の杖だと思い込み、振るうことばかりに夢中になって、肝心の「誰に、何を届けたいのか」を忘れていた。
私は、もう一度AIとの向き合い方を変える必要があると感じた。AIを「自分の代わり」にするのではなく、もっと別の役割で使うべきなのではないか。暗闇の中で、ようやく小さな光の筋が見えたような気がした。
