見出し画像

そして誰もNetflix感想文だと分からなくなった

 日本国外から見ると、日本は『格闘技の国』という印象が強い。海外で空手や合気道の型を披露すると非常に喜ばれる。まるでジャッキー・チェンが世界中で『カンフーを見せて!』と期待されるのと同じくらいの期待感だ。

 柔道や空手道が世界的に有名なのは当然としても、私が事業をしているアフリカのモザンビークで合気道が知られていたのには驚いた。その背景にはスティーブン・セガールの映画がある。彼のおかげで合気道はすでに世界的な知名度を得ている。

 ところで、私はアメリカで暮らした期間も長い。そのせいか、私のnoteで『アフリカで事業をしている』とカタカナで説明すると、なぜか『アメリカ』と誤解されることがある。英語なら『Africa』と『USA(United States of America)』は明確に区別されるが、日本語のカタカナ表記では『アフリカ』と『アメリカ』が視覚的に似ており、このような誤解が起きるのだ。しかも、『USA』が『United States of America』の略だと即答できない日本人も意外に多い。これもカタカナ英語が思考を鈍らせる一例だろう。

 モザンビークはアフリカ南東部にあり、インド洋に面した南北に長い国だ。その東にあるマダガスカル共和国は、アフリカ大陸の外に浮かぶ島国だが、面積は日本の約1.6倍もある、れっきとしたアフリカ諸国の一つである。

 ここまで詳しく書くのは、多くの日本人がモザンビークの場所を知らないからだ。同様に、モザンビークの人々も日本の位置を正確に把握していないことがある。これはアフリカに限らず、アメリカでも同じだ。アリゾナやネバダに暮らす人々の中にも、日本がどこにあるか説明できない人は少なくない。

 アメリカでは、中東諸国、中国、ロシア、欧州諸国、さらには隣国であるカナダやメキシコ、そしてアフリカやインドといった地域は頻繁に語られる一方、日本は意外なほど存在感が薄い。

 その象徴的な出来事が2025年6月に起きた。ドナルド・トランプ大統領がFoxニュースのインタビューで、日本に宛てた書簡の一例を挙げた際、『親愛なる日本様(Dear Japan)』と発言し、当時の日本の首相の名前を呼ばなかったのである。この発言は『名前すら分からないのか』と批判を浴び、日米関係における日本の存在感の希薄さを露呈した。

 かくいう私も、日本の首相はまだ岸田何某だと思っていたのだが、実際には石破何某に変わっていて驚かされた次第である。とにかく日本の首相はあまりに頻繁に交代するので、日本国外でその時々の首相の名前を正確に言えるのは、よほどの日本マニアくらいのものだろう。

 さらに言えば、ChatGPTのような生成AIに至っては、現在の日本の首相の名前だけでなく、アメリカ大統領の名前を正確に答えることすら難しい。なぜなら、AIはリアルタイムでニュースを収集しているわけではなく、過去のある時点までの情報を学習して動作しているに過ぎないからだ。

 ChatGPT 5の学習データは2024年6月時点で止まっており、カットオフ日の詳細は非公開である。それ以降の出来事については一切知らない。そして本稿を執筆しているのは2025年9月下旬である。すでに1年3か月以上も情報が更新されていないのだ。この遅れは単なるタイムラグではない。国際政治や経済を論じる上では致命的である。1年以上前の知識しか持たない存在は、もはや最新鋭ではなく、化石化した知識装置に過ぎない。これこそが生成AIの現実である。

 話をスティーブン・セガールに戻そう。彼はアクション映画で知られるだけでなく、植芝盛平の高弟・磯山博に学んだ合気道家としても知られている。つまり、塩田剛三とは異なる系統を歩んできた。

 さらに剣道・柔道・空手道、太極拳、禅なども修練し、合気道は七段を允許されている。ロシアのプーチン大統領とは柔道を通じて親しくなり、ついにはロシア国籍まで取得したという変わり者である。

刃牙に見る『格闘技の虚構』とマーケティングの現実

 ちなみに、今日のお題は『Netflix感想文』である。しかし、『ここからセガール映画の感想文に入るのか?』と期待するのは早計だ。タイトルや導入から大きく脱線するのは、武智倫太郎流の常套手段なのである。

#なんのはなしですか

 さて、皆さんは『刃牙(バキ)』という漫画やアニメをご存じだろうか。

作品名:『バキ 大擂台賽編』

原作:板垣恵介『刃牙』シリーズ(秋田書店『週刊少年チャンピオン』連載)
配信:Netflixオリジナルアニメシリーズとして2020年より独占配信開始
制作:トムス・エンタテインメント

 刃牙はドラゴンボール、ワンピース、ナルト、進撃の巨人ほどの人気ではないにせよ、アメリカNetflixで配信されている『Baki』は『平均テレビ番組』の5.8倍の需要を獲得し、米国内TV番組の上位10%に入る人気作だ。日本のアニメ+格闘技の組み合わせである以上、人気が出るのは当然であり、刃牙は意外にも国際的に通用する鉄板コンテンツなのである。

 ところで、『刃牙』には多くの架空格闘技団体や武術が登場する。その中で善玉として描かれるのは、範馬親子を除けば、極真カラテをモデルにした『神心会』の愚地独歩(大山倍達がモデル)、実戦合気柔術『渋川流』の渋川剛気(塩田剛三がモデル)といったキャラクターである。

 これらが丁寧に扱われるのは、作者・板垣恵介の意向よりも、競技人口や社会的認知度を考慮した編集サイドのマーケティング判断と見るべきだ。つまり刃牙ワールドの構造そのものが『市場性の反映』なのである。

『グラップラー刃牙』の連載開始は1991年。プロレス人気が陰り、総合格闘技が台頭し始めた転換点に重なる。『グラップラー』とは打撃系(空手・ボクシング・ムエタイ)に対する概念であり、柔道やレスリングのように相手を掴んで投げ、極める体系を指す。タイトル自体が『プロレスから総合へ』という時代空気を先取りしていた。

 日本の戦後娯楽としてのプロレスは、力道山の時代から『国民的ショー』として君臨していた。外国人レスラーを投げ飛ばす姿は『敗戦からの復活』の象徴であり、その後も猪木や馬場がテレビを支配した。しかし1990年代、バブル崩壊後の日本社会は『虚飾』に敏感になり、プロレスのショー性は若者に白けをもたらした。そこを埋めたのが『総合格闘技』である。

 UWFのリアルファイト志向がPRIDEやK-1に結実し、爆発的に広まった。PRIDEのドーム大会はプロレス黄金期に匹敵する動員を誇り、テレビも高視聴率。背景にはUFCをはじめとする世界的格闘技ブームがあり、観客が求めたのは『予定調和』ではなく『真剣勝負』だった。プロレスラーが総合に敗れる姿は幻想を打ち砕き、『最強』は総合へと移った。

 こうした時代の風は刃牙ワールドに反映されている。アントニオ猪木をモデルにした猪狩完至や小川直也をモデルにした館岡の扱いが惨憺たるのはその象徴だ。さらにムエタイの扱いも同様で、サムワン海王という王者が軽んじられるのは『競技人口が少ないから視聴率に響かない』という制作側の判断に他ならない。

 極真カラテに至っては、そもそも『唐手』や『空手』といった漢字表記ではなく、カタカナの『カラテ』として売り出された時点で、すでに武道というよりショービジネスの匂いが濃い。正式名称も『極真カラテ』であり、『空手』から距離を取ったブランド戦略だったのだ。しかもルール上は『顔面を殴ってはいけない』という最大の急所を外しておきながら『フルコンタクト』を名乗る。その実態はハーフ未満であり、言葉もルールも見事に盛っているのである。

 一方、打撃系で最強なのは間違いなくムエタイである。しかも多くのムエタイ・ファイターはストリートファイト上がりだ。ここで『ムエタイ選手』と表現すると日本語としては自然だが、英語では『Muay Thai player』とは言わない。『ファイター』と言う方が正しい。つまり、日本語としては違和感のあるカタカナ『ファイター』が、英語的には正統なのである。

『カラテ』は武道の本質を薄めたマーケティング装飾に過ぎないが、『ファイター』は、英語の本筋を正しく伝えている。このように、カタカナ病がインチキを生む一方で、カタカナが正しさを保証する逆転現象も起きているのだ。

 格闘技人口や新興宗教の信者数、noteの会員数、雑誌発行部数などは10倍以上に盛られることが多いが、格闘技の競技人口も例外ではない。目安としては以下の通りだ。

空手人口:約300万人
 この数字の背景には、極真空手創始者・大山倍達がスローガンのように掲げた『極真門下生100万人』という表現がある。ここに伝統派四大流派(松濤館流・剛柔流・糸東流・和道流)まで加算されることで『300万人』という大きな数字が流布した。しかし実際の全日本空手道連盟所属の会員数は約8.2万人に過ぎず、剣道人口と同程度である。誇張と実数の差が極端に開くのは、競技人口を『部活動などの一時的経験者』まで含めるか、それとも『現在稽古を続けている現役会員』だけに限定するか、その定義の違いによる。

合気道人口:約100万人
柔道人口:約12万人
剣道人口:約7万人
少林寺拳法:約4万人
柔術:約3万人
ムエタイ:約1万人以下

 現役人口は減少しているが、経験者まで含めれば裾野は10倍規模になる。
 こうして見ると、『刃牙』は殺人術や格闘術のリアルさを追求する物語ではなく、競技人口に媚びたマーケティング主導の作品だと分かる。もし日本のプロレスが失われた30年間でアメリカWWE並の人気を維持していたら、猪狩完至も範馬親子と互角に渡り合えていたに違いない。

 そして誰もNetflix感想文だと分からなくなった。

武智倫太郎

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集