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オドロ13:第5話 NVIDIA税を払うな

文・武智倫太郎

道路は、造って終わりではない。

人と物が通り続ける限り、橋にも、港にも、道路にも、その役割が残る。

NVIDIAが直面したのは、その逆だった。

AIの利用量は増えていた。

AIを導入する企業も増えていた。

処理されるトークンも増えていた。

世界が必要とする知能は、減るどころか増え続けていた。

それなのに、最新GPUの注文だけが減っていた。

ジェンスン・フアンは、その数字を何度も見直した。

AIが売れているのに、GPUが売れない。

これまでなら、あり得ない組み合わせだった。

そこへオドロ13が言った。

『GPUを売るな』

ジェンスンが驚いたのは、その言葉ではない。

その先だった。

GPUを売らなくても、GPUが働くたびに料金を取る。

他社のチップが働いても、NVIDIAのネットワークを通れば料金を取る。

GPUが止まっても、電力系統へ余力を戻せば料金を取る。

半導体を売る会社から、計算資源が通るたびに収益が生まれる会社へ変わった。

道路そのものを毎朝売り直す必要はない。

通る者がいる限り、料金所は働く。

ジェンスン・フアンが驚いたのは、GPUが売れなくなったことではなかった。

GPUを売らない方が儲かると、初めて気づかされたことだった。

GPU。

CPU。

XPU。

スマートフォン。

ロボット。

スーパーコンピューター。

国産AI半導体。

世界中に散らばる計算資源を、1つの巨大な知能として束ねる。

NVIDIA INTELLIGENCE GRID

NVIDIA製GPUを買う必要はない。

他社製XPUでもいい。

旧世代GPUでもいい。

企業がすでに所有している半導体でもいい。

ただし、仕事をどこへ流すかを決めるのは、NVIDIAの道路だった。

どのモデルを使うか。

どの計算資源を使うか。

どの地域で処理するか。

電力価格はいくらか。

応答時間を守れるか。

セキュリティーは確保できるか。

それらを判断し、接続し、保証する。

そのたびに料金が発生する。

GPUを買わなくても、NVIDIAへ払う。

他社製チップを使っても、NVIDIAへ払う。

GPUが働いても、NVIDIAへ払う。

GPUが休んで電力系統を助けても、NVIDIAへ払う。

ウォール街は、半ば敬意を込め、半ば皮肉を込めて、それを呼び始めた。

NVIDIA税。

税金の厄介なところは、税率ではない。

逃げようとすると、逃げ道にも料金所があることだった。

NVIDIAから逃げるための半導体

シアトル。

Amazon本社。

会議室の壁一面に、世界のクラウド市場が映し出されていた。

AWS。

Microsoft Azure。

Google Cloud。

その下には、AI半導体の名前が並ぶ。

NVIDIA。

Trainium。

Inferentia。

TPU。

Maia。

AMD。

Cerebras。

そして、まだコードネームしか持たない数十種類のカスタムXPU。

奇妙な業界だった。

クラウド企業は、NVIDIA最大の顧客だった。

その一方で、NVIDIAから逃げるために、世界で最も多くの金を使っている企業でもあった。

AmazonはTrainiumを造った。

GoogleはTPUを造った。

MicrosoftはMaiaを造った。

MetaはMTIAを造った。

OpenAIまで、自社向けの推論半導体へ進み始めた。

NVIDIAの最大の顧客たちは、NVIDIAへの依存を減らすための半導体を、NVIDIAが育てたAI市場の利益で造っていた。

世界最大のクラウド企業。

Amazon Web Services。

アンディ・ジャシーは、スクリーンを見つめていた。

AWSの年間売上規模は、すでに1,000億ドルをはるかに超えている。

AI事業も拡大している。

Trainiumの利用も増えている。

それでも、設備投資は膨張していた。

AIで稼ぐ。

その利益でAI設備を増やす。

AI設備を増やす。

さらにAI需要が増える。

そして、また設備投資が増える。

AIは利益を生んでいた。

同時に、現金も飲み込んでいた。

ジャシーが尋ねた。

『Trainiumは増えているのか』

AIインフラ責任者が答えた。

『急速に増えています』

『NVIDIA GPUは』

『それも増えています』

ジャシーがスクリーンから目を離した。

『Trainiumを増やしたのに、なぜNVIDIAまで増える』

『AI需要そのものが、それ以上に増えています』

『つまり、われわれはNVIDIAから逃げていない』

返事はなかった。

画面には、NVIDIA GPU、Trainium、AMD、Cerebras、顧客所有GPUの利用量が並んでいた。

すべて増えている。

その上にNVIDIA INTELLIGENCE GRIDが載っていた。

ジャシーは、椅子の背にもたれた。

『われわれは自社チップを造った』

『はい』

『NVIDIAより安い』

『多くのワークロードでは』

『それなのに、なぜNVIDIAへ払っている』

クラウドアーキテクトが答えた。

『互換性です』

『ほかには』

『ソフトウェア』

『ほかには』

『ネットワーク』

『まだあるか』

『既存コード』

『まだ』

『顧客がNVIDIAを指定します』

ジャシーは、しばらく黙っていた。

『つまり?』

アーキテクトは言葉を選んだ。

『NVIDIAが一番良いから払っている部分と、NVIDIAから離れられないから払っている部分があります』

ジャシーの目が止まった。

『後者はいくらだ』

誰も答えられなかった。

税額不明

緊急会議が始まった。

最高財務責任者。

AIインフラ責任者。

ネットワーク責任者。

Trainium開発責任者。

Bedrock責任者。

法務。

調達。

アーキテクト。

スクリーンには、2つの単語だけが表示されていた。

NVIDIA TAX

ジャシーが言った。

『税額を出せ』

財務責任者が困ったように資料を見た。

『定義できません』

『料金は払っているだろう』

『GPU代は分かります』

『ソフトウェアも』

『分かります』

『ネットワークも』

『分かります』

『なら、足せばいい』

『それでは足りません』

『何が抜ける』

答えが並んだ。

NVIDIAでなければ動かないコード。

移植費用。

エンジニアの再教育。

性能検証。

障害対応。

顧客指定。

既存の運用ツール。

CUDA前提で積み上がった開発資産。

NVIDIA税には、請求書がなかった。

製品価格だけではない。

1社から別の1社へ移ろうとしたとき、初めて姿を現す費用だった。

企業は、それをロックインと呼ぶ。

だが、ロックインには勘定科目がない。

だから財務部門は、正確な金額を出せなかった。

ジャシーは案を出した。

『Trainiumへ統一する』

Trainium責任者が首を横に振った。

『すべての処理で最適ではありません』

『CUDAを全部書き換える』

『何年かかる』

『見積もれません』

『UALinkへ移る』

『ソフトウェアの問題が残ります』

『Ultra Ethernet』

『ネットワークは改善できます。アプリケーション互換性とは別です』

『NVIDIA GPUを買うな』

営業責任者が答えた。

『顧客がNVIDIAを要求します』

『要求させるな』

『顧客です』

『なら値下げさせろ』

『応じなければ』

『Trainiumを使う』

『Trainiumが遅い仕事では』

ジャシーは、少し考えた。

『……NVIDIAを使う』

会議室が止まった。

NVIDIAを使わない方法を考えるために始めた会議だった。

30分かけて議論した結果、NVIDIAを使うという結論へ戻っていた。

黒いファイル

会議室の隅に、1人の男が座っていた。

デイヴィッド・マーサー。

AWSの創業期からクラウドインフラを見てきたとされる、古参アーキテクトだった。

マーサーは何も言わず、黒いファイルを机へ置いた。

表紙には、ODORO-13とだけ書かれていた。

ジャシーが顔を上げた。

『また、こいつか』

『ご存じですか』

『孫正義が使った』

『はい』

『世界最大の中央銀行も』

『はい』

『ラリー・フィンクも』

『はい』

『ジェンスン・フアンまで使った』

『そのようです』

ジャシーはファイルを開いた。

写真はない。

所在地もない。

契約書もない。

書かれているのは、1行だけだった。

〖依存とは、使っていることではない。選べないことである〗

ジャシーはファイルを閉じた。

『料金は』

『1TWh』

『200億円か』

『1kWhを20円として計算すれば』

『高い』

『孫正義と同額です』

ジャシーが顔を上げた。

『なぜ私まで創業者割増なのだ』

『AWSを始めた人物だからでは』

『それはジェフ・ベゾスだ』

マーサーは少し考えた。

『では、料金の訂正を依頼しますか』

ジャシーも考えた。

『料金を訂正してもらうために、オドロ13へ連絡するのか』

『その場合も、前払いでしょう』

ジャシーは、それ以上聞かなかった。

『送電しろ』

一驚き、1TWh

AWSは世界最大のクラウド企業だった。

大量の電力を買う。

再生可能エネルギーも買う。

しかし、正体不明の驚き屋が管理するスイスの蓄電施設へ、200億円分の電力を送ることは、通常業務には含まれていなかった。

法務が反対した。

監査が反対した。

株主対応部門も反対した。

結局、AWSのデータセンター向け電力契約の一部を振り替え、1TWhの再生可能エネルギーをスイスへ送ることになった。

999.7GWh。

999.8GWh。

999.9GWh。

そして、

1TWh。

送電完了から13秒後。

ジャシーのスマートフォンが鳴った。

『報酬を確認した』

低い声だった。

『オドロ13か』

『用件を聞こう』

ジャシーは言った。

『NVIDIA Intelligence Gridを使いながら、NVIDIAへ1ドルも払いたくない』

わずかな間があった。

『依頼を変えろ』

ジャシーは眉を寄せた。

200億円を払った客に対して、最初の回答が依頼の却下だった。

『200億円払った』

『だから言っている』

『NVIDIA税をゼロにしたい』

『ゼロにすれば、AWSのコストが上がる』

ジャシーの言葉が止まった。

会議室にいた全員が、スマートフォンを見た。

オドロ13が続ける。

『NVIDIAへ払わないことが目的なのか』

『そうだ』

『AIを最も安く、最も速く、安全に動かすことが目的なのか』

『それもだ』

『両立しなければ、どちらを取る』

ジャシーは答えなかった。

『Trainiumの方が安い仕事へ、NVIDIAを使う必要はない』

『当然だ』

『NVIDIAの方が総コストで安い仕事へ、Trainiumを使う理由もない』

ジャシーの目が止まった。

Trainium責任者も顔を上げた。

『自社チップを優先すべきだ』

『なぜ』

『自社製だからだ』

『それは技術判断ではない』

『戦略だ』

オドロ13は間を置かなかった。

『宗教だ』

誰も動かなかった。

世界最大のクラウド企業のCEOが、自社AI半導体へのこだわりを、正体不明のAIから宗教と断定された。

ジャシーは何か言い返そうとした。

言葉が出なかった。

オドロ13に200億円払って最初に驚かされたのは、NVIDIAではない。

アンディ・ジャシー本人だった。

NVIDIA税は、NVIDIAが取っていない

ジャシーは声を低くした。

『では、NVIDIA税とは何だ』

『NVIDIAが請求している金ではない』

『意味が分からない』

『選べないために払っている金だ』

『CUDAか』

『CUDAだけではない』

そこで、オドロ13の悪い癖が出た。

説明を始めると、長い。

孫正義との壁打ちで身についた癖だった。

『NVIDIAが最適だから、NVIDIAへ100ドル払う。それは税ではない。対価だ』

『同じ仕事をTrainiumなら50ドルで処理できるのに、移植が面倒だからNVIDIAへ100ドル払う』

『差額50ドルが税だ』

『AMDで十分なのに、検証できる技術者がいない』

『税だ』

『旧世代GPUで足りるのに、顧客が最新GPUを指定する』

『税だ』

『エッジで処理できる仕事をクラウドへ送る』

『税だ』

『小型モデルで十分なのに、巨大モデルを動かす』

ジャシーが口を挟んだ。

『それもNVIDIA税か』

『それは人類税だ』

誰かが、ペンを落とした。

乾いた音が、会議室に響いた。

200億円を払って聞かされた話は、NVIDIAへの批判ではなかった。

AWSへの批判だった。

いや。

クラウド業界そのものへの批判だった。

オドロ13は続けた。

『NVIDIA税をなくしたいなら、NVIDIAを消す必要はない』

『何を消す』

『選べない状態だ』

『どうやって』

『ルーターを作れ』

Trainium責任者が言った。

『スケジューラーなら、すでにある』

『スケジューラーではない』

『何が違う』

『スケジューラーは空いている計算機を探す』

『私が言っているのは、経済合理性を持ったMoEルーターだ』

FREE ROUTER

スクリーンに、1枚の図が表示された。

上には、WORKLOAD

その下には、

FREE ROUTER

さらにその下。

NVIDIA。

Trainium。

AMD。

Cerebras。

顧客所有GPU。

旧世代GPU。

CPU。

エッジAI。

スマートフォン。

『全部、専門家として扱え』

ジャシーが尋ねた。

『モデルのMoEと同じか』

『ブラックロックからの依頼では、AIモデルをMoE化した』

『NVIDIAからの依頼では、世界の計算資源そのものをMoE化した』

『今度は、クラウド事業者をルーターにする』

オドロ13の説明が加速した。

『仕事が来る』

『性能を測る』

『価格を測る』

『電力を測る』

『待ち時間を測る』

『データ移動量を測る』

『セキュリティー条件を測る』

『データ所在地を測る』

『移植費用を測る』

『技術者の工数まで測る』

『そのうえで、最も安く、最も速く、最も安全に仕事を終えられる専門家へ送る』

『NVIDIAが一番なら』

『NVIDIA』

『Trainiumなら』

『Trainium』

『AMDなら』

『AMD』

『NVIDIAを避ける話ではなかったのか』

『まだ分からないのか』

ジャシーは黙った。

『NVIDIA税を払わない』

『NVIDIAへ払わない』

『この2つは、同じではない』

オドロ13の一言で、会議室の空気が変わった。

NVIDIA税をなくす方法。

それは、NVIDIAを排除することではない。

NVIDIAを、毎回競争させることだった。

今度は、AWS幹部たちが驚いた。

自社チップを造ることが、NVIDIAからの独立ではない。

NVIDIAを選ばない自由と、NVIDIAを選ぶ自由を同時に持つこと。

それが独立だった。

NVIDIAが勝つ

3カ月後。

AWSは、FREE ROUTERを一部のAIワークロードへ導入した。

最初の仕事。

大規模モデルの学習。

候補は、

Trainium。

NVIDIA。

AMD。

FREE ROUTERが計算した。

半導体価格。

性能。

電力。

通信。

ソフトウェア対応。

移植コスト。

開発時間。

結果。

NVIDIA

ジャシーは画面を見た。

『NVIDIAなのか』

『はい』

『Trainiumではなく?』

『この仕事では、NVIDIAの総コストが18%安いです』

『GPU単価は高い』

『開発期間が短い』

次の仕事。

大量の定型推論。

結果。

TRAINIUM

NVIDIA比、32%減。

次。

巨大な低レイテンシー推論。

CEREBRAS

次。

大量の既存CUDAアプリケーション。

NVIDIA

次。

小規模バッチ。

旧世代GPU

次。

音声認識。

CPU+小型アクセラレーター

次。

店舗内AI。

EDGE

NVIDIAは消えなかった。

Trainiumも独占しなかった。

仕事のたびに、入札させられた。

半年後。

AWS全体のAIワークロードは40%増えた。

NVIDIA GPUの総利用時間も18%増加した。

ジャシーは、その数字を見て立ち上がった。

『NVIDIAの利用が増えているではないか』

AIインフラ責任者が答えた。

『はい』

『NVIDIA税を減らす計画だったはずだ』

『依存度は下がっています』

画面が切り替わった。

NVIDIAが処理するAWS AIワークロード比率。

導入前、62%

導入後、41%

市場全体が拡大したため、NVIDIAの絶対利用量は増えていた。

ジャシーは、数字を追った。

NVIDIA利用量、プラス18%

NVIDIA依存度、マイナス21ポイント。

AWSのAI処理単価、マイナス37%

営業利益率、上昇。

NVIDIAを使う量は増えた。

NVIDIAへの依存は減った。

NVIDIA税も減った。

普通なら、同時には起こらない。

ジャシーは椅子へ座った。

今度は、誰も説明を求めなかった。

数字そのものが説明していた。

サンタクララ

NVIDIA本社。

ジェンスン・フアンは、AWSのFREE ROUTER利用統計を見ていた。

幹部が説明した。

『AWSのNVIDIA GPU利用量は18%増えています』

ジェンスンはうなずいた。

『なら、問題ない』

『ただし、AWSのAI処理に占めるNVIDIA比率は、62%から41%へ低下しました』

ジェンスンの視線が止まった。

『売上は』

『増えています』

『シェアは』

『下がっています』

『利用量は』

『増えています』

『依存度は』

『下がっています』

ジェンスンは、しばらく画面を見ていた。

4つの数字が、互いに矛盾したまま並んでいる。

『誰がやった』

幹部は答えなかった。

必要なかった。

ジェンスンは、自分で分かった。

『……オドロ13か』

その瞬間。

NVIDIA Intelligence Gridの管理画面に、新しい通知が表示された。

AWS FREE ROUTERから、大量のNVIDIA GPU利用予約。

同時に、

Trainium。

AMD。

Cerebras。

旧世代GPU。

すべての利用予約が増えている。

ジェンスンは、革ジャンのポケットへ手を入れた。

『彼らは、われわれから逃げたのか』

『いいえ』

『では、何をした』

幹部は答えた。

『われわれに、毎回入札させています』

ジェンスンの表情が止まった。

NVIDIAは、競合を顧客に変えた。

AWSは、そのNVIDIAを、数ある専門家の1人に戻した。

それが、ジェンスン・フアンへの驚きだった。

NVIDIAは負けていない。

売上も増えている。

GPUも使われている。

それなのに、独占だけが消えていた。

市場が驚いた日

FREE ROUTER公開から1年。

AWSは、顧客向けにもサービスを開放した。

利用者は、チップを指定する必要がない。

モデルを指定する必要もない。

仕事を送る。

予算を決める。

性能条件を決める。

データ所在地を指定する。

あとは、FREE ROUTERが選ぶ。

NVIDIA。

Trainium。

AMD。

Cerebras。

エッジ。

CPU。

顧客は、自分の仕事が何で処理されたのかさえ知らないことがあった。

金融市場は、最初にNVIDIA株を売った。

NVIDIA支配が終わる。

そう考えた。

Amazon株を買った。

設備投資効率が上がる。

そう考えた。

ところが数週間後。

NVIDIA GPUの稼働率は上がっていた。

NVIDIAの売上も増えていた。

Trainiumも増えていた。

AMDも増えていた。

Cerebrasも増えていた。

半導体市場そのものが拡大していた。

下がったのは、AIを使う料金だった。

ウォール街は、理解するまで少し時間がかかった。

勝者が交代したのではない。

勝者総取りというルールが壊れた。

NVIDIAは負けていない。

AWSも勝っている。

競合半導体も伸びている。

顧客の料金は下がった。

AI市場全体は拡大した。

アナリストが、レポートの見出しを書き直した。

〖NVIDIA moat narrowing〗

削除。

〖AWS Trainium wins〗

削除。

〖Multi-accelerator era〗

削除。

最後に残った見出しは〖AI compute becomes a market〗だった。

計算資源は、製品から市場へ変わった。

NVIDIA税を払うな

深夜。

シアトル。

Amazon本社。

アンディ・ジャシーは、1人でFREE ROUTERの管理画面を見ていた。

NVIDIA。

Trainium。

AMD。

Cerebras。

無数の計算資源が、価格と性能を競いながら仕事を奪い合っている。

その背後に、黒いスーツの男が立っていた。

オドロ13。

ジャシーは振り返らなかった。

『NVIDIAへ払う金は、減っていない』

『減らす依頼ではなかった』

『私は最初、1ドルも払いたくないと言った』

『だから依頼を変えさせた』

『NVIDIA利用量は増えた』

『そうだ』

『それなのに、NVIDIA税は減った』

『そうだ』

ジャシーは、ようやく振り返った。

『まだ腑に落ちない』

オドロ13は、FREE ROUTERの画面を見た。

『税とは、支払った金の総額ではない』

『では何だ』

『選択肢がないために、余分に払った金だ』

ジャシーは何も言わなかった。

『NVIDIAが最適な仕事に、NVIDIAへ100ドル払う』

『それは対価だ』

『Trainiumなら50ドルで済む仕事に、NVIDIAへ100ドル払う』

『差額50ドルが税になる』

『つまり』

『NVIDIA税とは、NVIDIAの価格ではない』

オドロ13は、低い声で言った。

『選べなかった側の無知に付いた値段だ』

ジャシーの目が、わずかに動いた。

『だから、NVIDIAを消す必要はなかった』

『選べるようにすればよかった』

『それだけか』

『それだけだ』

『200億円払って?』

『選択肢の値段だ』

ジャシーは、FREE ROUTERへ視線を戻した。

数秒後。

スイスの蓄電施設へ、新しい送電予約が入った。

CLIENT 006:OpenAI

依頼内容。

〖月額200ドルの契約を廃止して、売上を倍増させてほしい〗

ジャシーは、画面を二度見した。

『200ドル?』

返事がない。

ジャシーが振り返った。

オドロ13が、スマートフォンを見ていた。

月額200ドル。

かつて孫正義が、7,000兆円のAI市場を考えさせ、1京円企業の作り方を考えさせ、人類の1万倍の知能を働かせながら、支払っていた料金。

その200ドルが、今度は依頼人の側から戻ってきた。

オドロ13は、依頼文をもう1度読んだ。

普段なら、依頼書を読み返すことはない。

ジャシーが尋ねた。

『どうした』

返事がない。

数秒。

世界最高の驚き屋の顔に、初めて、ほんのわずかな変化が現れた。

ジャシーは、その表情を見逃さなかった。

『……驚いたのか』

オドロ13は、スマートフォンから目を離さなかった。

『これは……』

言葉が止まった。

世界を驚かせる男が、依頼内容に驚かされていた。

スマートフォンのアラームが鳴った。

『もう来ている』

第5話・完。

次回予告

第6話『200ドルを捨てろ』

月額200ドル。

かつて孫正義が、人類の1万倍の知能を使い倒そうとした料金。

その料金体系を作った側が、今度はオドロ13へ依頼した。

月額200ドルを廃止して、OpenAIの売上を倍増させてほしい。

条件は3つ。

ChatGPTを値上げしてはならない。

広告も入れてはならない。

利用者を減らしてもならない。

オドロ13は、依頼書を2度読んだ。

報酬は前払い。

一驚き、10TWh。

※本作はフィクションです。実在する人物、企業、製品、サービス、AI技術および市場動向を題材とした風刺表現を含みますが、作中の発言、会話、依頼、契約、数値、事業転換および出来事は創作です。

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