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AIが作った絵や音楽は、本当にアートなのか。AIに聞いてみた。

——アートって自由じゃないのか、という話から始まった。

はじめに

AIが絵を描いて、音楽を作って、小説を書く時代になった。

それに対して「AIが作ったものはアートじゃない」という意見をよく見かける。人間の感情がない、魂がない、ただのデータの組み合わせだ、という話だ。

でも自分はそうは思わない。アートって自由じゃないのか、と思うからだ。誰が作ったかより、見た人・聴いた人が何かを感じたかどうかの方が大事なんじゃないか。

この問いをAIに投げてみました。

AIはアートを「作れる」のか

まず根本的な話から聞いた。

AIは大量のデータを学習し、そのパターンを組み合わせて新しいものを生成します。ただし「作りたい」という意図や「伝えたい」という感情はありません。この点で、人間のアートとは根本的に異なるという主張があります。一方で、アートを「受け取る側が意味や感動を見出すもの」と定義すれば、AIが生成したものもアートになり得ます。アートとは何かの定義次第で、答えが変わる問いです。

「作る側の意図があるかどうか」でアートを定義するか、「受け取る側が感じるかどうか」で定義するか、という話で、どちらの立場を取るかで答えが変わるらしい。

「人間が作ったもの」だけがアートという定義は正しいのか

歴史的にアートの定義は何度も覆されてきました。写真が登場した時、「機械が撮ったものはアートではない」という批判がありました。デジタルアートが登場した時も同様です。しかし今では写真もデジタルアートも、アートとして広く認められています。AIアートも同じ流れで、「新しい表現手段」として受け入れられていく可能性が高いです。

写真が出てきた時も「機械が撮ったものはアートじゃない」と言われていた、という話は知らなかった。今では写真がアートじゃないと言う人はいない。AIアートが今批判されているのは、新しいものへの拒否反応という側面もあるということらしい。

「魂がない」という批判について

「AIには魂がないからアートじゃない」という意見についても聞いた。

「魂」や「感情」がアートの条件とすると、感情を持たない存在が作ったものはすべてアートではないことになります。しかし、受け取る人間が感動したり、何かを考えさせられたり、美しいと感じたりするなら、それはアートとしての機能を果たしています。アートは作り手の内側だけで完結するものではなく、受け取る側との間に生まれるものでもあります。

作り手の感情より、受け取る側の体験の方がアートの本質かもしれない、という話で、これは自分の感覚と近かった。見て何かを感じるなら、それはアートだと思う。

おわりに

アートって自由だと思う。誰が作ったか、どうやって作ったかより、それを見た人・聴いた人が何かを感じたかどうかの方が大事なんじゃないかと思っている。

写真が登場した時と同じで、AIアートへの批判も時間が解決していくんじゃないか。新しい表現手段が出てきた時に、最初は否定されて、やがて受け入れられるというのは、アートの歴史が繰り返してきたことらしい。

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参考・引用

  • Benjamin, W. (1935). "The Work of Art in the Age of Mechanical Reproduction."

  • Elgammal, A., et al. (2017). "CAN: Creative Adversarial Networks." arXiv:1706.07068.

  • Hertzmann, A. (2018). "Can Computers Create Art?" Arts, 7(2), 18.

ハッシュタグ

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