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宮崎県・えびの市|ド派手な豊作の神、田の神さぁ🌾

薩摩藩内では「田の神さぁ」という独特な石像が各地で見られます。

田の神さぁは、冬は山の神となり、春は里に下りて田の神となって田んぼを守っていると言われています。この田の神を石に刻んで田の神像として、広い田んぼを一目で見渡せる位置に座らせ、豊作を約束する神として信仰されてきました。

当初は豊作の神ではなく、1700年ごろ、新燃岳噴火を鎮める神(神官の像)から始まったそう。

新燃岳は今も火山活動が活発だ。
韓国岳山頂より撮影
[fujifilm X-T30]


えびの市歴史民俗資料館では、えびの市内の田の神さぁの居場所が書かれたマップがもらえます!

こんなにあるのか!
写真付きで説明が書いてあるので、
お好きなデザインの田の神さぁを探しに行けます!



入館料は無料で、発掘調査のレポートが充実!なかなか地方の資料館では見たことないレベルの研究資料!
受付のおじさんも優しく田の神さぁについて教えてくれました✨
是非えびの市に来た際にお寄りください💁‍♂️


早速、おすすめされた田の神さぁを見に行く!
まずは、新燃岳噴火を鎮めるために作られたとされる、一番古い年代(1700年ごろ)の神官の石像を見に行く🚶

神官の姿
どこか厳かな雰囲気

ちょっと広い田んぼの脇に車を停めたが、地元の農家さんにガン見された。
何しに来てるんだろうという表情だ。

こんなときは元気にこんにちは!と挨拶をして、天真爛漫な少年のような無害オーラを出して不審者じゃないことをアピールするのだ。
ただ、そのアピールが通じているかは分からない。

田の神さぁを見に行く時は地元の人に配慮しましょう!

次におすすめされた、派手派手な田の神さぁを見に行く!

手に持つのはしゃもじ。
自分たちの代わりに化粧を
させてあげたのではないかとのこと。

薩摩藩の年貢は収穫量の9割だったため、百姓の生活は苦しかったという。
その背景により、豊作を願う意志が強く現れ、田の神さぁが作られるようになったとされている。

また、薩摩藩は農民を慰労するため、毎年正月4日を仕度い放題な日と定め、その日に限り飲食、放歌、乱舞を問わずいかなることも咎めないとした。
田の神石像造設を推奨すること、仕度い放題な日を設けることにより、農民の生産意欲をかきたてたようだ。

化粧を施された派手な田の神さぁを通じて見えてくるものは、当時の人たちの厳しい役務から解放されたいという想いでした。
いつの時代もメリハリが大事なんですね!

それでは👋


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