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大分県・豊後高田市|岩に刻まれた神秘🗿磨崖仏を巡る🚶


大分県の日本一を知ってますか?

皆さんご存知の通り、大分県は別府温泉や湯布院など温泉が豊富で、「温泉の源泉数・湧出量」が日本一です。
さらに、「干椎茸」や「かぼす」も日本一。
面白いところで「道路のトンネル数」も日本一だそうです。


実は他にも日本一があります。

それは磨崖仏の数です。
なんと大分県内には磨崖仏が約400体あります。


磨崖仏とは、その名の通り大岩や崖に掘られた石仏のことを指します。
そして、磨崖仏のある地域は、岩窟で篭り修行をする密教・修験道の聖地となっていることが多いです。

今回は大分県・国東(くにさき)半島の磨崖仏をご紹介します!
国東半島の修験道・六郷満山の記事を先にご覧になっていただいた方が理解しやすいかと思います。
よろしければ💁





大分県の磨崖仏の特徴


大分県の磨崖仏は北部(国東半島周辺)と南部で性質が大きく異なります。

まず、大分県南部の磨崖仏は熔結凝灰岩という阿蘇山の火山灰からできた岩に彫られており、こちらは比較的柔らかい岩なので細かく彫ることができます。
まるで木に彫られているかのような繊細なデザインの石仏が見られるようです。

大分県立歴史博物館にある大分県臼杵市にある
国宝・臼杵磨崖仏の実物大のレプリカ
次はこちらも見に行ってみたい。



一方で、国東半島(北部)の磨崖仏の多くは凝灰角礫岩という非常に硬い岩に掘られています。
細部を掘るのが非常に難しく、抽象的なデザインであることが多いそうです。

大分県立歴史博物館にある熊野磨崖仏の実物大レプリカ
プロジェクションマッピングで詳しく知れます♪



国東半島には六郷満山が最も栄えていた鎌倉時代のものが非常に多く残っています。
今回は国東半島の磨崖仏をいくつかご紹介します!



日本一大きな磨崖仏!
熊野磨崖仏


熊野磨崖仏には高さ8mの不動明王と高さ6.8mの大日如来の2体の石像があります。

不動明王(左)大日如来(右)
[fujifilm X-T30]


仏が日本の神の姿を借りて現れるという本地垂迹の考え方で、大日如来の化身が不動明王とされています。
そのため、この2つの石像が作られたのです。


丸っこいシルエットの不動明王
普通は鬼の形相をしていることが多いが、柔和な表情。
[fujifilm X-T30]
スポットライトのように照らし出された大日如来像
[fujifilm X-T30]


伝説上では、718年に六郷満山を開いた仁聞菩薩が熊野磨崖仏を作ったとされていますが、実際は大日如来像が平安時代後期(11世紀後半)、不動明王像が鎌倉時代前期(12世紀後半)の作とされています。

それでも、大日如来像は大分県最古の磨崖仏のようです。


熊野磨崖仏の面白い点が、大日如来像の上には曼荼羅が彫られている点です!

左上に円形の彫刻が施されている。これが仏様の世界観や悟りの境地を図で表した・曼荼羅です。


先ほど、非常に硬い岩を掘っているという話をしたと思いますが、その割に髪の毛のネジネジ感が表現されていて、曼荼羅も細かく描かれている。
当時の人の想い・気合い・技術力に脱帽です。



ムラの暮らしの中の磨崖仏


今回、一番有名な熊野磨崖仏だけではなく、ムラで大切にされている磨崖仏も3箇所回ってきました。
もともとは修験道の一環で作られた磨崖仏も、いつしかムラの大切な守り神・信仰の対象になっていったようです。


元宮磨崖仏

室町時代に作られたとされています。

大きさは2m程で、毘沙門天、持国天、声聞方尊像(or地蔵菩薩)、真ん中には不動明王とその脇侍の矜羯羅童子(こんがらどうし)が描かれています。


不動明王の脇侍ではなく、最初は祈りを捧げる村人が描かれているのかと思ってしまいました。


鍋山磨崖仏


国道の脇から階段を登ると鍋山磨崖仏に辿り着きます。
こちらは立派な不動明王がドーンと!
鎌倉時代に作られたようです。


倉成磨崖仏

田んぼに囲まれた集落の隅にある磨崖仏。
どこにあるのか、探すのに苦労しました。

地蔵菩薩が中心に描かれていて、左は十王(閻魔様)でしょうか。
鎌倉時代末期に作られたものだそうです。



おわりに

今回、国東半島の磨崖仏を紹介させていただきましたが、いかがでしたでしょうか?
皆さんも是非国東半島にて磨崖仏の迫力を感じてみてください!

次は大分南部の磨崖仏を見に行くぞ!

それでは👋


大分県立歴史博物館に最初に行かれることをおすすめします!


六郷満山についての記事はこちら💁

他の磨崖仏についての記事はこちら💁

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