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大分県・国東市|恐怖と美しさでつい目眩が!?修験道の聖地・六郷満山🏔️

こんにちは、akaです!

先日、大分県の国東半島に行ってきました。
国東と書いて、「くにさき」と読みます。

丸いたんこぶみたいな場所が国東半島。
前から気になってたのです。


険しい岩山が多くある国東半島では、修験道が盛んで、六郷満山と呼ばれています。

今回は六郷満山とは何か、六郷満山を起こしたとされる仁聞菩薩のゆかりの地を現地の写真を交えてご紹介します!



六郷満山とは?


六郷満山は、天台宗を基盤にした山岳修行と神道が融合した神仏習合を特色とする、国東半島独自の仏教文化です。

お寺の境内に大権現と書かれた鳥居がある。
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そんな六郷満山の寺院の一つ、富貴寺には、大権現と書かれた鳥居がありました。江戸時代までは六所権現という名前の神社でした。
六所権現は六郷満山寺院とセットになっている神社で、祭神は各社により様々だそう。

普通鳥居には神社の名前が書かれており、本殿にも大権現と書かれているかと思いきや、本殿には白山社と記載されている賽銭箱がありました。

白山社と書かれた賽銭箱
[fujifilm X-T30]


実は今はこの神社は白山社と呼ばれています。
明治時代の神仏分離令により、白山社に改名させられました。
明治政府の神仏分離では、「権現」「大菩薩」「牛頭天王」「祇園社」など、仏教的な意味を含む全国各地の神社が神道らしい名前の神社に改名されました。

「権現」とは、仏が日本の神の姿を借りて現れるという本地垂迹の考え方に基づく言葉です。
そのため、「六所権現」という名称は、神と仏を分けようとする明治政府の方針に合わず、富貴寺の六所権現は、石川県の山岳信仰、白山社と改名しました。


シルクロードの終点で、様々な文化が入り混じって伝わる国、日本。
元来、日本の宗教は神道、仏教にきっぱり分けられるわけではなく、その境界線が曖昧なものでした。
天皇様が神々の子孫であるという権威を国民に広めるために行った神仏分離令。
これによって失われてしまった文化はきっと多かったことでしょう。


六郷満山を作った人物


『託宣集』※によれば、平安時代前期718年に仁聞菩薩という人物によって六郷山が開かれたと云われています。

※鎌倉時代の正和2年(1313)に宇佐神宮の社僧・神吽が、宇佐八幡宮に伝わる神託、縁起、伝承、古記録をまとめた史料

仁聞菩薩がどんな素性の人物かは明らかではないのですが、宇佐八幡宮と関連のある人物だったのではないかとされているようです。

そんな仁聞菩薩にまつわる史跡、富貴寺旧千燈寺をご紹介していきます。


九州最古の木造建築・富貴寺


世界最古の木造建築といえば、奈良の法隆寺(607年)が有名ですが、九州最古の木造建築は富貴寺(大堂)となります。

秋は銀杏が綺麗らしい。
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富貴寺は718年に仁聞菩薩が開いた宇佐神宮の祈願所であり、宇佐宮司家の保護下に置かれていました。
六郷満山が宇佐神宮と密接な関係にあったと言えるでしょう。

ナイスポジションな黒猫
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富貴寺大堂に行ってみると、これが九州最古の木造建築なのか!
全然そうは見えないくらい状態が良いです。

中は見れないのかな?
裏に回ってみると...

雨天につき、拝観停止!?

ショック!内部には仁聞菩薩がカヤの木から作ったとされる阿弥陀如来坐像が残されているそうなのに...

梅雨に厳しい!!


実は大分県立歴史博物館で、彩色豊かな建設当時の姿が復元されているので、雨の日でも見ることは可能です!本物が見たかったけど...

こんなすごい復元の建物初めて見ました!
時間になるとプロジェクションマッピングが上映されます。富貴寺の歴史が学べます。
内部はこんな感じ。
カラフルです✨


👇大分県立歴史博物館は宇佐市にあります。



国東半島最強のパワースポット!仁聞菩薩入寂の地・旧千燈寺!


六郷満山を起こした仁聞菩薩が亡くなったとされている岩屋が残されている場所があります。

それが、旧千燈寺です。
なぜ旧が付くのかというと、現在は住職もおらず寺跡となっているからです。
仁王像や奥の院だけが残されています。


旧千燈寺へは細い林道を進みます。
運転に自信のない方は確実に脱輪するので要注意!

駐車場に車を停めて歩き始めると、すぐに本堂跡に到着。
そこには仁王像が待ち構えています。

そして、その仁王像は他にはない可愛らしいデザイン🥰

にっこにこな仁王像。
門番が務まるのか...
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さらにひたすら誰もいない道を進む。
整備はされているので、歩きやすいです!
ただ、薄暗く誰もいないので、雰囲気抜群で怖い😱

石畳の道が続く。
整備されていて思ったより歩きやすい。
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ワカメのようなシダ植物
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さらに進むと、奥の院への石段がありました。
苔むした味わい深い階段。ただ、足腰にきます。

整っていないからこそ、趣がある。
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遂に、奥の院に到着!
なぜか、身慄いするくらいの恐ろしさを感じました。
水分不足か分かりませんが、めまいを感じ、地面が揺れているかのように感じました。

聳え立つ崖の迫力がすごかった。
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ただ、こちらの崖に大きなスズメバチの巣があり、なかなか近寄れず...

崖には木の根が垂れていて、今にも崩れ落ちそう。
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そして、こちらが仁聞菩薩が入寂した(亡くなった)とされる枕の岩屋。

洞穴があり、小さな仏像があった。
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そして、仁聞菩薩は👇の五輪塔群付近に埋葬されたとされ、江戸時代の地誌『豊後国志』によると、墓を掘った際に遺骨とみられるものや銅筒、小壺が出土したとの記録が残っています。

五輪塔群と言われている場所。
夥しい数の塔に圧倒される。
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供養塔が立ち並ぶ。
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おわりに


ここまで、六郷満山と仁聞菩薩のゆかりの地をご紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか?
宇佐八幡宮と密接に関わる修験道、六郷満山。
その面白さを感じていただけたら嬉しいです。

六郷満山は磨崖仏や鬼伝説など面白いテーマが揃っていますので、追々ご紹介していきます!

それでは👋



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