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学校(教育内容)を内部の力だけで変える。その難しさ

 このnoteは辺野古沖転覆事故を追っています。
 悲劇の事故が発生してから3か月以上経過し、2026年1学期も後半戦に差し掛かっています。同志社国際高校の「偏向教育がなされている」という状況を示す様々な情報や批判などの声もかなり出るようになりました。
 ただ、「学校の教育内容が変わる」って、中々に難しいのかも...と思ってしまったので、この記事を書くことにしました。

※この投稿は6月にupしましたが、一部リライトをしています。


対学校への声

在校生・卒業生より

 中々進展しない事故対応・情報公開にしびれを切らすかのような動きが出ているのでしょうか。中の人ではないので、想像するしかないですが...

  • 「事故」関連情報が学校内である種封印されている

  • 事故前と変わらず学校の日常(授業・課外等)が続く

  • 変わったのは亡くなられた1人が生活から消えた..くらいしか見えない

  • 世間の報道や真相究明への声も限定的で学校に届いていない

 極端に言うとこれくらいなのでしょうか。

 それを裏付けるかのように、6月に入ってから、同志社国際高校の在校生・卒業生自身が声を上げ始めました。
 その中には、事故及び安全管理体制の話ではなく、平和教育の実態や文系科目での特定思想に偏向に関する(控えめに言って"疑義")の声が出ています。

周囲の反応

 上記は、いわば、内部告発のような動きですね。
 これ自体は、校長・教員陣が何も発信しない状況下での「中の人の声」として、重たいものだと思います。
 ただ、そこで、X民のような外野が、それらの声を見て、以下のように騒ぎ立てるのは、違うと思っています。

- やれ偏向だ
- やれ左翼養成所だ
- 腐ってる
- やれ廃校だ

 そうではなくて、「どう変わるべきか」について、現実的な提言等を発信すべきという気持ちがあります。

私が考えたこと

 このように「変わらない」実態の裏側には、「変われない」という学校側の気質・構造みたいなものもあるのではないかなと思いました。
 不祥事組織・腐敗した機構(同志社国際高校がそうだとは言いませんが、課題が多いのは事実でしょう)が見せてきた、失敗の構図にハマっているように感じますので、それらを紐解く試みをします。

現状

建設的情報を得にくい

  • 次々出る情報が、基本的に"ヒドイ"

  • 反応・対策を講ずるのは、"内部の人"(同志社国際高校・学校法人同志社)である

  • よって、言いっぱなしになりやすい、しやすい

  • 同 義憤にかられやすい昨今のネット環境

 等々がありまして、同校の周りには、生徒への寄り添いよりも、学校側への批難(+中傷等)が増幅しやすい傾向があります。

非難しても変えられないことへの理解不足

 最初の感情として、批判・避難したくなるのは自然です。
 ただ、現在展開されている情報だけをつまみ上げ、一方的な糾弾・罵倒的に意見表明をして、それに終始するのは、ダメだと思います。
それは、右からだろうが左からだろうが関係なく、ダメなことです。

 今回は、反政府活動系の日々の「反基地無罪」活動も、問題構造の一部に組み込まれているため、そこへの感情も込みで攻撃対象になりやすいです。
 ただ、それはやってはいけないかなと。

  • アッチ(反基地無罪系)の逆バージョンといえる感情的・敵対的主張

  • 何ら生徒への利益にはならない

  • (何なら、「こんな高校潰せ」は、生徒たちへの誹謗中傷でしかない。)


何らかの客観性・基準に沿って、改善対応を進めたいところですよね。

 ただし、強敵(反基地無罪系)は、自分たち以外の意見は全て排除する方々で、議論にならない。
 手ごわいところです…

(参考?)筆者個人の"立ち位置"

 イデオロギー論争には参加しないので、自分の立場・立ち位置は先に表明しておきます。

  • 現実的リベラル、なのだろうと思います。

  • 理屈/論理展開として、"正しい"と思うことを行うべき

  • 理想を語っても今を生きられないので、現実に即した対応をすべき

  • 反戦と叫ぶだけでは戦争は止められないし、人間のエゴはあちこちで露

  • 資本主義の中で、弱肉強食を受け入れて勝ち組になるしかない

  • 政策・施策は実行・行動してナンボ。反対だけなら意味はない

 等々が考えのベースにありますので、移民政策にせよ、消費税にせよ、物価上昇対応にせよ、やるべきことをやるしかないと考える現実主義です。ただ、一方で、「何をすべきか」の信念は、都度自分の中に存在しています。

 今回は、路線のどちらかに立つとかではなく、

何が生徒の皆さんのためになるか

を常に考えています。

"偏向"を排除するために

"偏向"とは

 主観的に「あれは偏向だ」と言っていては、右であれ左であれ、自分の意見の主張でしかないです。
 なので、「誰がどう見ても複数の見解や客観的根拠を用いていますね」というところを実現しないといけないです。

"偏向"排除へのその1 事実・情報の偏りを無くす

  • 出典・一次情報が明確な「事実・史実」だけ切り離されて、論理展開されている
    歴史研究での必須項目ですね。

  • かつ、本来は対立軸や複数の見解があるべき情報であれば、複数の立場を取り上げる。

 現状は、たぶん「事実」であっても、特定の立場のモノしかない状態なので、偏りが多いのでしょう。

"偏向"排除へのその2 情報と思想の混同を無くす

 現状の「偏向」は、こっちの話の方が多そうですね

  • 「事実と主義主張・感情が混在」していて、事実だけで切り離されていない。

  • "それってあなたの感想ですよね。"が入ってしまう状態。

  • 取り上げている主義主張自体も、特定の立場のモノしかない

"偏向"排除へのその3 強度な主張・押し付け思想をなくす

 教育とは名ばかりの押し付けも多そうですね。まぁこれは昔の方がよりひどそうですが。

  • 考える、意見を聞く機会を与えていない

  • 生徒の思考力を強化する取り組みになっていない

  • 単なる洗脳・押しつけになってしまっている

→ 右(日本人ファースト!!)であれ、左(反戦・媚中)であれ、複合的かつ事実だけで会話できないのは「偏向」なんでしょうね。

同志社国際高校の子たちの意思表示

 私の読解力だと、以下のような感じです。

  • 「平和教育」の全部を否定できないし、間違った戦争があった事実は受け止めるべきと考えている

  • それでも、現状、明らかにおかしい(行き過ぎた)ものを「教育」されている違和感がある

  • 「おかしいと感じることをおかしいという」「議論する」ということが機能しない領域がある
    (先生?科目? 全科目とかは全く言っていない。)

  • 現状の「おかしい」と、辺野古沖ボート転覆事故に彼らが遭遇したことには因果関係があると考えている

  • そもそも法治国家なんだから、法律は守るべき

  • 「おかしい」を「おかしい」ままで放置したら、亡くなられた方に顔合わせできない

→ 学校の何かを変えたい。全部を否定したいのではない。
 特定の教員・元教員・牧師などの「思想持ち込み」を止めてほしい。
 (「特定の人」に辞めてほしい...?かどうかは分からないです。)

今変えられる何かとは?

学校の状況想定(一般論)

 今の陣容のままで何かを変える...というのはかなり難しそうですね

  • 自ら内部処分できる体質ではない

  • 現状のカリキュラムを問題と捉え、自律的に行動できる教員がいなさそう
     (教員の特性上、自分が教えていることは正しいという自信がある。)

  • むしろ現カリキュラムに対して「これで正しい」と染まっている方が主流の可能性が高そう

(仮)新体制が発足した場合

 校長は、特別調査委員会の報告を以ってさすがに交替でしょうね。
 ただ、仮に新体制になったとして、2学期からのカリキュラムを急に組み替えるのは難しいでしょうか。

  • 新カリキュラムの準備期間が必要

  • 私学なので教員入れ替えは、公務員のようにはできない

  • (繰り返し)教員側からの自主見直しは期待できなさそう

→ 2026年度中に打てる手はあまりなさそう。。。でしょうかね...

そんな中での打ち手候補(一般論)

 となると、体制入れ替えをメインにするなら、2027年度どうする。となりそうですね。
 学校教育内容を変えるという点では、体制入れ替えが本論ですが、一度除外した方がよさそうです。

 それ以外のアプローチで、内部で自主的にできないとなると、外からの圧力を使うしかないですね

  • 学内処分/理事会決定(調査委員会指南後)   → 現実的、その1

  • 文科省からの追加での強い指導          → 現実的、その2

(現実解)外圧頼み

やっぱり、

学内処分/理事会決定(調査委員会指南後) → 現実的、その1

ここでしょうね。

 さて、第三者委員会陣容の弁護士3名、どこまでフラットな判断を下せる方なのか...
 (弁護士会も平気かつ盲目的に平和教育支持を打ち出すところもある模様ですし。。)

外圧に関わるおまけ

現実的、その2….

文科省の更なるご指導となると、また左系の集団が騒ぐでしょうね。

萎縮だ!!介入だ!!!! とかとか

番外編

 上記だけでは何とも面白くなさすぎる…ので、もうちょっと何かないと無理矢理。

 では、他の代案、なんでしょうね。
 この手の教員となると、教育内容に関しては、彼らの専権事項と信じて疑わない人たちですから…
 そういう人と直接対話しないでできそうなことですよね。

<案1> 生成AIを交えて、偏向かどうかの検証を行う

  • カリキュラム追加

  • 対立意見等を吸い上げ、ディベート・ディスカッションまで行う

<案2> 保護者会みたいなところからの申し入れ形式

  • (to 高校)への外圧の1つだとは思います。

  • ただ、教員は自分がプロだと思っているので、教育内容への提言を受け入れるとは思えないですね。

<案3> 弁護士を立てて、学校法人同志社への申し入れ

  • 保護者側の費用負担とかありますが、これなら議論にはなりそうな気も。

  • 内部進学できるから受験勉強不要と言っても、生徒がこれを主導するのもピンとこないですね…

  • 大体、直訴系はハレーションの割に既得権益は壊せないし、進路に影響する可能性は否定できない。。。

もうちょっと考えてみます。。

(このnoteについて)
以下の想いで連載?しています。よかったらご一読ください


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