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【せりふ三題噺】おはよう秘密基地

 ようやく空が白くなってきた。ゲンジは群がるユスリカに眉をひそめ、虫よけスプレーを体に吹かす。

「なんやゲンジ先生、虫好かんや?」

 目の前を歩く少年、カンキチが振り返って言う。懐中電灯を消し、ゲンジはカンキチの後ろを辿る。

 この町に小学校はひとつだけ、全校生徒は十人未満。四年生はカンキチ一人だけで、ゲンジはその担任である。カンキチは真っ黒に焼けた肌と逞しい手足、典型的な田舎の野生児である。

 二人は旧市街の中心へ向かっている。都市開発のため住人がごっそりいなくなった、抜け殻の町である。

「カンキチ、朝飯は食ったのか?」

「まだよ、着いたら一緒に食おうや」

 振り返って少年は笑う。ゲンジは今年の春赴任すると同時に、都市部からこの田舎町に引っ越した。カンキチとは一月程度の付き合いだが、なぜか随分懐かれた。
 

「あれじゃ!」

 カンキチが指さす方に、丸い天井の建物がある。その天井に、ソーラーパネルが敷き詰められている。

「どうや!本当やったじゃろ!?」

 カンキチが自慢げに言う。彼手製の、プラネタリウム復活計画だという。

 施設は閉鎖されていて、無論電気など通っていない。コンクリ製のエントランスで、カンキチは石を円環状に組んで、近所の山で狩ってきた木の枝を薪に火を焚いている。指導教員として叱らねばならないが、止める気にはなれなかった。

「ほれ、先生の分じゃ」

 そう言ってカンキチは、竹を切っただけの武骨なコップを渡した。コーンスープの粉が底に溜まり、薪で沸かしたお湯を注いでスープを作る。

 たった一人の教え子から秘密基地に招待され、朝食をごちそうになった。叱る気が失せた俺は教師失格だなと、自嘲しながらスープを啜る。

「美味いな」

「母ちゃんがいつも買っとるやつや!美味いやろ!」

「いや、お前が淹れてくれたからだ。ありがとうな」

 言うと、カンキチは照れ笑いを誤魔化すようにスープを一気に飲んだ。口の中を少し火傷したような顔をし、ゲンジは小さく笑う。

「先生!早く宇宙見に行こう!」

 焚火に砂をかけて後始末し、二人はプラネタリウムへ向かう。カンキチが自分で調達した——調達ルートは聞かないでおく——ソーラーパネルで発電し、プラネタリウムを起動するのが去年からの夢らしい。

 町の皆からは笑われ、誰も本気にしなかったそうだ。それでも何か月もかけて発電し、根性で電気回路を解読してプラネタリウムを復活させようというのだ。

 カンキチよ、話が違うぞ。教師が都市部から赴任し、田舎の少年と交流する際、少年サイドは無垢で無知という相場があるのだ。なに勝手に神童をやっている。

「ここ窓内から換気も掃除もできなかったんや。先生、ゴミとか気ぃ付けや」

 かなり埃っぽい。しかし、獣道のように通り道が形成されている。足蹴く通った誰かさんがいるのだろう。小さな背中を見てそう思った。

 ゲンジが懐中電灯で操作盤を照らし、カンキチはノートを見ながら何度もいじる。四苦八苦した末、ついにオレンジ色の照明が点いた。

「先生!」

 カンキチの目が輝いている。電力が問題なく通っているのだ。

 浮足立つ少年は何度もノートと操作盤を交互に見ながら操作する。ふと手を止め、こちらを見上げる。

「カンキチ、良い席で見たいな。あの真ん中の席が丁度良さそうだ」

 ゲンジがさす方に、さほど劣化していない席があった。カンキチが大きく頷く。

 ゲンジはその席に行って、高々と懐中電灯を掲げる。さながら、人間灯台である。

 カンキチは目を輝かせてスタートボタンを押す。ゆっくりと会場が闇に沈み、カンキチはゲンジの光を目印に駆け寄ってきた。

 二人は席について、頭上の暗黒を眺めた。高鳴る。高鳴る。この宇宙には二人しかいない。静かな闇の中に、内なる温もりが脈打っている。

「先生、見て、光ってる

 カンキチが言った。小さな光の粒、それが音もなく広がり、やがて無音の暗黒を満たした。


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▼創作大賞2026応募作品です。よろしければご一読ください。

#せりふ三題噺
#宇宙スープ虫よけ

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