小説:四つ葉みたいにならない恋 第二章 揺れる脚本
一つの恋が終わろうとした時、静かに別の恋が始まっていた。
デートの翌日、夏休み中でもクラス委員の打ち合わせに参加するため、モトタツは登校して教室に入った。ユンモが先に来ていると照れ臭いなと思っていたけれど、まだ来ていなかったのでホッとした。
打ち合わせを始めて少したってから、クラスで一番のおしゃべりのマサミが、満面の笑みを浮かべながら言った。
「モトタツ、昨日、月橋の駅で女の子と一緒におったんちゃう?」
「え、知らんで、俺、」
動揺を隠せないモトタツが、とぼけようとしている途中で、さらにマサミが畳みかけた。
「ウソや、モトタツやろ?一緒におった女の子、誰?赤いブラウスに白いスカート履いてた子」
モトタツは、さすがに観念して、何も言えなくなった。その場にいたクラス委員のメンバーは唖然としていたが、マサミがトドメを刺した。
「あの子、ひょっとしたらユンモやったんちゃう?いや、絶対そうやって。私、反対のホームから呼んでてんでー」
教室は、ハチの巣を突ついたような大騒ぎになった。
「モトタツどうしたん?顔青いでー」
マサミは、そう言いながら、してやったりの顔をしていた。モトタツはもう何も言い返せなくなっていた。
よりによって、マサミに見られてたなんて最悪だ。モトタツは、あまりのショックでデートの記憶がぶっ飛んでしまった。えらいことになってしまった。初めてのデートだったので、わかりやすい待ち合わせ場所を選んでしまった自分を悔やんだ。
そこに、遅刻の常習犯のユンモが教室に入ってきて、みんなの視線を一気に集めた。
ユンモは、昨日の待ち合わせ現場をマサミに見られて、すべてバラされたことを聞くと、顔を真っ赤にして教室を出て行った。そして、女子バスケ部の部室に誰もいないことを確認してから入った。
とんでもないことになっちゃった。マサミ、待ち合わせしてるところを見たのなら、私に先に教えてくれたら良かったのに。でも、カズオのことが好きなのに、なんでモトタツの誘いを断らなかったの?って聞かれそうだし。そんなことを聞かれても、私もよくわからないし。あー、なんで電話の時に断らなかったんだろう。やっぱり、私、押しに弱いのかな。
さらに、ユンモは、モトタツにカズオのことが好きだと伝えたことを、黙っておく方がいいかも迷っていた。もし話せば、なんだ言っちゃったんだ、モトタツにかわいそうなことをしたんだね、と言われそうだし。それを話したら、モトタツが、もっとからかわれるかもしれない。それに、みんなに話したマサミも悪者にされてしまう。マサミも、私がモトタツに話したことを知らなかったから悪気はなかったし。よりによって、なんでマサミに見つかっちゃったんだろう。
でも、元はと言えば、映画に誘われた私が、のこのこ行っちゃったせいなんだから。どうしよう。やっぱり、誰かに相談しようかな。ユンモは迷いに迷った。ノンノンに話せば、ノンノンは、私を責めたりしないだろう。でも、ためらった。もし、ノンノンが、そうだとしたら、私はノンノンにも酷いことをしてしまうことになる。
教室に帰ってきたユンモに、ノンノンが近寄って、
「大丈夫?」
と声をかけた。
ユンモは、うなずいた。
ノンノンは、ユンモの話を最後まで黙って聞いていた。
「ねぇ、私どうしたらいいんだろう?」
そう言って、うつむきながら話していたユンモは、顔を上げてノンノンを見た。ノンノンは、大きな黒い瞳で真っ直ぐにユンモを見ていた。そして、優しい眼差しで言った。
「過ぎたことだから、どうしようもないよ。何も言わなくていいんじゃない?」
ユンモはホッとした。ノンノンに話して、良かったと思った。
ノンノンの親友のリンちゃんーー持田凛子は、ノンノンから、ユンモに相談を受けた話を聞いていた。ノンノンの目は少し潤んでいるように見えた。リンちゃんは、こんなに悩んでいるノンノンを見たことがなかった。
「ノンノン、ユンモの話を黙って聞いてあげたんやね」
そのひと言で、ノンノンは、心から熱いものが溢れて出てきそうになった。自分でも気づいてなかった、心の中でモヤモヤしていたものが、何なのかに気づき始めていた。
それから3日後、モトタツは、関鉄線が二手に分岐する、三施(みせ)駅の北側の木陰にある電話ボックスに入った。
モトタツは、ユンモと喫茶店に入った時、自分の想いは何も話せなかった。それに、ユンモは、カズオに本気になりかけてると言っただけだ。まだチャンスはあるかもしれない。そう思ったモトタツは、ユンモにもう一度会って、ちゃんと伝えようと思った。
ユンモは、モトタツからの電話に出ると、モトタツからの誘いに応じるか迷った。そして、少し考えてから、今度は誘いを断った。それから、モトタツに、デートに一緒に行ったことは、カズオに知られたくない、と話した。
モトタツは、ユンモのカズオへの気持ちが強いと感じ取った。ここで自分が押し続けると、ユンモとの友だちの関係も壊れてしまう。ユンモは大切な友だちなんだと、自分自身に必死に言い聞かせた。
「無理言ってごめん。それに、あんなわかりやすい場所を、待ち合わせに選んだ俺のせいで、湯本に迷惑をかけて」
「そんなことないよ」
モトタツは、これからもクラス委員として助け合おうと話して、受話器を置いた。
次の日、サトシは、屈託のない顔で笑いながら、モトタツをからかうように言った。
「オマエ、湯本と映画に行ったんやって?」
モトタツは、ユンモとのデートが発覚してから、委員会の女子の視線を敏感に感じていた。けれど、女子たちは、誰もそのことに触れようとしてこなかった。そんな中で、空気の読めないサトシが話しかけてきたおかげで、モトタツは、かえって救われたような気がした。まぁ、コイツくらいには、あの日のことを話しておいてもいいかと思った。
「そうなんや」
モトタツから、ユンモと会った日のことを聞いたサトシは、話題を変えた。
「そうや、谷田さんから聞いたんやけど、元田って、去年の2年4組の文化祭で、劇をやったりして、めっちゃ頑張ってたんやろ?」
モトタツは、ユンモの話をさらっと聞き流したサトシに、コイツに話してもどうしようもないか、と思い直して、サトシの話の続きに耳を傾けた。
「谷田さんは、文化祭の準備を、あまり真面目にやれへん奴らもおったから大変やったって言ってた。だから、元田は、このクラスでは全員を巻き込みたいと思ってるんやろう、と話してた」
モトタツは、ユンモのことは、今さらどうしようもない。それより、文化祭をやるしかないかと、無理やり頭を切り替えようとしていた。
モトタツの学年は、丙(ひのえうま)で他の学年より人数が少ない。丙午生まれの女性は気性が荒く、夫の寿命を縮めてしまうから結婚を敬遠されてしまう、というような迷信で、特に女子の数が少ない。8クラスの中で、3組と4組だけ、女子が男子の半数しかいなかった。
モトタツは、3年のクラス替えで、2年連続で4組になった。また女子が少ない、ハズレのクラスになってしまったことに、ガッカリしていた。
その一方で、去年の2年4組と似ていると思った。3年4組は、男女比が同じだっただけでなく、2年4組の教室の真上だったこともあり、同じような雰囲気を感じていた。
「劇をやろうと思うんやけど」
モトタツは、クラス委員の打ち合わせで、そう切り出した。サトシは、やめておけと言おうと思った。でも、モトタツの視線の先に見えているのは、去年の2年4組だと感じて言葉を飲み込んだ。それに、モトタツが言い出したら、自分の言うことなんて聞きそうにないと思って、口を挟むのを諦めた。
モトタツが劇をやりたいと言った提案に対して、クラス委員のメンバーに賛成する者はいなかった。文化祭で劇をすることは認められていても、教室での発表にプラスして行うのであればやっても良いという条件だ。去年の2年4組が、発表と劇の両方をやって大変だったことは、学年中に広まっていた。
しかも、今年は受験もある。さらに、文化祭の一週間後には体育祭もある。体育祭のメイン競技のクラス対抗のムカデ競争は、2、3週間前から、全クラスの全生徒が、学校に早く来て朝練も行われる。それらを考えると、もし劇をやれば、時間も体力も持たなくなることは誰の目にも明らかだった。モトタツは、孤立しそうになっていた。
「高校最後やから、やりたいねん!」
モトタツは、劇をやりたい理由を長々と説明しようとしていた。去年の2年4組の文化祭では、非協力的だった男子が多くて、巻き込みきれなかったこと。さらに、それを3年4組でリベンジしたいということを話すつもりだった。しかし、それは3年4組のみんなにとって関係がないことだった。
サトシは、モトタツを孤立させるわけにはいかないと思って、モトタツの話をさえぎるように援護射撃した。
「元田、どんな劇をやりたいんや、なんか考えているんやろ?」
モトタツは、3年4組が文化祭の発表のテーマに選んだ女性問題は、教室の展示を見にくる人には、身近に感じてもらえないと思っていた。それに、男女平等という言葉は、よく耳にするようになったけれど、その意味が分かりにくいし、伝わりにくい。それだけでなく、平等という言葉にも、モトタツは引っかかっていた。
「俺は、男女平等の話より、女性も自分で自分の生き方を選べるんだ、という話にしたいと思うねん。それが自由やと思うから。そんな劇にしたいねん」
そう熱く訴えるモトタツに、誰も反対しなかった。劇をやることが正式に決まった。
夏休み前に、文化祭に向けて、班の組み替えと、席替えが行われていた。モトタツの隣の席は、ノンノンの親友のリンちゃんになった。リンちゃんは、おっとりしていて、周りにほんわかした空気をまとっているかのようだ。モトタツは、リンちゃんが、自分のことを何でも知っているかのような気がした。モトタツは、リンちゃんから優しく声をかけられた。
「元田くん、劇の準備を頑張ってるんやねぇ」
「本当にできるか、あまり自信がないんやけど、誰かがやらなあかんから」
モトタツは、思わず本音を漏らした。あと2ヶ月しかない。モトタツは焦っていた。
ノンノンは、リンちゃんの前の席で、そんな会話を静かに聞いていた。元田くんが弱音を吐くこともあるんだな。モトタツは、いつもやる気満々に見えていたのに、本当は不安を感じているとは思っていなかった。
モトタツたちは、劇の脚本を書いては修正するという毎日だった。学校にいる時間だけでは、脚本の打ち合わせが終われない日々が続くようになっていた。
「もしもし、山本ですが」
サトシからの電話をワンコールで受話器を取ったノンノンは、劇の脚本の話に続いて、モトタツのことを話した。
「元田くん、大丈夫かなぁ、なんか追い込まれてるような感じがするんやけど」
ノンノンは、2年でもクラスメイトだったサトシとは、気軽に話し合える間柄だった。
「能見は何も心配せんでええよ、俺が何とかするから」
サトシとノンノンの長電話は、毎晩のように続いた。
「もしもし、元田ですが、」
ノンノンにかけた電話は、今日も話し中が続いていた。そんな時は、ユンモに電話をかけていた。
「また、山本くんとノンノンが電話してるみたいやね」
ユンモは、モトタツが最初に電話をした相手が、自分じゃないことに気づいていた。ノンノンにかけても、サトシにかけても話し中の日が多かった。そんな時に、モトタツから電話がかかることが多かったから。それでも、モトタツとの長電話の時間は楽しかった。
ユンモは、一緒に映画に行った時に、カズオに本気になりかけていると伝えてから、その想いは心の奥にしまったままだった。
モトタツは、学校でいろいろあった日に、ノンノンに電話をして、いろいろ話しているうちに、気持ちが晴れていくことが多かった。そんな日に限って、ノンノンに電話しても話し中が続いていた。また、サトシがノンノンに電話しているのか、と思うとイライラが募っていた。サトシがノンノンと仲がいいのは、2年の時にノンノンと同じクラスだっただけなんだろうかと、モトタツは頭の中でモヤモヤしていた。
そんなある日、サトシはモトタツに声をかけた。
「今度の土曜日、俺の家に泊まりに来いや」
モトタツは、サトシの誘いに応じた。劇の脚本は佳境を迎えていたので、サトシにも意見を聞きながら、集中して考えて書きたいと思っていた。それに、ノンノンのことも聞いておきたかったので、ちょうどいい機会だと思った。
土曜日に、モトタツは、サトシの家まで一緒に自転車で向かった。それにしても遠い。サトシは、高校まで10kmもある距離を、毎日自転車で45分かけて通っていた。モトタツは、サトシが登山部だったとはいえ、見た目よりタフなヤツだと思った。
劇の脚本が少し進んで、そろそろ寝るかと二人が横になった時、サトシがおもむろに問いかけた。
「元田、湯本のこと、まだ好きなんか?」
モトタツは、すぐに答えが浮かばなかった。今までの自分なら、好きな女の子とうまくいきそうでなければ、すっぱり諦めていた。一方で、最近は、ノンノンと電話で話している時間も楽しい。正直なところ、自分の本当の気持ちが、よくわからなかった。逆に、サトシがノンノンのことをどう思っているか、本心を知りたくて聞いた。
「サトシはどうやねん?」
サトシも答えられなかった。自分の気持ちがよくわからなかった。最初は、ノンノンが、モトタツを心配していることを、モトタツに話そうと思っていた。けれど、なぜか、それをモトタツに伝えたくないという気持ちもあった。
そんなある日の放課後、事件は起こった。
「湯本から聞いたんやけど、能見が、体育館にこもって出てこなくなったみたいや。能見は、お前のことが怖いって言ってるみたいやぞ」
モトタツは、サトシが言っている意味がよくわからなかった。自分がノンノンに、何か変なことでも言っただろうかと考えたが、まったく身に覚えがなかった。ノンノンは、今日の授業中に変な様子もなかった。ノンノンは、体育館で、ノンノンの親友のリンちゃんとユンモの三人でいるようだった。
サトシとモトタツは、教室で二人で待っていた。その時、サトシはモトタツに言った。
「能見はお前のことが好きなんや」
その言葉を聞いたモトタツは、その言葉の意味をよく飲み込めなかった。なぜ今、サトシが自分にそんなことを話したのか。そもそも、なぜサトシがそんなこと知っているのか。それはノンノンから直接聞いたのか。それとも、サトシが勝手にそう思ってるだけなのか。いろんな疑問が浮かんでは消えた。その疑問は、どれも確かめることができなかった。ただ、その言葉を聞いた瞬間から、モトタツの心の中で、何かが変わり始めていた。
恋の物語は脚本通りにいかない。知らぬ間に誰かによって書き換えられてゆく。
