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【ファンタジー小説部門】ぜんぶ、佐野くんのせい(第13話)#創作大賞2024


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第四章 親友記念

 三毛猫のユキネちゃんに会った日から、あっという間に一週間が経った。あの代弁は散々だったな……と、丈太郎は胸の辺りのモヤモヤをいまだに解消できずにいる。

 結局ユキネちゃんは、丈太郎にはまったく心を開いてくれなかった。得られたものと言えば、チワワのディッキーからの「怖いものが見えている」という情報だけ。

 きっと十和子さんも期待はずれだと思っただろうし、片桐先輩だってなんのために立ち会わされたか分からないだろう。ハァーッと深いため息ばかりつき過ぎて、最近胸の奥がチクチクする。

 十和子との仲介役を引き受けてくれた片桐に、十和子さんからその後連絡はないか? と尋ねたが、一度も来ていないと言う。ああ……。俺に足りないのってなんだろう? ユキネちゃんもそうだし、おじいちゃんちのジンもそう。一度シャットアウトしてしまうとまったくといっていいほど心を開いてくれなくなる。そんなに俺って信用ならないのかな。

 もしかしたら片桐先輩、俺をインチキだと思って十和子さんからのメッセージを自分のところで堰き止めてるんじゃ.…..。そんな妄想が始まると、丈太郎はいてもたってもいられなくなった。

 気がつくと、一人で十和子の家に向かっていた。インターフォンを押すと、十和子はこちらを確認する間もなくすぐにドアを開けてくれた。
「十和子さん、あの……。突然訪問してすみません。ちょっとユキネちゃんのことが気になって」
言葉がしどろもどろになる。

「丈太郎くん。先週はありがとう。とても助かったわ。本当にあなたってすごいのね!」
十和子の表情は丈太郎の予想に反して明るく、どこか興奮しているようでもあった。

「お願いだから、お礼くらいちゃんとさせてちょうだい。もちろんあなたのポリシーに反してるってのは重々承知だけど」
ちょっと待って。どういうことだ? 丈太郎は頭が混乱した。お礼? こないだ来たときイチゴのショートケーキも頂いたし、ユキネちゃんの代弁が中途半端に終わったことを考えれば、改めてお礼されるようなことなんてなにもないはずだけど。

「立ち話もなんだから、中に入って」
言われるままに靴を脱ぐ。応接間に行く途中でユキネちゃんが「ニャー!」と言いながら現れて、丈太郎の足に絡みついてきた。前回は石のように固まって少しも懐いてくれなかったのに。まるで別の猫みたいだ。いったいぜんたいなにがどうなってる?

「ユキネもほら、この通り。すっかり元のユキネちゃんに戻ってくれたわ」
ウフフッと上機嫌の十和子に、丈太郎はますます頭が混乱する。応接間の引き戸を開けると、ディッキーが尻尾を振って待ち構えていた。
「おお、ディッキー」
丈太郎はしゃがんでディッキーの頭を撫でる。すると、

───ありがとうお兄ちゃん。

 身体全身で熱烈な感謝を表してきた。
「そんなに頭撫でられるの好きなんだ?」
丈太郎は苦笑いするしかなかった。

 前回と同じ円座のようなものに座る。お構いなくと言ったが、十和子は遠慮しないでと言って、目の前のテーブルにアイスティーとチョコチップがゴロゴロ入ったクッキーを持ってきてくれた。

 前回は炭酸オレンジジュースにケーキだったから、口の中が甘ったるくて思考が停止してしまいそうになったが、今回はアイスティーで嬉しい。

「こんな言いかた失礼かもしれないけど、あなたって本当の本当にホンモノなのね」
丈太郎の向かい側に座ると、十和子はクッキーを半分に割りながら言った。
「実はちょっと疑っていたの。ごめんなさいね。あのときは気休めでもいいからなにかしら解決の糸口が見つかればいいと思って……」
「十和子さん」
丈太郎は遮った。

「さっきからまるで、ユキネちゃんのことが解決したみたいな言いかたしてますけど……」
「もちろん、まだ解決ってわけにはいかないわね。診断結果はこれからですもの」
「え、診断?」
「そうだ! 昨日仙台に住んでる兄から笹かまぼこが送られてきたの。丈太郎くん、好き?」
わさび醤油で食べると美味しいのよ〜と言いながら、十和子は半分立ち上がっている。丈太郎はあまり食べたことないけど多分好きです、と答えた。でもお構いなく! と付け加えたが、十和子はすでに奥のキッチンに消えていた。

 丈太郎は隣にちょこんと座っているディッキーを見た。
「いったいなにがあったんだ?」

───ママ、お医者さんに行ったの。検査もしたって。もしかしたら悪い病気かもしれないから、このタイミングで来て正解だって言われたんだって


「それとユキネちゃんが元気になったことって、どう繋がるの?」
眉をしかめながら顔を近づけてくる丈太郎を怖く感じたのか、ディッキーは戸惑ったように後ろによろめく。

───お兄ちゃんがママに教えたんでしょ? ユキネが見てた怖いやつ

「え?」
もうなにがなんだか分からない。
「だって、前来たときユキネちゃん、俺には心を開いてくれなかったんだぞ。ディッキーもそこにいたよな? 見てたよな?」
丈太郎と同じくらいわけが分からなそうなディッキーは、困ったように窓辺でくつろいでいたユキネちゃんを呼んだ。

───ユキネ、お兄ちゃんにユキネが怖がってたやつがどうなったか教えてやって

 もうほとんど懇願といった様子のディッキー。ユキネちゃんはニャーンと可愛い声で答えると、丈太郎の脳に直接映像を送ってきた。

 視点の低さからすると、ユキネちゃん目線の映像らしい。大型種の猫などは自分も登場する客観的な映像を送ってきたりする。ここら辺は個性なのか、脳の大きさの違いなのか。

 映像の中には十和子がいて、その肩のあたりにフォークをブンブン振り回しているミニミニサイズの十和子がしがみついていた。次の瞬間にはフォークを逆手に持って、心臓のあたりを必死にツンツンしている。うわ、なにこれ。丈太郎は思わず鼻で笑った。ちょっとかわいい。
「これが怖いってどういうこと?」

───前はもっともっと怖かったんだって。見るのも嫌なくらい。でも、お兄ちゃんがママに病院行くように言って、ちゃんと検査したらちっちゃくなったって。これならユキネも怖くないって

「ちょっと待て。俺が病院に行くように言ったって、それなに情報?」
丈太郎に詰め寄られ、ディッキーは困ったようにクゥーンと喉を鳴らす。そのとき、かまぼこを乗せたお盆を持って十和子が戻ってきた。

「兄が生ワサビもつけてくれたんだけど、今擦ってみたらすごくフレッシュな香りがするの。食べたことある?」
「いや、多分ないと思います」
チョコチップクッキーの隣に、様々な形のかまぼこと擦りたてワサビの皿が並ぶ。フワッと漂ってくる生ワサビの香りに丈太郎の唾液腺が緩む。十和子が皿に醤油を注ぐ。

「さあさあ、食べて食べて」
割り箸を差し出され、丈太郎は遠慮なく受け取る。笹の葉の形のかまぼこに生ワサビをちょっとだけ載せて醤油に浸す。軽く皿の淵で醤油の滴を落としてから、ゆっくりと口に運んだ。

 なんだよなんだよ、なんなんだよこの美味い食いもんは! じゃなくて……。十和子さん、俺いつ病院に行けなんて言いましたっけ? やっば……。生ワサビハマっちゃうかも。え? 生ワサビって普通にスーパーで手に入んの?

 膝にユキネちゃんの前脚が乗る。鼻をクンクンさせ、やがてクシュンッと小さくくしゃみをすると、「悪趣味ね〜」とでも言わんばかりにニャーン! と鳴いてまた窓辺のほうに行ってしまった。その後にディッキーも続く。おい、ディッキー行くな。説明してくれ!

「ところで十和子さん、なぜ病院に行ったんですか?」
二つ目のかまぼこを口に運びながら、丈太郎は尋ねた。
「え?」
と今度は十和子が怪訝な表情になる。
「だって、片桐くんから言われたから……」
「先輩? それってどういうことですか?」
鼻先に一瞬チョコチップクッキーの香りが漂ってくる。丈太郎はさりげなくクッキー皿を遠ざける。

「片桐くんが、ほら……。あなたから新たなメッセージを受け取ったからって」
私どうしてこんなしどろもどろになってるのかしら? とでも言わんばかりに、十和子は右頬に手を当てる。

「俺が?!」
「あのあと、ユキネがあなたにテレパシーかなんかで映像を送ってきたんでしょ? 怖い死神みたいなやつが私の後ろに立ってて私の胸にずっと包丁を突き立ててるって」
「片桐先輩がそう言ったんですか?」
丈太郎はなぜか急に寒気に襲われた。

 自分で震えを抑えることができなくなり、ポトっと食べかけのかまぼこを落としてしまった。あらあら、と言って十和子がティッシュで取ろうとするが、それを制してなんとか箸で挟んで口に入れる。あんなに美味しかったのに、急にゴムを噛んでいるようななんとも言えない食感になる。

「念のため病院で精密検査をしてきたほうがいいって言われたから、私、こないだ行ってきたんだけど。……あれ、もしかして片桐くんから聞いてない?」
「えっと……」
丈太郎は言葉に窮する。

「レントゲンやったら、肺の辺りに影があるって言われて。まだ結果は来週にならないと分からないんだけど、先生が言うには、このタイミングで来て良かったって。もしかしたら悪いものの可能性もあるから、こういうのは本当に早期発見が明暗を分けるからって……」
急に話し相手が魂が抜けたような呆けた顔になり、十和子は戸惑いを隠しきれずにいる。

 丈太郎は先ほどディッキーから聞いた話を頭の中で反芻する。

前はもっともっと怖かったんだって。見るのも嫌なくらい。でも、お兄ちゃんがママに病院行くように言って、ちゃんと検査したらちっちゃくなったって。これならユキネも怖くないって

「片桐先輩は死神が包丁を突き立ててるって言ったんですか?」
「え、ええ……」
「そうですか」
ぼーっと一点を見つめながら、丈太郎は続ける。
「朗報です。今ユキネちゃんに見えてるのは死神じゃなくて小人です。しかも持っているのは包丁ではなく、フォークです」
「あ、そうなの……。それは良かった、わ」
丈太郎の視界に入ろうと、十和子は必死に視線を合わせようとするが、次の瞬間、円座を吹き飛ばすようにして丈太郎が立ち上がったので、驚いてヒャッ! と声を上げた。

「すみません、用事を思い出しました」
言うなり、丈太郎は歩き出す。背中に十和子の呼ぶ声が聞こえたが、返事をしなかった。気を張りつめていないと身体中の穴という穴から水分が漏れ出てきそうなほど、小刻みな震えが止まらない。片桐先輩、これどういうことですか? 説明してください、説明してください、説明してください!


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