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【短編ホラー集】怪忌30.流れ出る/E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末

E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末


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30.流れ出る

 大学四年の秋になり、卒業論文の提出期限まで残り三ヶ月を切ったが、希美の執筆状況は芳しくなかった。

 春にテーマを決め、夏以降は図書館やネットなどで資料を集めて読み、実際に執筆にも入ったが、元々希美は文章を書いたりするのが苦手な方だ。進捗度で言えば、恐らくまだ半分にも届いていない。先日中間発表を終えたのだが、教授からは容赦ないダメ出しを受け、公開処刑状態だった。提出期限までにはなんとしてでも完成させないといけない。でなければ、先日ようやく貰えた就職の内定が流れてしまう。

 そんな訳で、希美は一人暮らしのマンションで今もパソコンに向かっていた。本やネットで情報を収集し、それを元に執筆する。しかし、数十文字書いてみて「何か違う……」と思って消す。また情報を収集し、執筆し、消す。これを、すでに三時間ほど繰り返していた。結局、パソコンの前に座ってから、一文字も進んでいない。

 ──ダメだ。ちょっと気分転換しよう。

 希美は開いていた文書作成とインターネット閲覧のアプリをいったん閉じ、デスクトップに置いてある表計算アプリのファイルを開いた。『Aの悪行』という名のファイルだ。パスワードロックしているのでそれを解除する。しばらくして、画面に『Aの悪行の数々』というタイトルが表示される。続いて、日付・場所・メンバー・詳細・評価(10点満点)という見出しで、各項目にこと細かく書きこまれたリストが表示された。


《20xx/xx/07 高里山/底なし沼と呼ばれる池 希美・歩希・朱理・直人 野外生物学実習の生態系調査中、朱理と歩希がいちゃつく姿をたっぷり見せつけられる。その後の朱理の行動はここに書くのもはばかられるほど酷く、特に許せない。 10》

《20xx/xx/06 旧グランドスカイパレス・ベルサイユ伊吹 希美・歩希・朱理・直人 廃墟ホテルの肝試しに無理矢理付き合わされ、また2人がいちゃつくところを見せつけられる。いつものことだが、この日は特に酷かった。 7》

《20xx/xx/24 高校/教室 舞・彩愛(歩希・朱理) 舞と彩愛から「歩希と朱理が交際を始めた」と聞かされる。告白は歩希の方からだったそうだ。なぜそれをわざわざあたしに話すのか、そして、なぜ舞たちは嬉しそうなのか、理解できない。 7(10)》


 ……など。リストには、高校二年生の秋に始まり、現在に至るまでのAという人物が希美に対して行ってきたことの数々を、こと細かく書き込んであった。Aとはもちろん朱理のことだ。いわゆる恨みノート、そのデジタル版である。

 希美は表の一番下の行をクリックし、セルに今日の日付を打ち込んで、他の項目も入力しはじめた。


《20xx/xx/24 大学/学食 希美・歩希・朱理 学食で歩希と朱理がお弁当を食べているのを見かけた。朱理は「手作り弁当」とか言ってたが、スーパーの惣菜か冷凍食品を詰め込んだだけに決まっている。》

《おかずにレバニラ炒めが入っていたけど、歩希はレバーがニガテなことも知らないなんて、あの子はいったい彼の何を見ているのだろう? 「彼氏のためにお弁当作ってる献身的なあ・た・し♪」を演出してるだけなのが見え見えで吐き気がする。そもそも女の子が作るお弁当にレバニラ? センスなさ過ぎて逆に新鮮だった。》

《「はい、あーん♪」とか、人前でやるなよ恥ずかしい。付き合わされる歩希も迷惑だろうな。ただでさえ恥ずかしがり屋なのに。》

《歩希の服装が赤をメインになっているのもイラつく。あんな派手な服着る人じゃなかったのに。間違いなく朱理の影響。アイツが歩希を自分の色に染めようとしてるんだ。てか、朱理だから『赤』って、単純すぎて小学生か! って思う。ホント頭お花畑。整形で顔いじるより、脳みそいじってもうちょいマシにしてもらえばいいのに。》


 今日あった出来事を元に、希美は胸の内に浮かぶ思いをそのまま書き綴った。卒論の方は数時間かけても一文字も進まないのに、朱理への不満の言葉は次々と溢れ出て止まらない。それが文字となり、文章となり、やがて物語となる。……というほど立派なものではないが、なんであれ、胸の内にある形が無かった思いが画面上で文字というはっきりとした形になっていく様子は、自分の子どもが生まれ、成長していくようで、心が休まる。

 思いのたけを最後まで書きつづった希美は、その文章をクリップボードにコピーし、メモ帳アプリを起動して、そこにペーストして保存した。後でスマホに転送し、いつでもぱっと見られるようにするためだ。

 恨みノートを綴る作業を終えた希美は、すっきりした気分で表計算とメモ帳のアプリを閉じた。気分転換になったので、卒論の執筆に戻る。これで少しははかどるだろう。



 希美が恨みノートを書き始めたのは高校二年の時からだ。最初は手書きのノートから始まり、スマホやタブレットを経て、現在は入力と管理のしやすさからパソコンを使うようになっていた。約五年に渡って書き続けた結果、内容はかなり膨大になっている。文章も、初めの頃は淡々と出来事だけを記入していくだけだったが、やがて筆が乗ってきて、感情を書き表すようになっていた。文章を書くのは基本的に苦手だが、これならすぐに本も出版できるかもしれない。これを卒論のテーマにすれば良かった、と思うこともある。もちろん冗談だが。

 もっとも、希美はこの恨みノートの内容を、本はもちろんSNSなどでも公開しようなんて欠片も思っていない。友達や家族など親しい人にも見せるつもりはない。こうやって何かに書いて形にすれば、多少は胸の内のもやもやが晴れてスッキリするから続けているだけだ。言わば、これで朱理への気持ちにブレーキをかけているのである。

 逆に言えば。

 こうでもしないと抑えられないほど、朱理に対する鬱憤が溜まっている、ということでもあるのだが。



 希美は卒論の執筆に戻るため、さっき閉じた文書作成とインターネット閲覧のアプリを再度開いた。情報を集めるためサイトを検索し、やがてテーマに合いそうなサイトを見つけた。ただ、そのサイトは英語で書かれており、そのままでは希美にはさっぱり読めなかった。

「こういうときは……たらららったらーん♪ ほんやくサイトー」

 希美は英語サイトのアドレスをCTRL+Cのボタンを押してクリップボードにコピーした後、ブックマークに登録している大手翻訳サイトへ飛んで、画面左側にある原文を入力する枠内にCTRL+Vで貼り付けた。これで、サイト丸ごと日本語に翻訳される……はずだったのだが。

「あれ?」

 サイトに貼り付いたのはアドレスではなく、さっき恨みノートに書いた朱理への不満を綴った文章だった。サイトの仕様から言語は自動検出され、即座にその隣の翻訳枠に英訳された文章が並んだ。

「ちゃんとコピーされてなかったのかな? 失敗失敗」

 恐らくボタンの押し間違いだろう。希美は一旦入力枠内の文章を全削除し、改めて翻訳元のサイトのアドレスをしっかりとボタンを押してコピーし、翻訳サイトに貼り付けた。今度はちゃんとサイトが翻訳され、読みたかった文章が並んだ。希美はじっくりと時間をかけて読み、その中から必要な情報を選んで卒論の参考にして執筆を進めた。



 ──この時は、ほんの些細な失敗と思い、希美は気にも留めていなかったのだが。



 翌日。

 大学の午前中の講義に出席した希美は、講義室に入ったときからその違和感に気づいた。

「…………?」

 講義室のみんなが、希美の顔を見た途端、目を逸らしたり、ひそひそと耳打ちしたりしているのだ。なんか変な格好してるかな? と服装を確認するが、別におかしなところは無い。まあいいか、と、思い、改めて室内を見回す。座席の中ほどの段に、よく一緒に講義を受ける子たちのグループを発見したので、「おはよー」と、笑顔で手を振りながら近づいた。

 ──え?

 希美が近づくと、その子たちは机に広げていた筆記用具やスマホなどを片づけ、無言で席を立った。そして、希美から遠く離れた席に改めて座る。追いかけてもう一度声をかけるような雰囲気ではなさそうなので、希美はそのまま席に着いた。しばらくして講義が始まったが、希美の周りには誰もおらず、真ん中にぽっかり穴が空いて、そこに一人座っているという状態になっていた。

 ──あれ? あたし、ハブられてる?

 そう悟った。スマホを取り出してメッセージアプリのライーンを起動すると、大学メンバーの全てのグループライーンで、《管理者があなたを強制退会させました。》と表示された。どうやら間違いなさそうだ。

 ──ま、別にいいけどね。

 希美は肩をすくめた後、スマホをしまって講義に集中する。中学や高校と違い、大学で知り合った子はそれほど仲が良いわけではない。大学内で一人でいたら、周りから「可哀想な子」とか思わそうで、それがイヤだったから形だけ付き合っていたにすぎない。ハブられた原因にはまるで心当たりは無いが、切られたところで別にどうということもない。どうせ半年もせず卒業なので、気にしないでいいだろう。希美はそう思っていた。

 だが、講義が終わり、お昼になったので学食でランチを食べていると、またトラブルが起こった。

「──あんたが巌刈希美だよね?」

 学食の隅の方で目立たないように食べていたのに、突然女子七人に取り囲まれたのだ。名前は知らないが、全員に見覚えがあった。希美とは別の学部に通う朱理の友達──というよりは、彼女の取り巻き連中と言った方がいいだろう。美少女から美女に進化した朱理は、大学内でも何かと話題で、まるでお姫様のような扱いを受けている。その人気のおこぼれにあずかろうと近寄って行く連中は数知れず、この七人は、その中でも親衛隊を気取っている連中だ。

 希美は箸を置き、声をかけてきたリーダーっぽい女を見た。「そうだけど、なに?」

「これ? あんたが書いたんだよね?」

 リーダーっぽい女はスマホを取り出してテーブルの上に置いた。画面に映っていたのは『noto』という最近話題のサイトだ。文章や画像・動画など、多様なコンテンツ記事を投稿できるSNSである。記事のタイトルは『Aの悪行の数々』となっており、投稿者の名前は『希美』となっていた。

「──え!?」

 思わず声が出た。見覚えがある──あり過ぎるタイトルと名前だった。リーダー女がスクロールして本文を表示させた。

《20xx/xx/24 大学/学食 希美・歩希・朱理 学食で歩希と朱理がお弁当を食べているのを見かけた。朱理は「手作り弁当」とか言ってたが、スーパーの惣菜か冷凍食品を詰め込んだだけに決まっている……》

 その内容も、昨日の夜希美が書いたそのままである。さっき講義室でハブられたのはこれが原因だろうか? しかし、なぜこれがネット上に? 希美もSNSはやっているが、ライーン以外ではツブヤイターとインスタントグラムだけだ。それも最近は芸能人や著名人の投稿を見るだけで、発信はもう何年もしていない。『noto』に関してはアカウントさえ持っていなかった。だから、希美が投稿したものではない。では、なぜ?

 ────。

 はっと気がついた。昨日の夜、パソコンで卒論を書いているときに、翻訳サイトに間違えてこの文章を貼り付けてしまった。文章は即座に翻訳されたから、サイトに記録されたはずだ。もしかしたら、あそこから流出したのだろうか?

「あんたが書いたのか? って聞いてるの」リーダー女は詰め寄るように訊いて来る。

「ち……違う……これはあたしじゃ……」

 あたしじゃない、と言い切ることはできなかった。実際、書いたことは間違いないのだから。

「怪しいわね。違うって言うのなら、証拠を見せなさいよ? スマホ出して」

「そ……それは……」

 希美は言い淀んだ。見せることはできない。スマホには昨日書いたあの文章をパソコンから転送している。サイトに投稿したのは断じて自分ではないが、あれを見られたらどう言おうと信じてもらえないだろう。

「あんたじゃないって言うんなら見せられるでしょ? さあ、早く出しなさいよ」

 リーダー女の言葉に応じるかのように、別の女──取り巻きAが、隣の椅子に置いていた希美のカバンを開け、勝手に中を探りはじめた。

「ちょっと! やめて! 勝手に触らないで!」

 希美はカバンを取り返そうとしたが、取り巻きBとCに腕を掴まれ、身動きが取れなくなった。リーダー女と取り巻きAは、希美のカバンの中からスマホを取り出して起動する。もちろんロックはしてあるので、すぐに中を見ることはできない。ただ、ロックの解除は指紋認証にしていた。

 リーダー女が顎をくいっと動かして取り巻き達に指示を出す。希美の右腕を掴んでいた取り巻きBが、手を強引に机の上にのせる。希美は拳を握って抵抗する。それを無理矢理開かせようとする取り巻きたち。相手は人数も多く、力ではかなわない。人差し指を立てさせられた。そのままスマホに認証させられそうになったとき。

「ちょっとあなたたち! なにしてるの!!」

 食堂に声が響いた。声がした方を見ると、出入口に朱理が立っていた。朱理は取り巻きに押さえつけられている希美の姿を見て、怒った顔で走ってきた。

 朱理は取り巻き連中を押しのけ、希美をかばうように間に立った。希美は解放され、朱理の後ろに隠れる格好になる。朱理は取り巻き連中を見回し、声を荒らげる。

「これはどういうこと!? なんでこんなことするの!?」

 その剣幕にABCたちはバツが悪そうに目を逸らしたが、リーダー女は不服そうな目を返し、希美を指さして言う。

「あの記事、書いたはこの子で間違いないよ。それを確かめようとしてるの」

「違うの」と、希美は言った。「あれはあたしじゃなくて……その……書いたのは……」

 その先を言い淀んでいると、朱理は。

「希美は親友なの! あたしに対してあんな卑劣なことするワケないでしょ!!」

 食堂中に響くほどの声で、取り巻き連中を一喝した。

 そして、希美を振り返り。

「そうだよね? 希美」

 希美の目を真っ直ぐに見て、優しい声で訊いた。

 希美は。

「……う、うん」

 どうにか頷いた。

 朱理はまた取り巻き連中に目を向ける。「ほら、希美もこう言ってる。それに、希美がやったんなら、わざわざ自分の名前をハッキリ書くわけないでしょ! こんなの、誰かが希美を陥れようとしてるに決まってるじゃない! そんなことも判らないの!?」

 取り巻き連中は顔を見合わせる。リーダー女はまだ不服そうな顔をしているが、これ以上朱理を怒らせたくないのだろう、「……ごめん」と、小さな声で謝った。他の取り巻き達も同様に謝る。

「あたしじゃなくて希美に謝って。ほら、早く!」

 朱理がそう言うと、取り巻き連中はさらに不服そうな表情になったが、それでも一応、「すみませんでした」と頭を下げた。そして、ぞろぞろと食堂を出て行った。

「ホント、ゴメンね希美」

 取り巻き連中がいなくなり、朱理は改めて希美に彼女たちの行動を詫びた。

「あたしは、希美があんなことする人じゃないって信じてるから、安心してね」

 自慢の笑顔を浮かべる朱理に、希美は、「うん……ありがとう……」と言って、どうにか笑顔を作った。

「じゃあ、あたしも行くね。今度また、どこか心霊スポット行こうね、歩希も一緒に」

 朱理は手を振りながら去っていく。希美も手を振り返し、そして、朱理の姿が見えなくなったところで──大きく舌打ちをした。



 部屋に帰り、なにが起こったのかを、希美なりに調べてみた。

 すぐに判ったのは、希美が使った翻訳サイトに投稿した文章は、翻訳のプログラムや、その企業が開発・提供しているAIシステムの学習に使われる可能性がある、ということだった。これは、それぞれのサイトの利用規約に、ひっそりと書かれていた。

 つまり、希美が間違って入力してしまったあの文章が流出してしまった可能性はあるのだ。

 それを誰かが拾い、SNSに投稿した──そう考えることも、できなくはない。

 しかし。

 あの翻訳サイトは業界最大手で、世界中で活用されているものである。恐らく、一日に何億、何十億、あるいはそれ以上の膨大なデータが集まっているはずだ。それは、例えるなら広大な太平洋に家のゴミ箱の中身をまき散らしてしまったようなものだろう。それを全て拾い上げ、すぐに朱理たちの目に留まるところに投稿する──そんなことがあるだろうか?

 それよりは。

 誰かがなんらかの方法で希美のパソコンやスマホに侵入し、恨みノートの内容を盗み出した可能性の方が高いのではないだろうか?

 その方法ならいくらでも考えられる。ハッキングとかクラッキングとかいう方法を用いてネット経由で侵入したか、希美の部屋に直接侵入したか、大学でちょっと目を離した隙に見られたか。

 もちろん、希美もネットセキュリティや部屋の鍵かけ、パソコン・スマホのロックなどはしてある。ただ、そういったデジタルなことに詳しいわけではないので、万全だったとは言えない。

 では、一体誰が、希美のパソコン、あるいは部屋に、侵入したのだろうか?

 希美は思う、ハッキリ言って、そんなことはどうでもいい、と。

 誰かが希美を陥れようとしている……そうだとして、それがなんだ? すでに希美は、多くのものを失っている。一番大切だったもの──ずっとそばにいてくれると思っていたものでさえ、朱理のせいで離れて行った。これ以上何を失おうと、大した問題ではない。

 それより問題なのは。

 あの時の朱理──取り巻き連中を追い払い、希美に向かって、「あたしは、希美があんなことする人じゃないって信じてるから、安心してね」と言った時の、朱理の目。


 ──こんなくだらない方法でしか仕返しできないなんて、可哀想な子。


 朱理は明らかにそういう目をしていた。それを思い出すと、希美の腹の奥で、どす黒い感情がふつふつと沸き立つ。あの時、朱理は明らかに見下していた。それが許せない。歩希を奪われ、友達も奪われ、その上、さらにみんなで笑いものにしようとしている。許せない、絶対に。

 その感情は、もう恨みノートを書くだけでは抑えられないほどになっていた。やがて希美の中から流れ出て、爆発するだろう。

 恐らくそれは、そう遠い日のことではない。




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