【短編ホラー集】怪忌31.悪意が集う夜/E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末
E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末
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31.悪意が集う夜
希美たちが通っている小学校では、四年生以上を対象に、毎年秋に『防災キャンプ』というもの行っている。これは、地震や大雨などの災害時を想定し、小学校で避難所の疑似体験をするというものだ。実際の災害時同様、ガス・水道・電気などのライフラインは極力使わず、一晩学校で過ごすのである。
キャンプは避難訓練から始まり、火おこしやロープワークなどの防災スキルや簡易トイレの設置法などを学び(さすがに本当に用を足すときは学校のトイレを使うが)、夜にはアルファ化米や乾パン・缶詰などの防災食品を食べるのだ。
そして、夜は学校にお泊りする。これも災害時を想定し、体育館に段ボールなどのパーテーションを立ててスペースを作り、あるいは校庭にテントを張り、そこに布団や寝袋を持ち込んでみんなで一晩過ごすのである。これが修学旅行や自然学校の夜のようで、希美たちは毎年楽しみにしているのだった。
☆
「──そっか。遥ちゃん、春には引っ越しちゃうのか。寂しくなるね」
「うん。お父さんのお仕事の都合で、東京に行くことになったの。だから、向こうの中学に通うことになるんだ」
「でも、三月の卒業式まではこっちにいるんでしょ? まだ時間はあるし、たくさん思い出作ろうね」
「うん、ありがとう、みんな」
体育館の段ボールで区切られた一角で、希美は、班のメンバーである汐音・楓・遥・優子たちと一緒に、布団や寝袋にくるまっておしゃべりをしていた。災害時の停電を想定し、体育館の照明は消されてある。明かりは、昼間みんなで作ったペットボトルと懐中電灯を組み合わせた即席ランタンだけだ。そんな状況だから、なんだかこのメンバーだけの秘密の話をしているようでワクワクする。
「それで、遥ちゃん。引っ越しの前に、好きな子に告白とかするの?」
楓がニヤニヤしながら訊いた。希美たちも思わず身を乗り出して遥の答えを待つ。こういった恋バナこそが、夜のお喋り最大の楽しみである。ちなみに歩希や裕太たち男子は校庭のテントで寝泊まりするので、話を聞かれることはない。
遥は少し困った顔になって、「ええ? しないよー」と言った。「ていうか、好きな子とか、いないもん」
すると、隣の優子が、遥の肩をぽん、と叩いた。「またまたそんなこと言ってー? 遥ちゃんって、いっつも歩希くんのこと見てるじゃん。あれは違うの?」
それを聞いて、楓と汐音は「えぇ?」と目を丸くする。意外な名前が出てきて、なんだか嬉しそうだ。希美も驚いたが、汐音たちと違い、ちょっと複雑な気持ちだ。
「ちょっと! 優子ちゃん! なに言うのよ」遥は薄暗い中でもはっきりとわかるほど顔が真っ赤になった。そして、みんなに向かって両手を振りながら否定する。「違うよ? そんな、好きとかじゃなくて……その、カッコイイなぁ、とは思うけど」
「好きなんじゃん」
「だから違うってば!」
ニンマリする優子の肩を遥は叩き返し、そんなやりとりが面白くて、六人みんなで笑った。
「でも、気持ちはわかるよ」と、汐音が言った。「歩希くんって、女子から人気だよね。好きっていう子、結構多いもん」
それを聞いた楓は、「そうなんだ」と頷いた後、イジワルそうな目を希美に向けた。「希美ちゃん、これは、うかうかしてられないかもよ?」
「あ、あたしと歩希くんは、ただの幼馴染で、別にそんなんじゃないから」希美はいつもの言い分で否定した。
「楓ちゃんこそどうなのよ?」今度は遥イジワルそうな目をする。「裕太くんだって、結構女子からモテる方だと思うけど?」
「はあ? なんで裕太の名前が出てくるの? あたしはあんなヤツ、全然タイプじゃありません」
「でも、いっつも一緒にいるじゃない」と、優子。
「アイツがただくっついて来るだけだよ。まあ、怖い話とか、テレビや映画の話とか、結構話は合う方だけど」
「好きなんじゃん」
「だから違うって、勘弁してよ」
心底イヤそうな顔をする楓。それが演技なのか本気なのかは判らないが、とにかくその様子がおかしいので、みんなでまた笑った。歩希の名前が出てくるといろんな意味でドキドキするが、それも含めて、やはりこういった恋の話は楽しい。六人全員で笑って、また別の男の子の話になる。
──え? 六人?
不意に、希美はその違和感に気がついた。
希美たちの班は、希美・汐音・楓・遥・優子の五人だ。しかし、いまこの場にいるのは六人。いつの間にか、一人増えている。
その子は、汐音と楓の間に、うつ伏せになって寝そべっていた。前髪が長く、目元が隠れていて顔はハッキリ見えないが、恐らく知らない子だ。いつからそこにいたのかは判らない。いつの間にかそこにいて、でも一言もしゃべることは無く、ただ口元に笑みを浮かべている。
「裕太で思い出したけどさあ──」と、楓は隣のその子を気にする様子もなく話す。「最近、沙織が裕太に色目使ってるよね?」
楓がそう言うと、汐音が「ああ、それ、あたしも思った」と言って頷いた。楓同様、汐音も隣のその子のことには触れない。遥と優子も同じだ。希美以外、誰ものその子のことを気にしていない。誰かの友達なのだろうか? 体育館内の電気は消されているが、それは災害時の停電を想定しているだけで、まだ就寝時間という訳ではない。時間は夜九時、就寝時間は十時だ。それまでは自由時間だから、別の班の子がいても別段構わないのだ。誰も何も言わない以上、誰かの友達なのだろう。希美はそう思うことにした。
遥が話を続ける。「沙織ってさあ、最近、洋服とか鞄とか、オシャレぶって自慢してくるけど、あれ、全部お姉ちゃんのおさがりみたいだよ?」
その話に、優子が「ええ? だっさーい」と言って笑った。「そんなんで調子に乗ってたんだ。マジウケるね」
……みんなどうしたのだろう? 沙織はクラスメイトで、家が離れているからあまり遊ぶことはないが、楓も遥も優子も、仲は悪くないはずだ。なのに、そんな悪口みたいなことを言ったりするなんて、信じられない。
「それよりさあ──」
と、汐音が少し怖い声で言った。三人の悪口を注意してくれるだろう……と思ったら。
「調子に乗ってるって言ったら、広美もじゃない? この前テストで百点取って先生に褒められてたけど、ありえなくない? 絶対カンニングしてるよ」
さらに信じられないことに、汐音までクラスメイトの悪口を言い始めた。汐音はクラス委員長を務めている。真面目で曲がったことが大嫌い。そんな性格だから、陰で悪口を言ったりするのは許せないはずだ。なのに、みんなを注意するどころか、自分も悪口を言うなんて、絶対におかしい。
「それを言うなら、汐音も同じじゃん」楓がヘラヘラとイヤな笑みを浮かべながら言う。「一年の頃からずっと成績優秀って言われてるけど、あんたこそカンニングしてるんじゃないの?」
「そう言う楓は、むしろカンニングした方がいいんじゃない?」今度は遥だ。「あんな成績じゃ、親も恥ずかしいでしょ?」
「あんたこそ何いい気になってんのよ」と、優子も続く。「読書感想文で賞を貰ったからって、なに? もう何年も前の話じゃん。あれ、いつまで自慢してるつもりなの? いい加減ウザいんだけど」
悪口はどんどんエスカレートし、やがてお互いをののしりはじめた。このままではケンカになる。止めないと。
「……ちょっとみんな、やめなよ。もっと、楽しい話をしようよ、ね?」
希美がそう言うと、楓たちは、一斉に希美に目を向けた。
「……ていうか、希美が一番調子に乗ってるよね?」楓が、みんなに同意を求めるように言った。
ドキリとした。楓からそんなことを言われるなんて、思ってもみなかった。
「え……何のこと……? あたし、なにも調子に乗ってなんかないよ?」
「乗ってるじゃない」汐音も同じように言う。「さっきからずっと黙って聞いてるだけだけど、それって、『あたしは他の子の悪口なんて言わない良い子』ってアピールなんでしょ? そうやってあたしたちを内心見下してるんだよね? あんたのそういうとこ、前から気に入らなかったのよ」
「そんな……あたし、そんなこと思ってない……もちろん、悪口を言うのは良くないって思うけど、みんなのこと見下してなんかないよ?」
希美は必死で否定をするが、その言葉は誰にも届かない。
「霊感があるってアピールするのも、いい加減ウザいよね?」楓がまたみんなに同意を求めるように言う。「それしか取り柄がないのは判るけどさ、こっちにしてみたら、『だから何?』って思うワケ。幽霊が見えるのがそんなに偉いの? 何もできないでただ怖がってるだけのくせに、なんの意味があるのよ?」
「そんな……楓ちゃん、それ、ヒドイよ。あたし、好きで霊感があるわけじゃないし、むしろ、たくさん怖い目に遭って、ホントに困ってるんだから」
「歩希くんのことだってそうよ」と、遥も言う。「ただ隣の家同士だからって、絆があるって思いこんでるでしょ? バカじゃないの? そんなの、あなたが勝手にそう思ってるだけよ。向こうはなんとも思ってないのにね」
「そんな……そんなことない! 歩希くんは、いっつもあたしのことを心配してくれるし、ホントに危ない時には守ってくれるし……だから……」
「乃愛ちゃんも可哀想だよね、あんたみたいな口うるさいお姉ちゃんを持って」優子もみんなに続く。「あんたのせいで、すっかりひねくれた子になっちゃったじゃない。前も町中で、言うこと聞かないからってほったらかしにして、あげく乃愛ちゃんは迷子になって、大泣きしてた。あれ、ホントに可哀想だったよ。ママが生きていれば、こんなことにならなかったのに」
「……ママのこと言うなんて、優子ちゃんヒドイよ! あたしだってママにいてほしかった、でも、もうママはいないし、パパはお仕事で忙しいし、あたしが乃愛を叱るしかないじゃない! それは……あの時の迷子のことは、あたしが悪かったって思ってるけど……でも、乃愛には謝って仲直りしたし、もうあんなことはしないもん!」
希美は、いつの間にか涙を流していた。言われたことが悔しいのではない。ずっと友達だと思っていたみんなが、大好きなみんなが、互いに傷つけあうことを言っているのが悲しかった。
「うわ、出た。泣いて被害者ぶるヤツ。そうやって、『あたしは可哀想な子』ってアピールしてるんでしょ? そういうところが調子に乗ってるって言ってるの。いい加減気づけよ」
「そういうとこ、ホント性格歪んでると思うわ。幽霊ばっかり見てると、こんなにひねくれた子になっちゃうんだね。ほら、後ろ見てみな? 今あんたの死んだママが、『恥ずかしい子』って、泣いてるよ?」
「今も心の中で『歩希くん助けてー』とか思ってるんでしょ? 歩希くんも可哀想。こんな重たい子に付きまとわれて、ホントいい迷惑だろうね」
「不幸な自分に酔ってるんだよ。ママが死んで、妹の面倒見て、みんなからいろいろ言われても言い返さないあたし偉いでしょ? って思ってるのが見え見えなんだよ。そういうところがいちばんムカツクの」
希美は、涙を流しながら、それ以上何も言い返すことができず、ただ黙ってうつむく。楓たちは、さらに悪口を言い合う。希美のことだけでなく、みんなのことも、家族のことも。それに対し、なにも言えない自分が情けなくて、腹立たしくて、希美は泣き続ける。
みんなが言ってることは間違いではない。
みんなが悪口を言い出しても、ケンカをしても、それを注意したり止めたりする勇気が無いことは否定できない。霊感なんてなんの自慢にもならないのに、それでみんなから注目されるのが嬉しかったことは否定できない。お隣の歩希には頼りっきりで、今も助けに来てくれるんじゃないかって思っていることは否定できない。ママが生きていれば、妹はもっと素直な子に育っていた可能性は否定できない。
「やっぱり調子に乗ってるよね」汐音が言う。
「うん、乗ってる」楓が頷く。
「あはは、いい気味」遥が笑う。
「ホントイラつく」優子が不快感をあらわにする。
…………。
……違う。
「……違う!!」
叫んだ。顔を上げた。楓たちがまたこっちを見て、何か言おうとしたが、その前に。
「あなたは誰!!」
汐音と楓の間にいる子を指さした。
いつの間にかまぎれ込み、ずっと笑っていた子。今も、みんなが悪口を言い合うのを見て、笑っている子。誰かの友達だと思っていたが、やはり、明らかにおかしい。
みんなの言うことは間違いではない。自分には何のとりえもないし、霊感なんてなんの役にも立たないし、歩希に頼りっぱなしだし、妹に対して良い姉だったとは言えない。
それでも。
汐音も、楓も、遥も、優子も、みんな大切な友達だ。
誰かを傷つけること平気で言うなんて、それで笑ってるなんて、絶対にありえない。
全てこの子が原因だ。そうとしか思えない。
「あんたなんか知らない! あんたはここにいるべき子じゃない! 消えて! ここから出て行って!!」
ハッキリとそう告げた。自分でも驚くほど、明確にその子の存在を否定した。
自分一人が言葉で貶められるのは我慢できる。その通りだから。
でも、大切な友達に、誰かを貶める言葉を強制的に言わせているのだとしたら、それは絶対に我慢できない。
「消えて! 今すぐ!!」
もう一度、ハッキリと、その子に告げた。
その子が顔を上げた。前髪に隠れていた目があらわになる。目を細め、唇の両端を上げ、歯を見せて、にたりと笑う。
そして──そのまま闇に溶けるように消えた。
☆
「──どうしたの希美ちゃん!? 突然大きな声出して!?」
汐音に両肩を掴まれ、希美は我に返った。即席ランタンの明かりはいつの間にか消されていて、体育館内は、非常口を示すわずかな明かりだけだった。
「もしかして、怖い夢でも見た?」楓も心配そうな口調で言い、枕元のランタンを付けた。「それとも、本物の幽霊が出たの? 大丈夫だよ。みんな、そばにいるから」
「歩希くん、呼んでこようか?」遥も起き出して言う。「大丈夫だよ、こんな時間だけど、歩希くんなら、希美ちゃんのために飛んで来てくれるよ」
「乃愛ちゃんのことが心配なの?」優子も優しく声をかけてくれる。「今日はお父さんがちゃんと面倒見てくれてるから、心配ないよ。歩希くんの両親も気にかけてくれてるみたいだから、安心して」
「え……? みんな……。あれ……?」
なにが起こったのか判らなくて、希美は何度も瞬きをする。枕元の時計を見ると、深夜〇時を回ったところだ。いつの間にか、就寝時間を過ぎている。
「……えっと……汐音ちゃん、楓ちゃん。隣にいた子、どこに行ったの?」
希美がそう訊くと、二人は、「隣? 誰のこと?」と、揃って首をかしげた。
そんな子は知らない、と言う。
──夢……だったの?
判らない。夢だったのかもしれないが、そうとは思えない確かな現実味も、ある。
「やっぱり怖い夢を見たの? それとも、幽霊が出た? 話してくれるなら、聞くよ?」
みんな、心から心配してくれる。
だから、いまで起きた出来事を話した。夢なのか、現実だったのか、自分では判断できないが、とにかくみんなに聞いてほしかった。
「そんなこと、あたしたちが言うわけないよ!!」
話をすると、汐音が即座に否定し、そして、「ねえ、みんな」と、楓たちに同意を求めた。他の三人も、「当たり前だよ!」と頷く。
「希美ちゃんは、確かにクラスじゃ目立たない方かもしれない。でも、自分を飾らず、偽らず、正直な人だと思う。それってとっても素敵なことだよ。希美ちゃんは、ちゃんと自分自身を持ってるんだよ」
「幽霊が見えたり、声が聞こえたりするのって、希美ちゃんが優しいからじゃないかな? 霊感があるってことは、この世界に取り残された人たちの、悲しみや無念の声を聞くことができるってことだから。それって、ホントにカッコイイと思うよ」
「お隣さんだとか、幼馴染だとか、そんなこと、たぶん歩希くんには関係ないと思う。希美ちゃんが希美ちゃんだから、歩希くんはそばにいてくれるんだよ。本当のことを言うとね、あたし、それがとってもうらやましい」
「希美ちゃんだってやりたいことがたくさんあるはずなのに、それを我慢して小さな妹の面倒を見てるんだから、ホントに立派だと思う。でも、困ったときはいつでもあたしたちに言ってね? できることは、なんでもするから」
汐音が、楓が、遥が、優子が。
みんな、優しい言葉をかけてくれる。
希美はまた涙を流した。今度は悲しみの涙ではない。大好きな人たちがそばにいてくれる。その人たちが、自分のことを認めてくれている。それが嬉しくて、そのことに安心して、自然と溢れ出た涙。
「……うん……うん! ありがとうみんな! ごめんね、変な夢見て。みんなが悪口言うなんて、絶対にありえないのにね。ありがとう……本当にありがとう! みんな大好きだよ!!」
希美は、心の底から出た言葉を、みんなに伝えた。
「いや、夢なんだから、謝ることは無いと思うけど、ねえ?」
汐音が楓たちに言って、みんな「そうそう」と言って笑った。
希美たちは布団や寝袋へ戻る。ランプを消し、周囲がまた暗くなった後、希美は汐音や楓たちの方に身を寄せた。
「ちょっと、希美ちゃん。そんなにくっついたら、狭いよ」楓が嫌がりながらも嬉しそうに言う。
「イイじゃんイイじゃん。ほら、遥ちゃんも優子ちゃんも、もっとこっちにおいでよ」
「えへへ、そうだね」
遥たちも寄ってくる。段ボールで仕切ったスペースは、五人がゆったり眠れるくらいの広さはあるが、あえて一ヶ所に集まったことで、すし詰め状態になってしまった。でも、今はそれが良い。
──おやすみ、みんな。大好きだよ。
希美たちは、再び眠りの世界へ落ちていった。
