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【短編ホラー集】怪忌29.マップビューに写る者/E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末

E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末


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29.マップビューに写る者

 ──えへへ、どこかに歩希が写ってたりしないかなー。


 部屋のベッドに横になり、希美はタブレットでマップビューの画像を見ていた。マップビューとは、検索サイトや各種オンラインサービスなどで世界的に有名な企業が提供している地図サービスである。地図や航空写真で目的の場所をタップすると、道路沿いの風景を三六〇度のパノラマ写真で閲覧できるものだ。パノラマ写真を表示したまま移動することも可能で、それが最大の魅力と言えるだろう。家に居ながら町を散策しているような気分になれるし、観光地などを見ればちょっとした旅行気分を味わうことができるのだ。

 このマップビューは、驚くべきことに日本のほぼすべての主要道路を網羅しているという。希美が住む伊吹市は山間部にあるどちらかと言えば田舎の都市だが、中心部はもちろん、東西南北の地域にあるほぼすべての道がカバーされているようだ。当然、希美の家の周りも見ることができる。

 希美はタブレットを操作し、家の周辺を表示した。本来は、明日行われる野外生物学実習の下調べで高里山の周辺を見ていたのだが、いつの間にかその目的を忘れ、特に意味もなく自分の家の周辺を見始めてしまったのである。

 近所の公園からはじめ、画面をタップしつつ、少しずつ歩希の家に近づいていく。タップするたびに『うにょん』という感じで画面が書き換えられていく。

 ──歩希、毎日ここを通って家に帰ってるんだよね。

 そう考えると、移動時の『うにょん』は、『きゅん♪』という感じにも思えてくる。まあ、希美と歩希の家は隣同士だし通っている高校も同じだから帰り道は一緒なのだが、こうして歩希の家に向かっていると、なんだか彼の生活を覗き見しているようでドキドキする。

 残念ながら画像に歩希らしき姿は確認できないまま、彼の家の前まで着いてしまった。ま、そうそう写っているはずもないか、と思いつつ、今度は歩希の家をアップにしてみた。玄関先に歩希の自転車が置いてあるので、ひょっとしたら家にいるのかもしれない。

 希美は二階の歩希の部屋を見ようと、マップを移動させた。『きゅん♪』と画面が流れ、隣の希美の家の門の前まで移動した。歩希の部屋は隣り合った希美の部屋の窓を開けたすぐ正面だ。道は挟んでいないので、玄関先の道から見なければならない。

 しかし、いまの位置からは陰になって歩希の部屋は見えなかった。もう少し戻らなければ、と思ってまたタップするが、歩希の家の玄関前まで戻ってしまう。もう一度タップすると、また希美の家の玄関前へ。この中間あたりに止まりたいのだが、画像が無いのだろう、何度タップしても止まることはできなかった。歩希の家の玄関前からは希美の部屋が見えるが、希美の家の玄関前からは歩希の部屋は見えない。なんとももどかしい状況だ。

 ──って、あたし、なにしてるんだろう。こんなことしてるの歩希に見られたら、気持ち悪がられるよね。

 希美は苦笑いをする。歩希の部屋は、窓を開ければすぐそこだ。カーテンは閉めているが、なんらかの拍子に隙間から見えてしまう可能性もないわけではない。希美は本来の目的である高里山周辺の下調べに戻ろうとした。

 ──あれ?

 画面を高里山まで戻そうとして、希美は、画面の奥の方、ちょうど希美の家の角の辺りに、男の人が写っていることに気がついた。道端に立ち、希美の家を見ている。お父さんだろうか? そう思ったが、父親よりも体格が大きいように思う。ただの通りすがりの人の可能性は低いだろう。その男は、明らかに、希美の家を見ているのだ。お客さんか、それとも……。

 希美は、タップして画面を進ませた。『うにょん』と、画面が書き変えられる。

 ────!

 声が出そうになり、思わず口を押える。

 さっきの男が、希美の家の塀を乗り越えようとしていた。

 男の姿を拡大する。茶色のパーカーに黒のズボン、グレーのハンチング帽。顔はボカシをかけられているのではっきりとは見えないが、サングラスにマスクをつけているように見える。

 ──え? 泥棒?

 息を飲む希美。キャッチボールなどをしていて庭に入ってしまったボールを取ろうとしている……そんな可能性も考えてみたが、それはまず無いだろうし、そうだとしても不法侵入しようとしていることに変わりはない。どうしよう? 少し迷ったが、希美は画面をさらに進めた。さっきまでは『うにょん』や『きゅん』だったのが、いまは『どろり……』という粘っこさを感じる。世界が溶けかけ、溶ける前に固まり直す、そんな感覚。

 男は家の庭に降り立っていた。いったい、何が目的なのか。さらに画面を進める。男は庭を物色しているように見えた。さらに移動。男も庭の奥に移動している。さらに画面を移動させる。男は、家の一階の上部にある小さな窓を見上げていた。

 希美の心臓が、どくんと大きく血液を送り出す。男が見上げているのは、お風呂の窓だった。

 ごくり、と喉を鳴らす。大丈夫、と自分に言い聞かす。画像は、明るい時間帯だ。正確な時間は判らないが、希美も乃愛も、お風呂はたいてい夜に入る。明るい時間帯に入っている可能性は低い。何より、ちゃんと窓は閉まっているのだ。窓には面格子もついているので、覗いたり侵入したりはできない。

 それでも、安心はできない。希美は、さらに画面を進めた。

 男の姿は、次の画面には無かった。

 念のため、さらに画面を進め、家が見えなくなるところまで見てみたが、それ以上男の姿は確認できなかった。希美はホッと胸をなでおろす。とりあえず、居なくなってくれて良かった。

 安心したところで、希美はようやく気がついた。考えてみたら、これはリアルタイムの画像ではない。今まさにあの男が侵入しようとしているわけではないのだ。撮影された日付は画面に表示されている。それによると、約三年前の画像だった。

 緊急性が無いことは幸いだったが、このままにしておいてよいのだろうか? 警察に通報する? 三年前でも大丈夫だろうか? 記憶を探るが、そのころ泥棒や空き巣に入られたというようなこともない。もちろん、被害が無かったから良いということでもないだろう。希美一人では判断できそうにない。

 その時、こつん、と、部屋の窓が鳴った。外から小石が投げられたような音。歩希だろうか? 窓を開けたすぐ正面は歩希の部屋だ。昔から、彼とは窓越しによく話をしていた。しかし、高校に入った辺りから、歩希はそういうことを恥ずかしがるようになり、最近はあまり窓越しに話をしていない。なんだか久しぶりだな。希美はマップビューの男のことなんてすっかり忘れ、ウキウキしながらカーテンを開けた。

 男が、窓に張り付いていた。

 茶色のパーカーに黒のズボン、グレーのハンチング帽、サングラスとマスク──マップビューに写る男と同じ格好だ。

 希美は凍りついたまま、窓に張り付いた男を見つめる。

 男の右手が動いた。サングラスとマスクを撮る。じっとりとした粘着性のある視線で希美をなめまわす。そして、黄ばんだ汚らしい歯を見せて、にたりと笑った。

 希美は悲鳴を上げ、部屋から飛び出した。




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