【短編ホラー集】怪忌28.丑の刻の出来事/E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末
E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末
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28.丑の刻の出来事
県外の大学に進学した汐音が冬休みを利用して帰って来たので、希美は楓を呼び、部屋で女子会をすることにした。今日は一人暮らしをしているマンションではなく、希美の実家の部屋に集まる。その方が楓や汐音の家から近く、集まりやすいのだ。
家が近所なので子どもの頃から仲良く遊んでいた三人は、中学卒業後に高校が別々になっても頻繁に会っていた。しかし、高校卒業後、汐音は県外の大学へ進学し、希美は家を出て大学近くのマンションで一人暮らしをはじめたため、会う機会は一気に減ってしまった。希美と楓は市内の大学と専門学校なので車を使えばすぐに会えるのだが、以前のように近所で偶然会うということはどうしても無くなってしまう。まして、三人揃うのは今日のように汐音が帰省する時期だけだ。
もちろん、だからと言って関係が壊れたりすることは無く、会えば今までどおりの仲だ。三人とも二十歳になったので、お酒も飲めるようになった。この三人で飲み会をするのは初めてだった。
「希美の実家の部屋ってひさしぶりだね。物は減ったけど、それ以外は変わらないね」
近所のスーパーで買ってきたお酒やお菓子などをテーブルに広げながら、楓が部屋を見回して言った。楓は希美が一人暮らしをしているマンションにも何度か来ているが、実家のこの部屋に来るのは中学生以来だろう。呼ばなかった理由はふたつある。ひとつは、家族の存在──特に母親との関係がいろいろとややこしくなっていること。そして、もうひとつが──。
「ねえ、その窓開けると、すぐそこが歩希くんの部屋なんだよね?」楓がカーテンで閉ざされた窓を指さして言った。「歩希くん、いるかな? ちょっと声かけてみてもいい? 久しぶりに顔見たいし」
「あー、えーっと……それはちょっと、どうだろう?」
希美は曖昧に笑って答える。本音を言えば、あまり声をかけたくはない。今日は女子会だから、というのはもちろんあるが、それ以上に、恐れていることがある。
「いいじゃん、せっかく汐音が帰って来てるんだし」
楓はそう言って、カーテンを開け、窓も開けた。歩希の部屋のカーテンは閉まっているが、明かりは点いている。恐らくいるだろう。
「おーい、歩希くーん、居るー? やっほー、楓ちゃんだよー。汐音も久しぶりに帰って来てるよー」
楓が窓越しに呼びかけると、しばらくして歩希の部屋のカーテンが開いた。そして、窓も開く。
すると。
「ああ! あんた! なんてことを!!」
楓は歩希の部屋を指さして大声を上げた。歩希の部屋には朱理がいた。
「ちょっと歩希くん! あんた、恋人の隣の部屋なのに、堂々と女連れ込んで浮気するなんて、どういうこと!?」
いまにも部屋に乗り込んでいきそうな楓に、希美は「ちょっと楓、やめなよ」と、袖を引いて止める。
「楓、久しぶりだな。ってか、浮気ってなんのことだよ」歩希は、何言ってんだコイツ、と言わんばかりの目を向ける。
「とぼけんな! あんた、希美というカノジョがいながら、よくもそんな美女と……うわ、めっちゃ綺麗」
楓は朱理の美少女ぶりに驚いてたじたじになる。高校一年の秋に転校して来たときから『モデルみたいな美少女』と言われた朱理は、高校卒業後、その美しさにさらに磨きをかけていた。特に二十歳を迎えて以降は大人の色気を漂わせるようになり、同性でも思わず見とれてしまう魅力がある。
朱理は歩希のそばに立つと、「こんばんは」と楓に向かって微笑んだ。「楓ちゃんだよね? 歩希や希美から話は聞いてるよ。初めまして。あたし、歩希とお付き合いしている、志摩朱理です」
楓はクリクリの目をさらに大きく広げて驚く。「お……お付き合い!? ウソでしょ!? 希美と歩希くん、子どもの頃から、ずっとラブラブだったのに!! なんで!? え? なんで!?」
楓同様、汐音も驚きを隠せないようだ。わざわざ話すことでもないと思っていたので、希美はまだ二人に歩希と朱理のことは話していなかった。
「だからやめなって、楓」希美は楓を後ろに下げ、代わりに窓際に立った。「ごめんね歩希、朱理。お邪魔しちゃって」
「ううん、全然大丈夫だよ?」朱理は特に気にしたふうもなく言って、そして、希美の部屋のテーブルにあるお酒やおつまみに気がついた。「今から女子会するの? 良かったら、あたしたちもそっちに行っていい?」
いやいや勘弁してよ、という言葉を飲み込んで、「なに言ってるの。歩希一人部屋に残しちゃ可哀想でしょ」と、無理をして笑う。
「汐音が帰って来て、久しぶりに会ってるんだ、邪魔してやるな」と、歩希も言った。そして、部屋にいる汐音に向かって手を振る。「汐音、邪魔して悪かったな。三人でゆっくりやってくれ」
「あ、うん。ありがと」汐音も手を振りかえした。
「じゃね」
希美はどうにか最後まで笑顔を保ち、窓とカーテンを閉めた。向こう側も窓とカーテンを閉めた気配がする。そこでようやく、笑顔をやめることができた。
「……希美? 大丈夫?」汐音が希美の様子に気づき、優しく声をかけた。
「え? なんで? 別に、なんでもないよ」希美はもう一度無理に笑った。もっとも、上手く笑えている自信は無い。
「いや、でも、ビックリしたわ」と、楓は、まだ信じられないという表情で首を振る。「まさか、歩希くんが希美以外の子をカノジョにするなんて……」
「ちょっと楓、やめなって」
汐音が注意すると、楓ははっとした顔になり、「あ、ごめん」と、希美に謝った、
「だから、なんで謝るの? 歩希とは最初からそんな関係じゃないし、朱理は高校の友達だから、ホント、なんでもないんだって」
もちろん嘘だ。歩希が自分から離れて行くなんて思いもしなかったし、朱理に対しては、いろいろと思うことはある。
そして、汐音と楓の二人に、胸の内の気持ちを隠し通せるとは思えない。
「……場所、変えようか?」汐音が希美を気遣うようにそう提案した。
「そだね」と楓も同意する。「ちょっと歩くけど、国道沿いのファミレスに行こうか? あそこなら、夜中までやってるし」
「ゴメンね、汐音、楓。ありがとう」
希美はふたりの優しさに素直にお礼を言った。すぐ隣の部屋に歩希と朱理がいると思うと、希美は心から笑うことはできない。せっかく久しぶりに汐音が帰って来ているのに、それでは申し訳ないだろう。希美たちは部屋を出て、国道沿いのファミレスへ向かった。
☆
「──あたしは、楓と裕太がいまだに付き合ってないっていう方が驚いたよ。裕太って意外と奥手なのかな? こうなったら、楓の方から告白しちゃいなよ」
「だからぁ、何度も言ってるけど、あたしはアイツのことなんて全然タイプじゃないの。アレに告白? ないない、ありえないっしょ。汐音大丈夫? だいぶ酔ってるんじゃない?」
「よく言うよ。小中高とずっと一緒で、今も同じ専門学校に通ってるんでしょ? いまだに心霊スポットとか二人で出かけてるみたいだし」
「まあ、アイツが車を持ってるおかげで、あたしの趣味の範囲が広がったことは間違いないわね。県外のスポットにも日帰りで行けるし。でも、それは移動の足として便利なヤツってだけで、それ以外の感情は無いわよ」
「こんなこと言ってるけど、この前なんて、二人で泊りがけで心霊スポット巡りしたんだよ? しかも車中泊! 狭い車の中で若い男女二人が並んで眠るの! それで恋愛感情が無いなんて、それこそありえないでしょ? ねえ? 汐音」
深夜二時を過ぎ、閉店したファミレスを後にした三人は、夜道を歩きながらお喋りを続けていた。久しぶりの再会、そこにお酒も入り、かなりテンションが上がっている。希美はまだまだお開きにしたくない気分だった。家飲みしようとスーパーで買っておいたお酒とおつまみはまだ部屋にある。さすがに朱理も帰っただろうし、今から部屋で飲み直そうか。そんなことを考えながら家の方へ向かっていると。
……カンッ……カンッ……。
どこからともなく、硬い物がぶつかるような音が聞こえてきた。
「え? 何?」
希美たちは足を止め、周囲を見回す。国道から少し離れた場所──蛭子神社の近くだ。楓が唇に人差し指を当て「しっ」と言った。希美と汐音は息をひそめて耳をすます。
……カンッ……カンッ……。
その音は、一定のリズムを刻むように連続的に聞こえてくる。硬い物……恐らく金属と金属がぶつかる音だ。何かを叩いている? その音は、高台の上の方、ちょうど、ご神木のある広場の辺りから聞こえてくる。深夜二時、金属で金属を叩く、ご神木……この三つから、おのずと音の正体が浮かび上がる。
「……え? 誰か、丑の刻参りしてる?」楓が目をぱちくりと開いた。
丑の刻参り──日本に広く伝わる呪いの儀式だ。丑の刻、つまり深夜二時ごろ、白装束に身を包み、頭に火を灯したろうそくを三本立て、藁人形を呪いたい相手に見立て、神社のご神木に五寸釘で打ち付ける。これを七日七晩続けると呪いは成就し、相手は病気やケガをしたり、あるいは死んだりといった不幸が訪れる、というものだ。
「イイねイイね。誰がやってるんだろ? ちょっと見に行ってみようか?」
お酒の影響もあるのだろう、楓は楽しそうに言うと、鳥居の方へ向かった。
「ちょっと楓、やめなって」という汐音に対し、希美は肩に手を置いて、「イイじゃん、久しぶりに、こういうのも」と言った。普段は怖がりな希美だが、お酒の影響もあり、何より蛭子神社は希美にとっては怖くない場所なので、いつもより大胆になっていた。
楓も希美も見に行く気満々なので、そうなると汐音の性格上放っておけないのだろう。しぶしぶ付いて来ることになった。
「……なんか、小学生の時もこんなことやってなかったっけ? あたしたち」
社殿裏の暗い細道を、スマホの心細いライトだけを頼りにのぼりながら、汐音が言った。
「やったよね。あたし、よく覚えてるよ」と、希美は答える。「ほら、『ほん怖話』。あれで丑の刻参りの話があって、それを見た楓が『蛭子神社にも藁人形があるかもしれないから、今から探しに行こうよ』って言ったんだよ」
「そうそう」と、前を歩く楓が振り返って頷いた。「あの時、希美がいきなり倒れて、救急車で病院に運ばれて、大変だったよね? 結局なんともなかったけど」
そう言って笑う楓に対し、希美は、「なんともなかった、ってことはないよ」と、軽く抗議する。「あたし、あの出来事がきっかけで霊感が目覚めたんだから」
「え? そうなの?」楓も汐音も目を丸くして驚いた。
「そう。言ってなかったっけ? あの後、運ばれた病院でたくさん幽霊見て、あたし、ホント怖かったんだから」
「あれ? でも……」と、楓は首を傾け、記憶を探るように言う。「確かその前に、『ご神木の上から女の顔が下りてくる!』とかなんとか言ってたような……?」
「あ……あれはその、なんと言うか……そう! あの瞬間霊感が目覚めて、その後意識を失ったんだよ」
みんなの気を引こうとウソをついた結果、本当に霊感に目覚めた、とは恥ずかしくて言えず、希美は曖昧にごまかす。ふたりはどこか腑に落ちないような顔をしていたが、ご神木がある広場に近づくにつれ、次第に口を閉ざし、表情も硬くなっていった。坂道をのぼる間も、……カンッ……カンッ……という音はずっと聞こえてくる。のぼるにつれ、ハッキリと聞こえるようになっていた。丑の刻参りかどうかはまだ判らないが、ご神木がある広場から聞こえてくるのは間違いなさそうだ。
広場の近くまで来た。スマホのライトを消し、身を低くして、息を殺しながら様子を伺った。
ご神木のそば、覗き見する希美たちに背を向ける格好で、その女はいた。まず目についたのは、頭に立てた三本のろうそくだ。その炎に照らされて闇の中にぼんやりと浮かび上がる姿は、全身白装束。そして、右手に持つハンマーと、ご神木に太い釘で打ち付けられた藁人形。希美たちが想像していた丑の刻参りそのものだ。
女は、何事かぶつぶつつぶやきながら、何度もハンマーを振るう。……カンッ……カンッ……という釘を打つ音に合わせて発せられるその声は、耳をすますと、「……死ね……死ね……」と言っていると判った。
「……ヤバ、マジでいたよ、丑の刻参り女」
楓が声を殺して言った。期待はしていたものの、本当にいるとは思っていなかったのかもしれない。当然だろう。今の時代、本気でこんな儀式を行う人がいるなんて、実は希美も思っていなかった。
女がハンマーを振るうたびに、釘はご神木の幹に深く沈んでいく。それにつれ、釘を打つ音も鈍くなる。……カンッ……ガンッ……ゴンッ……ゴツッ……。それが、希美には痛みに耐えるご神木のうめき声に聞こえた。
ゴスッ!
ひときわ鈍い音とともに、女は釘を最後まで打ち込んだ。
だが、それで終わりではなかった。女は懐からさらに藁人形と釘を取り出し、場所を変えてまた打ち付け始めた。それで、希美たちは気がついた。藁人形はひとつではない。女がいま打ち付けているものの他にも、ご神木の幹には多くの藁人形が打ち付けられていたのだ。見えているだけでも十体近くある。
「……だいぶ恨みが強そうだよ、アレは」その数に、恐ろしさ半分呆れ半分という声の楓は、「どうする?」と、みんなに訊いた。
「どうするって、警察に通報するしかないでしょ」汐音は冷静にそう答えた。「あれ、殺人未遂とかには問えないかもしれないけど、たぶん器物破損だし」
「でもさ、もし相手に気づかれたら、こっちがヤバいよ? 誰かに見られたら呪いが跳ね返ってくるから、死に物狂いで襲いかかってくるんじゃなかったっけ?」
楓の言う通りだった。丑の刻参りの言い伝えでは、儀式をしているところを誰かに見られると、その呪いが自分自身に跳ね返ってくる、と言われている。それを防ぐには、見た者を直ちに殺すしかないらしい。子どもの頃観たテレビ番組でもそうだった。あのドラマで、儀式を見られた女が執拗に主人公をつけ狙う姿は、演じている女優の怪演ぶりもあり、今でも希美の記憶に深く刻み込まれている。
女はハンマーを振るうのに夢中で、今のところこちらには気付いていない。今のうちに社殿のところまで戻って、そこから通報するのが良いだろう。汐音はそう提案したのだが。
希美は立ち上がると、大股で広場に入った。
「──え? ちょっと待って希美? どうするつもり?」
後ろから聞こえる楓の声には応えず、希美は女へ近づく。気付かれても構わないと思っていた。
許せなかった。
ご神木に対して、太い釘を何本も打ち込んでいる女。釘を抜いたとしても、その傷跡は残る。希美は、これまでご神木と何度も会話した。その声を聞き、北西の山頂部からこの地に移された木の悲しみを、ずっと聞いてきたのだ。その木を傷つける行為を見過ごすことなどできない。このご神木の広場は、希美にとって神聖な場所だ。母と妹、そして、歩希との思い出の場所。それを穢された気分だった。警察に通報するだけでは到底気が済まない。
希美は女の肩を掴んだ。強い力で引き、女が振り返ると同時に、その頬をひっぱたいてやろうとした。手を振り上げた。
「────!!」
手を振り下ろすことはできなかった。
女には、顔が無かったのだ。
振り返った女の顔は、闇に飲み込まれたかのように真っ暗だった。一見顔に黒い絵の具を塗りたくったようなにも見えるが、そこには何もない、光さえも照らすことができない、ただの虚ろ。
それは、希美自身の顔でもあった。
まるで、鏡を見ているかのような錯覚。実際、希美は何度もこの顔を鏡で見ている。実家の洗面所で、マンションの姿見で、様々な場所の鏡で。
何もない、虚ろな自分。どんな光も照らすことのできない、闇に飲まれた自分。
──え?
気がつくと。
広場には、希美一人だけだった。
顔のない女も、一緒に来たはずの楓も、汐音も、誰もいない。そばにご神木があり、その幹に何体もの藁人形が、五寸釘で打ち付けられているだけだ。
──今、あたしは、なにを……。
右手を見た。ハンマーが握られていた。服は全身白装束で、頭には火が灯った三本のろうそく。そして、左手には藁人形と、太い釘。
ひいぃっ!! と悲鳴を上げ、希美はハンマーと藁人形と釘を投げ捨てた。それでも、手のひらには藁人形とハンマーの感触──それをご神木の幹に打ち付けていたときの強い衝撃が、確かに残っている。木の幹に打ち付けられた十体の藁人形。これは全て、自分がやったのだろうか。
──違う、これはあたしじゃない! あたしは……あたしは!!
否定したかった。自分にとって神聖な場所、大切なご神木。それを穢して、傷つけて。そこまでして呪いたい相手など、居るはずがない。そう思いたかった。
しかし。
記憶はよみがえる。
朱理と歩希。
……死ね。
楓と汐音。
……死ね。
父と夏美と乃愛。
……死ね。
裕太、直人、舞──。
……死ね。
その憎しみを、恨みを、怒りを、悲しみを。
……死ね……死ね……みんな死ね……みんな死ね!!
釘とハンマーに込め、藁人形を突き刺し、ご神木に打ち付けていた自分を、思い出した。
この十体の藁人形は、全て希美の周りの人を模したものだ。そして、まぎれもなく、自分自身が、全ての釘を打ち込んだのだ。
「──いやああぁぁ!!」
希美は悲鳴を上げ、その場から逃げ出した。
