【短編ホラー集】怪忌27.伝言/E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末
E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末
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27.伝言
「──ゴメン希美、彩愛。今日、ちょっと外せない用事ができちゃって、行けなくなっちゃった」
一日の授業が終わり、三人で学校を出ようとしたら、朱理は、ぱん、と両手を合わせてそう言った。今日は三人で街へ出て遊ぶ約束をしていたのだが、予定が変わったらしい。
「そうなんだ。まあ、仕方ないよ。ね、彩愛?」
希美は、なんでもない口調でそう言って、彩愛を見た。彩愛も、「うん。気にしないでいいよ」と頷く。急に用事が入ることは、誰にでもある。約束していたとはいえ、特に重要な用事があるわけでもない。またいつでも遊ぶことができるのだから、特に気にはしなかった。
「ゴメンね、今度埋め合わせするから。じゃあね」
朱理はそう言うと、急いで教室を出て行った。
「じゃあ、お出かけはまた今度ということで」
「そうだね。じゃあ、またね」
希美も彩愛と別れ、家に帰ることにした。
予定が変わってしまったのは仕方ないが、ひとつ問題があった。朱理たちと遊ぶことは前から決まっていたので、今朝、家の人に、「今日は朱理たちと街で遊ぶから、夜ご飯は用意しなくていいよ」と言って出てきたのだ。家に帰って食べるものがなにもないのはちょっと困る。なので、家に電話をして、予定が変わったから夜のご飯を作ってほしいことを伝えなければならないのだ。
「…………」
希美はしばらくスマホとにらめっこをした後、妹の乃愛のスマホにかけた。小学校の授業は終わっている時間だから、おそらく家にいるだろう。数回のコールの後、《なに? お姉ちゃん?》と、乃愛が出た。
「乃愛? 今どこにいるの? 家?」
《ううん、花蓮ちゃんの家。みんなで宿題してる》
そう聞いて、期待がしぼむ希美。家にいてくれたら話は早かったのだが、よりによって今日友だちの家とは。
とはいえ、背に腹は代えられない。希美は要件を話した。
「ゴメン乃愛、あたし、今日朱理たちと遊ぶ約束してたから、朝、あの人に晩御飯はいらないって言って家を出たんだけど、なんか、朱理が急に遊べなくなったみたいでさ。やっぱり家で食べることになったから、そう伝えておいてくれない?」
そう告げると、乃愛はあからさまに不服そうな声になる。
《はあ? なんであたしが? お姉ちゃんが直接言えばいいでしょ?》
「いや、それはそうなんだけど、まあ、なんと言うか、その……」
言い淀む希美。ハッキリ言えば、電話したくないのである。もちろん、その辺の事情は乃愛もよく知っている。
《忙しいから切るよ?》
冷たくそう言って、乃愛はこちらの返事も待たずに通話を終えた。何よあの態度、と、希美は切れた電話を睨みつける。小学五年生の分際で、忙しいとか生意気な。そもそも、あの歳でもうスマホを持たせてもらってるのが気に入らない。希美がスマホを持たせてもらったのは中二の時、しかも、希美のご機嫌を取るみたいな形だったのに。
まあ、今さらそんなこと言っても何にもならない。空腹で一晩過ごしたくないので、希美は仕方なく家に電話することにした。ぷるるるる、とコール音が鳴る。しばらくして、がちゃり、と音がして、《……はい》と低い声がした。
──あ、お父さんだ、良かった。
そう思った。これなら問題ない。
「あ、お父さん? ゴメン、あたし、今日友だちと遊ぶ約束してたから、晩御飯はいらないって出てきたんだけどね。それ、無くなっちゃって、やっぱりご飯いるようになったの。だから、そう伝えておいてくれない? お願いね」
希美は一方的に用件を伝え、さっきの乃愛のように返事も待たずに通話を終えた。ヘタに話を長引かせると、乃愛と同じように《自分で言いなさい》と言われるに決まってる。
やれやれ、とりあえずこれで、空腹で一晩過ごさずにすむだろう。希美は一安心してスマホをしまい、家に帰ることにした。
近所の公園の角を曲がると、見覚えのある背中が見えた。毎日見ているスーツとカバン、そして、その背格好。
「あれ? お父さん?」
声をかけた。振り返ったその人物は、やはり希美の父だった。
「出かけてたの? さっきの件、伝えてくれた?」
小走りで追いついて、そう訊いた。しかし。
「なんの話だ?」
怪訝そうな顔で言う。
「なんの話って、さっき電話したでしょ? 友達と遊べなくなったから、晩御飯作って、って」
そう言っても、父の表情は変わらない。「電話って、携帯か? そんな電話、知らないぞ」
「ううん、おうちの電話。三十分くらい前」
「父さんはいま帰って来たんだ。家にはいなかったぞ」
「え……」
ぞわっとした。確かに、いま父はスーツ姿だ。会社へ行く時の格好である。三十分前に家にいて、散歩か何かで外に出たとしても、わざわざスーツに着替えるとは思えない。
なら、さっき電話に出たのは誰だ。希美はスマホを取り出して確認する。発信履歴は家になっていた。希美は間違いなく家に電話をしている。しかし、出たのは父ではない人だ。もちろん、家族に父以外の男性はいない。それは、家の中に知らない男がいる、ということだろうか──。
そのことを話すと、父も顔色を変えた。慌てた様子で家に走り、警戒しながら玄関のドアを開ける。希美も、父の背中に隠れて中に入った。
「──あ、隆治さん、おかえりなさい」
キッチンから夏美が出てきて、父を迎える。そして、背中に隠れている希美を見た。
「あら? 希美ちゃん。今日はお友達と遊ぶんじゃなかったの?」
「……そのつもりだったけど、無しになっちゃったの」
「そう、じゃあ、ご飯、希美ちゃんの分も用意するね」
笑顔で言った夏美は、キッチンに戻ろうとする。
「夏美──」と、父が呼び止めた。「夕方、家に希美から電話がかかって来なかったか? 三十分ほど前だそうだが」
夏美は振り返り、「電話?」と首を傾けた。「ううん、かかってきてないけど?」
そう聞いて、希美は父と顔を見合わせる。家に上がり、リビングの電話を調べるが、夏美の言う通り、確かに着信履歴に希美のスマホの番号は無かった。一瞬、誰もいない間に夏美が家に男を引っ張り込んだのではないか、とも考えたが、そうだとしても、そんな人が電話に出たりしないだろう。
──そう言えば。
電話を戻して気がついた。学校から電話をし、相手が出た時、「がちゃり」という音がした。重い受話器を持ち上げた時の音だ。
しかし、希美の家の電話は親機も子機もコードレスなので、ボタンを押して電話に出る。「ピッ」とか「ぷつっ」とか鳴るのが普通だろう。そうなると、家にかけたのではないのかもしれない。スマホの発信履歴は確かに家の電話番号になっているが、なんらかのエラーかトラブルで、別の家に繋がってしまったのかもしれない。希美が父にそう伝えると、「そうかもな」と言って、安心した顔になった。
希美もほっと胸をなでおろす。どこに繋がったのかは判らないが、再度電話して「さっきは間違えました」っていうのもおかしいし、エラーやトラブルなら再度電話しても同じところに繋がるとも限らない。ご飯も作ってもらえるし、そのままにしておくことにした。
二階に上がり、部屋へ向かう。ドアノブを握ったところで、異変に気がついた。部屋にはいつも鍵をかけている。それが、開いている。
「…………」
希美は思わずノブから手を離す。鍵自体はシンプルなものだ。ホームセンターで二千円ほどで買ってきたもので、今の生活環境になり、後から取り付けたものである。だから、開けようと思えば、鍵が無くてもドライバー一本で鍵自体を取り外すこともできる。
だが、ドアはそういった方法で無理矢理開けられたのではなく、ちゃんと鍵を使ったかのように開けられていたのだ。朝鍵をかけ忘れたのだろうか? とも思ったが、かけた記憶がある。なら、どうして外れている。
全身から体温が奪われる感じがした。誰かが部屋に侵入したのか? 電話の件が頭をよぎる。やはり希美のかけ間違いではなく、この家に、誰かいたのか。いや……鍵をかけたのは記憶違いということもある。むしろ、その可能性の方が高いだろう。
希美は、ゆっくりとドアを開けた。
部屋の中には誰もいない。念のためクローゼットやベッドの下など隠れられそうなところをすべて調べたが、やはり誰もいなかった。
ふう、と、希美は大きく息をついた。鍵をかけたというのは記憶違いだったのだろう。安心し、着替えようとして、その異変に気がついた。
勉強机の上に、カップラーメンが二個、置かれていた。希美には置いた覚えのないものだ。
再び、電話の件が頭をよぎる。反故になった約束、家にかけたはずの電話、謎の男、そして、希美の伝言。
「────」
いや二個も食べんわ、と、希美は心の中でツッコんだ。
