【短編ホラー集】怪忌07.ちぎり絵/E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末
E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末
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07.ちぎり絵
木曜の四時間目、希美たちの四年四組では図工の授業が行われていた。今日は、ちぎった色紙や和紙を台紙に貼って絵にする『ちぎり絵』だ。絵のテーマは自由。みんなそれぞれ好きなものをつくっていいとのことなので、希美は家の花壇に咲いているコスモスの花をつくることにした。花の中心部分に黄色、花びらの部分にピンク色の色紙を使い、ちぎっては貼り付けていく。その花を三つつくり、その下に緑色で茎と葉をつくって完成だ。
「あ、希美ちゃん、うまくできたね」同じ班の楓が希美の作品を見て褒めてくれた。
希美は「ありがとう」と笑顔で応えた。「ママがコスモスの花が好でね、毎年うちの庭で育ててるから、それを思い出しながら作ったの。帰ったら、ママにプレゼントするんだ」
「そうなんだ。ママ、きっと喜んでくれるね。そっか。あたしもママが好きなものつくれば良かったかなあ」
楓は自分の作品を見つめる。楓はライオンの顔をつくっていた。たてがみの部分は茶色系だけでなく緑や黄色や赤など様々な色を散りばめているのでカラフルなデキだ。
「でも、楓ちゃんが作ったのも、カワイイよ。それをプレゼントしても、ママ、きっと喜んでくれるよ」
「そう? なら嬉しいな、ありがと!」
楓は笑顔で言った。
「汐音ちゃんのは……すごいね」
こちらも同じ班の汐音の作品を見て、楓は感心する。希美も「そうだね」と頷く。汐音の作品は、眠るように地面に横たわるキツネと、その周りに散らばった栗とキノコ、その側にわらじを履いた足、そして、足元に煙を拭く火縄銃の銃口が作られていた。国語の教科書に載っている童話『ごんぎつね』のラストシーンだ。それぞれ細かくちぎった紙が丁寧に貼り付けられてあり、あの悲しいシーンが見事に再現されてある。特に和紙をちぎってできる繊維の毛羽立ちはごんの毛並みを表現するのにぴったりだ。ちぎり絵らしい温かみのある仕上がりだが、それがかえってごんの死の悲しみを際立たせている。希美は絵を見ただけで泣いてしまいそうだった。
「他の班の子は、どうかな?」
楓は席を立って隣の班の机を覗き込んだ。隣には歩希と裕太たちの班がある。
「裕太のは……なにこれジャガイモ?」
裕太の作品を見て、楓はにやにや笑いながら言った。それを聞いて希美は思わず吹き出してしまい、慌てて口元を手で隠した。薄茶色の丸い形は確かにジャガイモに見えなくもないが、目と鼻と口と髪の毛もちゃんとあるので、人の顔だというのは判った。
「ジャガイモじゃねーわ、歩希の顔だよ」裕太はちょっとムッとした声で言った。
「ええ? これが歩希くん? 全然似てないじゃん」楓は大げさに驚いた仕草をした後、裕太の前に座る歩希を見た。「歩希くん、これは怒っていいよ」
希美は裕太をフォローしようと思い、「楓ちゃん、そんなこと言ったら可哀想だよ」と言ったが。
「いや、可哀想って言われる方が、なんかヘコむわ」
逆にトドメを刺してしまったようで、裕太はガックリとうなだれた。
「あ、ご……ごめん……」
そんなつもりは無かったので希美は謝るが、裕太はすっかりいじけてしまった。そんな姿を見ても、楓は「気にしないでいいよ、希美ちゃん。裕太のことだから、給食食べたら忘れるし」と言って、また笑った。
「で、その歩希くんは……って、なにこれスゴイ!!」
楓は歩希の作品を見て、教室中に響くほどの大声を上げた。希美も歩希の作品を見て、うわぁ、と声を出して感心する。教室のみんなが、何事かと手を止めて注目した。
歩希の作品は、ひと目で裕太の顔だと判るほどの出来栄えだった。全体的にデフォルメされた漫画チックな似顔絵だが、裕太の顔の特徴を的確に表現できている。特に、髪の毛やまゆ毛は和紙をちぎった繊維のふわふわ感を使ってうまく表現されている。肌は、場所によってちぎった紙を重ねたり、逆に重ねず台紙の色を透かせたりして陰影をつくっているので立体感がある。歩希と裕太でお互いの顔をつくったようだが、歩希の作品は裕太の作品と比べると、子どもが描いた似顔絵とプロのイラストレーターが描いた似顔絵くらいの差があった。
楓と希美の驚いた声を聞いて、他の子も歩希の作品を見に来た。そして、みんな一様に「すごい!」「そっくり!」「天才じゃない?」と絶賛する。歩希の周りにはあっという間に人だかりができ、希美は遠くに追いやられるような形になった。集まって来た子のほとんどが女子である。歩希は女子たちに褒められ、「いや、それほどでもないよ」と、照れたように笑っている。それを見ていると、なんだか希美はおもしろくない気分だった。
「でもさ、裕太って、こんなにカッコよくないよね?」
楓が、またニヤニヤ笑いながら言った。
「そう?」「すごく似てると思うけど」と、女子たちは言う。
「いやいや、絶対違うし。例えばさあ」楓は歩希の作品に手を伸ばした。「眉毛とか、こんなに太くないでしょ」
楓は、ちぎり絵の裕太の右の眉毛の一部を、べりっとはがした。
「あ、おい」
歩希がちょっと怒ったように言うが。
「いっつっ!」
裕太が歩希よりも大きな声を上げ、みんなそちらを見た。裕太は右目の上を手で押さえていた。
その、手の下から、たらり、と、赤い液体が流れた。
赤い液体は裕太の頬を伝い、顎の先から垂れ、ぽたり、と、机の上の作品にしたたり落ちた。ぽたり、ぽたり、と、さらに滴り落ちる。図工の授業中だっただけに、赤の絵の具? と、希美は一瞬思った。恐らく、他のみんなもそう思ったのだろう、きょとんとした顔をしている。だが、今日の授業で絵具は使っていない。何より、その赤い液体は、絵の具では表現できないと思えるほど、深く、赤い。
血だった。
希美がそのことに気づくと同時に、女子が一斉に悲鳴を上げた。裕太は痛みに表情を歪める。血はさらに流れてきて、ぽたりぽたり、と、さらにしたたり落ちる。何かにぶつかってちょっと擦りむいた程度の傷ではなさそうだ。まるで、肉がちぎれたかのよう。
楓は、しばらく呆然と裕太を眺めていたが。
「あ……ゴメン」
慌ててさっきはがした部分を元に戻した。
すると。
「……あれ?」と、裕太は顔を上げた。ケロッとした表情だ。「なんか、急に痛くなくなった」
ハンカチを取り出し、眉の周りの血を拭き取る。そこには傷跡も何も無かった。
「なんだぁ、びっくりさせないでよね」女子の誰かが言った。絵の具か何かを使って裕太がイタズラをしたんだ、と、みんな言った。裕太は「そんなことしてねぇよ」と言うが、誰も信じない。実際傷跡は無いのだから、信じないのも無理はない。
ただ、裕太が作ったちぎり絵に滴り落ちた血はそのまま残った。やはり、それはどう見ても絵具には見えなかったが、みんな何も言わなかった。
