【短編ホラー集】怪忌06.カーナビの警告/E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末
E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末
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06.カーナビの警告
《間もなく、右方向です》
二車線の国道を走行中、カーナビがポーンと鳴り、進行方向を告げた。角にコンビニがある信号のない交差点だ。希美は右のウィンカーを点灯させると、対向車が途切れるのを待ち、右の道路へ入った。さっきよりも道幅が狭い片側一車線の道は、真っ直ぐ目の前の山へ続いている。この先に、目的地のキャンプ場がある。
「あとどれくらい?」
助手席の乃愛が訊いた。希美も初めて訪れる場所だから詳しくは判らないが、カーナビの表示から、「たぶん一〇分くらいじゃない?」と、見当をつけて答えた。
「一〇分か。良かった、間に合いそう」乃愛は、安心した声で言った。「もう。お姉ちゃんがとろとろ走るから、遅刻するかと思ったよ」
乗せてもらっている身なのになんだか偉そうに言う乃愛。もっとも、妹のこういう態度にはもう慣れたものなので、希美は「それは悪うございましたね」と、軽くいなすに留めた。
今年で高校一年になった妹の乃愛は、友達と一緒にアウトドア部に属している。この日は隣の県にある『奥山キャンプ場』にて、初めてキャンプに挑むそうだ。これは希美にとってはかなり衝撃的なことであった。あの甘えん坊で泣き虫だった乃愛がキャンプ……不安もあるが、今回は引率の先生や部活の先輩も一緒なので、そこまで心配することはないだろう。もっとも、この先の不安はぬぐえない。近年のキャンプブームにより未成年の女子だけでキャンプを行う人もいるらしく、それどころか女子高生が一人でキャンプをするソロキャンを楽しんでいる、なんて話もある。そんなのはマンガやアニメの中だけの話だと思うが、今後乃愛が「あたしもソロキャンやってみたい!」なんてことを言い出さないか心配だ。
国道を外れてしばらく走ると田んぼや畑が広がり、その中に民家がいくつか点在しているのどかな風景になった。国道が外れると急に賑わいが失われるのは希美たちが住む町と同じだが、伊吹市が「寂しい」風景と感じてしまうのに対し、こちらは「のどか」な風景と感じる。
《この先、踏切があります。ご注意ください》
景色を味わいながら運転していると、またカーナビのアナウンスがあった。希美は意識を前方に集中させ、慎重に車を進める。アナウンス通り、間もなく踏切が見えた。その手前で一時停止し、電車が来ていないことを確認してから、ゆっくりと通過する。
「踏切なんて見ればわかるのに、ちゃんと事前に警告してくれるんだね」乃愛が感心したように言った。「方向音痴のお姉ちゃんでもちゃんと目的地に連れて行ってくれるし、偉いね、カーナビって」
さっきの一言は姉の寛大さでいなしたが、今度は聞き流せない。希美は、「方向音痴はあんたでしょうが」と、反撃に転じる。「近所の神社に一人で行って、道に迷って泣いて帰って来たのはどこの誰よ? 『お姉ちゃんお姉ちゃん!』って、近所のみんなが見てる前で大泣きして、恥ずかしいったらなかったわよ」
「ちょっと、いつの話してるのよ。子どもの頃でしょそれは。もう」
乃愛は顔を赤くしてそっぽを向いた。妹がこの話に弱いことを姉は知っている。こうやってそっぽを向く姿もまたカワイイ。希美はにひひと笑いながら、さらに車を走らせた。線路を越えると、道は上り坂になった。
《間もなく、目的地周辺です》
しばらく坂を進むと、カーナビがそう告げた。前方には道端に『奥山キャンプ場』という看板が建てられてあり、道は広い駐車場へ続いている。朝七時に実家まで迎えに行き、乃愛と荷物を載せて出発して約一時間。初めての場所だったが、カーナビのおかげで迷うことなく到着できた。そのまま駐車場に乗り入れると、《目的地に到着しました。ナビを終了します》と、カーナビはその役目を終えた。
車を駐め、バックドアを開けて荷物を下ろす。乃愛はまだ新入部員なので、テントや寝袋などは部の物を使うそうだ。持ってきたのは寝る時の服や、コップ・軍手・歯磨きセットなど、家にあったものばかりである。今回荷物は少ないが、このまま三年間部を続けるのなら、きっと荷物も増えていくのだろう。キャンプ場への送り迎えだけでなく道具を買う時にも呼び出されそうだ。
希美が運転免許を取って以降、乃愛は何かと姉を足に使うようになっている。今回のキャンプ場も、電車やバスを乗り継げば来ることはできたのだが、幼い頃から方向音痴で泣き虫だった乃愛を一人で旅立たせるのは不安で、こうしてついつい送ってしまうのである。
「ありがとう。帰りもよろしくね」
荷物を下ろし、希美が運転席に戻った後、乃愛が言った。乃愛は今日ここで一泊し、明日の夕方に帰ることになっている。
「はいはい、五時に迎えに来ればいいのね」希美は判ってるよという口調で伝えた後、「それより、あんたもいい歳なんだから、夜中に寂しくて泣いたりしないでよ?」と、イジワルな口調で言った。
「だから、子どもじゃないんだから、泣かないよ」
「どうだか」と言って笑い、「じゃ、また明日ね」と、希美は車を出そうとした。
「あ、お姉ちゃん、ちょっと待って」
乃愛が呼び止めたので、希美は「なに?」と乃愛を見る。
「たまには家に帰っておいでよ、同じ町なんだし。車で三十分もかかんないでしょ?」
またその話か、と、希美は内心げんなりする。乃愛を乗せるために実家の前に車を停めている間も、父親から同じことを言われた。
「大学生はいろいろと忙しいのよ」希美は何度も使っている言い訳をする。
「歩希お兄ちゃんは、結構ヒマだって言ってたけど?」反論するように言う乃愛。幼馴染の歩希とは同じ大学だが、彼は今も希美たちの家の隣の実家に住んでいる。まったく、余計なことを、と、希美は内心思った。
「歩希は学部が別だから、あたしとは違うの」
さらに言い訳する希美に、乃愛はやれやれと言わんばかりの顔になった。
そして。
「……お母さんも、心配してるよ?」
姉の顔色を伺いながら、探るような声で言った。
「…………」
お母さん──その言い方が、希美は気に入らない。
「関係ないでしょ、あの人は」
冷たく言って、乃愛から目を逸らした。
乃愛はあからさまに大きなため息をついた。「お姉ちゃんもさあ、いい加減、大人になった方が──」
「子どもが生意気言うんじゃないの!」希美は怒った声を出して乃愛の言葉を遮る。そして、言葉を飲み込んだ乃愛に対し、後は「じゃあね」とだけ言い残して、車を発進させた。「お姉ちゃん!」と呼び止めようとする乃愛に構わず駐車場を出る。ルームミラーに写る妹は「どっちが子どもよ!」と──直接聞こえたわけではないが、恐らくそう言っていた。
──めんどくさいなぁ、ホントに。
キャンプ場を後にし、希美はもやもやした気分で車を走らせる。いろいろと思うことがあり、大学進学と同時に家を出て一人暮らしを始めた希美だが、県外の大学に通うために遠い土地へ引っ越した、という訳ではない。乃愛の言う通り、希美がいま住んでいるマンションは家から車で三十分もかからない。大学は市内にあり、同じ大学の歩希や朱理は高校と同じく家から通っている。帰ろうと思えばいつでも帰れるし、そもそも家を出る必要もなかったのだ。
それでも希美には、もうあの家には居場所が無いように思えた。だから、家を出たのだ。
──ダメだ。気が滅入って来た。落ち着こう。
運転免許を取って約三年。ここまで無事故無違反で来ている。こんなことで違反したり事故を起こしたくはない。いったん車を路肩に停め、大きく深呼吸をする。せっかくここまで来たし、帰りにどこかに寄って帰ろうかな? でも今月はお財布がピンチだし、やっぱまっすぐ帰ろうかな? そんなことを考えて気を紛らわせる。そうして五分ほど休憩して気分を落ち着けた後、再度車を発進させた。
キャンプ場から国道に戻るまでは一本道で、ナビ無しでも迷うことはない。行きに通った踏切をまた慎重に通り、しばらく進むと国道が見えてきた。左に曲がると伊吹市方面だ。後はそのまままっすぐ進むだけである。二十分ほど走ると、『伊吹市』という看板が見えた。時刻は九時少し前。往復で二時間程度のドライブだが、自分が住む町に帰ってくると、「ああ、帰ってきたなぁ」と、なぜかしみじみ思ってしまう。そんな気分に浸っていると、ポーン、と、カーナビが鳴った。
《この先、あなたの終着点です》
そのアナウンスに、希美は、はい? と、思わず首を捻る。家はまだ遠い。どんなに急いでも一〇分以上はかかるはずである。というより、帰り道は大体わかるので、そもそも目的地設定をしていない。それに、今のアナウンスは何か変だ。《間もなく右方向です》とか《目的地に到着しました》はよく聞くが、《あなたの終着点です》なんてアナウンスは、初めて聞いたように思う。どういう意味だろう? 終着点……DeadEnd……行き止まり。そんな風に想像する。つまり工事か何かで行き止まりになっているのだろうか? でも、この道は行きも通ったが、工事など行われていなかった。それに、なぜ、「あなたの」と、希美個人を対象にしたかのような言い方なのだろう?
なんだかよくわからないが、行き止まりだったら引き返すのも面倒だ。そう思い、ちょうど左に横道があるので、そちらに曲がることにした。普段は国道を進むので脇道に入ることはない。初めて通る道だが、とりあえず国道と並行していそうな道を走ればいいだろう。自宅マンションはそう遠くないし、もし迷ったらその時カーナビを使えばいい。そんな軽い気持ちで、希美は車を走らせた。
カーナビはそれ以上おかしなアナウンスをすることも無く、また、その道もしばらくしたら再び国道に合流したので、少々遠回りになったかもしれないが、希美は何事もなくマンションに帰りつくことができた。
部屋に入り、お昼までのんびりしようとテレビを点け、愛用のソファークッションに寝転びながらぼんやりと眺める。そして、そのままダラダラと過ごしてお昼前のニュースが始まったところで、希美はあのカーナビのアナウンスの意味を知ることになる。
《──現場上空です。道路は中央に大きな穴が空き、ここからでは底は見えません》
リポーターが鬼気迫る声で伝えた。事故の速報のようだった。同時に映し出された映像を見て、希美は思わずクッションから起き上がる。
ヘリからの空撮と思われる映像には片道二車線の広い道路が上から映されており、道路の真ん中に大きな穴が空いていた。まるで地面が大きな口を開けたかのようである。穴はかなり深く、リポーターの言う通り映像では底が見えない。穴の周りはレスキュー隊員や救急隊員、警察、そしてそれらの緊急車両がたくさん集まっている。どうやら道路の陥没事故が起こったようだ。交通量の多い道路で、何台もの車が転落している、と、リポーターが伝えた。それだけでもかなりショッキングな事件だが、画面右上にテロップで表示された事故現場の名前を見てさらに驚いた。《伊吹市の幹線道路》となっていた。それは、さっき乃愛をキャンプ場に送り届けた際に使った道路だ。行きに希美と乃愛が通り、帰りにも希美が通るはずだった道。事故が発生した時間も表示されている。今から二時間半ほど前の、午前九時ごろ──ちょうど、希美がキャンプ場からこのマンションに帰っている時間、それも、事故現場を通りかかる頃だ。
そのことに気づき、希美は、カーナビの奇妙なアナウンスを思い出した。
《この先、あなたの終着点です》
背中を冷たいものが走る。あれは警告だったのだろうか。
あのアナウンスがあったのは、事故現場の少し手前だ。あの奇妙なアナウンスでルートを変え横道に入ったことで、希美は事故現場を通ることはなかった。もしルートを変えず、あのまま国道を走り続けていたらどうなっただろうか? 事故現場となる手前でアナウンスがあった午前九時前。アナウンスの直前に時間を確認したからはっきりと覚えている。そして、陥没事故が起こったのが九時ごろ。もしあのまままっすぐ進んでいたら、陥没に巻き込まれていた可能性は極めて高い。あのアナウンスでルートを変更したから、巻き込まれずにすんだのだ。
とはいえ。
なぜ、カーナビにあのような警告めいたことができたのか。それは、いくら考えても、さっぱり判らない。
テレビの画面は上空から事故現場を映し続けるが、目立った動きは無い。まだ救助活動は始まっていないように見える。画面がスタジオに切り替わり、アナウンサーが電話で道路工事に詳しい専門家に話を伺う。それによると、事故原因は映像を見ただけでは判らないが、こういった大きな陥没事故の発生原因として多いのは下水道管の劣化による崩壊だという。しかし、事故現場の地下付近には大きな下水管は通っておらず、今回の場合は当てはまらないそうだ。そして、上空から見ても底が見えないほどの深さから考えると、救助活動はかなり難航することが考えられる、とのことである。
「──このニュースは、新しい情報が入り次第またお伝えします」
アナウンサーがそう伝え、一旦次のニュースへ移った。しかし、希美はそれ以降のニュースは頭に入って来ず、ただ呆然と画面を見つめていた。
☆
翌日の続報で、その陥没事故には三台の車が転落し、ドライバーと同乗者合わせて六人が巻き込まれている、と、希美は知った。
国道は、当然通行止めとなっている。この町の主要幹線道路なので迂回路は大渋滞となり、乃愛を迎えに行くのには半日がかりになった。
最初のニュースで専門家の人が言った通り、救出活動は困難を極めた。事故から三日経っても進展はなく、生存は絶望視された。結局六人全員の遺体を回収したのは半年後のこととなり、国道の復旧作業にはさらに三カ月を要した。事故原因は、なんらかの理由で道路の下に巨大な空洞ができたため、とされた。要するに、原因不明である。
そして。
あの時、希美の車のカーナビはなぜあのような警告をしたのか──その原因もまた、不明なままだ。
