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【短編ホラー集】怪忌08.御神木/E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末

E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末


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08.御神木

 希美の家から少し離れた小高い丘の上に、近所の人から「ヒルコさま」と呼ばれている神社がある。蛭子ひるこ神社──日本神話に登場するイザナギ・イザナミの間に生まれた最初の子だが、醜い姿であったため葦の舟に乗せられ流されたという、不遇の神である。

 このヒルコ神が漂着し、神様として祀られた、という伝承は、日本各地に存在する。兵庫県の和田神社わだみや西宮にしのみや神社が特に有名であろう。希美が住む町の蛭子神社も、そんな神社のひとつである。

 ただ、この町の蛭子神社は少し変わっていた。「舟に乗って漂着した」という伝承から、蛭子神社がある町の多くは海辺の町(もしくはかつては海が近かった土地)なのだが、伊吹市は山間部の町であり、海とは縁が無いと言って良い。

 このような土地にヒルコ神が漂着したとされている例は少ない。

 町の伝承によると、今から約一三〇〇年前、町の北西部、現在は廃遊園地となっている山頂部にあった一本の木の根元に、ヒルコ神は現れたとされている。どのようにして現れたのか、詳しくは伝わっていない。その木の近くには海はもちろん川さえ無いため舟で流れ着いたとは考えづらく、天から降臨された、逆に地面から這い出してきた、誰かの手によって連れてこられた、など、さまざまに解釈されている。

 何にしても、こうした経緯によりこの地に現れたヒルコ神は、当初は山頂の木の側にやしろを設けられ祀られていたが、戦後の高度成長期に伴う土地開発の影響で、現在の地に遷宮せんぐうされたのだ。

 この蛭子神社では、毎年秋にお祭りが行われている。小さなお祭りだが、お神輿や獅子舞などが行われ、出店でみせも並ぶので毎年多くの人が集まり、地域住民から愛される伝統行事である。

 この年、希美は妹の乃愛と二人、母親に連れられお祭りに遊びに行くことになった。



 大鳥居をくぐった先の参道には金魚すくいやタコ焼きなど出店が並び、たくさんの人が集まっていた。希美たちのような親子連れや、子どもたちだけのグループ、若い男女二人やお年寄りまで、町中の人が集まったのではないかと思えるほどの人出だ。普段は閑散としているこの神社にこれほど人が集まるのは年に数回しかない。この神社は家から自転車で一〇分ほどの場所にあり、広場もあるので希美や楓たちの遊び場のひとつだ。普段から馴染みのある場所だが、ここまで人が集まると、なんだか別の場所のように思える。

「──ママ! ぐにゃたま・・・・・! ぐにゃたま!」

 参道の人込みの中を通って社殿の方へ向かっていると、乃愛が出店のひとつを指さして言った。わたあめの出店で、店先にはアニメやおもちゃなどで人気のキャラクターが描かれた袋がいくつも吊るされており、その中に乃愛が大好きなアニメのキャラがいた。今年大流行したぐにゃぐにゃしたたまごのキャラクターだ。店の中には大きな鍋のような機械がある。店のおじさんがその中に木の棒を入れてかき回すと、見る見るうちに棒の周りに綿が集まって膨らみ、あっという間にふわふなの綿菓子が完成した。それを店先で待つ子に渡すと、その子は美味しそうにかじりつく。

「のあもほしい! のあもほしい!」

 乃愛は母親の袖を引っ張る。「はいはい」と、母は言って、乃愛と希美は二人それぞれ好きなキャラクターの袋を選んで買ってもらった。早速食べると、雲のようなふわっふわの食感が口の中で溶け、甘い味が広がった。乃愛も夢中になって食べている……と思ったら。

「きんぎょ! きんぎょ!」

 半分も食べない内に、乃愛の興味は隣の店の金魚すくいに移った。こちらも何人かの子どもたちが遊んでいて、ボウルいっぱいにすくっている子や一匹もすくえなかった子など様々だ。

「のあもやる! のあもやる!」

 また母親の袖を引っ張る乃愛。母は困ったような顔になった。

「ゴメンね、乃愛。金魚すくいは、また後でね。先に神様にお参りしないといけないから」

 母親がそう言っても、乃愛は「やだ! いまやるの! のあ、いまやりたいの!」と、両手をぶんぶん振る。今年で四歳になった乃愛。言葉を覚えるにつれ、どんどんワガママを言うようにもなっていた。

「こーら、乃愛。ワガママ言ってママを困らせちゃダメって、いつも言ってるでしょ?」希美は前かがみになって乃愛と目線を合わせ、肩に手を置いてそう言った。

「のあわがままいってないもん。のあきんぎょやりたいんだもん」

 ぷいっと横を向く乃愛に、希美はさらに続ける。「お姉ちゃんも乃愛と一緒に金魚すくいで遊びたいけど、その前に、神様にご挨拶しなきゃね? 神社は神様のおうちで、あたしたちは神様のおうちに遊びに来ているのよ? 遊ぶ前に、おうちの人に『こんにちは』って挨拶しなきゃダメでしょ? もし、乃愛のお友だちがうちに遊びに来たのに、乃愛に何も言わず勝手に乃愛のおもちゃで遊びはじめたら、乃愛だってイヤでしょ?」

 希美がゆっくりと諭すと、乃愛は「うにゅう……」と唸った。

「じゃ、行こ」

 希美は乃愛と手を取った。乃愛は「わかった、のあ、かみさまにこんにちわする!」と言って、手を握り返した。二人は手を繋ぎ、社殿の方へ歩き出した。

「希美、ありがとう。もうすっかりお姉ちゃんね」母親が感心した声で言った。

 希美は今年九歳。乃愛とは五つ違いだ。妹がワガママを言えば言うほど、姉としてしっかりしなきゃ、という気持ちになっている。

「これからも、乃愛のこと、よろしくね」

 笑顔で希美の頭を撫でる母。ママが笑顔で褒めてくれるのが、希美は何よりもうれしい。「うん!」と、希美も満面の笑顔で応えた。

 境内の階段を上がり、白い紙がいくつも貼り付けられたロープの下をくぐると、普段希美たちが遊んでいる広場がある。入ってすぐのところに狛犬や手を洗う場所があり、奥にはもうひとつ鳥居が建てられ、その向こうが社殿だ。母親が教えてくれるやり方に従って水場で手を洗い、鳥居の前で礼をして、社殿の前に移動した。吊るされた鈴を、乃愛、希美と順に鳴らし、賽銭箱にお賽銭を入れ、二回礼をして二回手を叩き、お願い事をする。希美は、家族みんなとお隣の歩希、楓や汐音たち学校の友達、など、みんな笑顔で楽しく暮らせますように、と願う。そして、最後にもう一度礼をした。

「じゃあ、御神木の枝・・・・・を拾いに行きましょうか」

 お参りを終えた後、母親が言った。

「ごしんぼくのえだ?」希美は首を傾げた。

「そう。御神木っていうのは、神様が宿る木のことなの。この神社の裏の奥に、その御神木があって、その枝を拾ってお守りにするのが、昔からの習わしなのよ」

 そうなんだ、と、希美は頷いた。この神社にはよく遊びに来るが、社殿の方で遊ぶと大人たちに注意されるので、遊ぶのはもっぱら広場だ。社殿の裏にそんな木があるとは知らなかった。

 母親に連れられ、社殿の裏に回る。さっきまで境内にはたくさんの人がいたが、裏に回ると誰もいなくなった。お祭りの喧騒もここまでは届かず静まり返っている。社殿の真裏に当たる場所に舗装されていない細い道があり、木々が生い茂る森の中へ続いていた。太陽の光は木の葉に遮られ、まだ夕方前なのに薄暗くて不気味な雰囲気だ。

「まま、のあ、こわい……」乃愛が不安そうな顔で母親足にしがみついた。

 母は「大丈夫。ママがついてるから」と、乃愛の手取る。そして、「お姉ちゃんは?」と、希美を見た。

「ううん、あたしは大丈夫」

 希美はそう答えた。お姉ちゃんらしいしっかりした姿を見せようと強がった……というわけではない。本心で怖くないと感じていた。確かにひと気のない森の道は薄暗く不気味で、普通だったら怖いと感じてしまうような雰囲気だが、希美には不思議な安心感があった。ここには幽霊などの悪いものはいない──そんな風に感じる。

 細い道をしばらく進むと上り坂になった。乃愛はまだ怖がっているので、母がおんぶしてのぼる。そのまましばらくのぼると、生い茂っていた木々は突然開け、高台のちょっとした広場に出た。

「……わぁ……」

 希美は感嘆の声を上げた。広場の真ん中には一本の木がある。あれが御神木だろう。神様が宿る木、という話を聞いて、希美はとても大きな木を想像していたが、その木はそこら辺にある木と何も変わらない大きさだった。

 それでも、希美にはその木が他の木とは全然違うように感じた。道路わきに植えられた木、公園にある木、小学校の校庭にある木──普段の生活で目にするそれらの木とは、明らかに違う。何がどう違うのか、希美にはうまく説明できない。ただ、ここまでの道のり、昼でも薄暗くて不気味な雰囲気なのに、なぜか怖さを感じなかったのは、この木のおかげのような気がする。例えるなら、この高台から常に爽やかな風が吹いていて、周囲の悪い空気を吹き飛ばしている、そんな感じだ。さっきまで怖がっていた乃愛も、怖さを忘れて不思議そうな顔で木を見ている。

「じゃあ、ふたりとも、好きな枝を拾ってちょうだい」

 母は背負っていた乃愛を下ろし、二人に言った。「はーい」と二人で答えて、周囲を探す。乃愛はさっそく近くに落ちていた大きな枝を拾おうとしたが、「お守りにするんだから、あんまり大きいのはダメよ」と母に言われ、名残惜しそうにその大きな枝を見ながら、また別の枝を探し始めた。

 広場にはたくさんの枝が落ちているが、どれも葉っぱがたくさんついた大きなものばかりで、持ち歩くのに良さそうなものはなかなか見つからない。乃愛は途中で飽きてしまい、最初に見つけた大きな枝で地面に絵を描き始めていた。仕方がないので、希美は乃愛の分も探すことにする。そのまま五分ほど探し続けた。

「あ、これがいいかも」

 御神木の根元に、ちょうど良さそうな枝を二つ見つけた。どちらも希美の親指と同じくらいの大きさで、お守りにして持ち歩くのにピッタリだ。

「じゃあ、それをこの中に入れてね」

 母が手作りのお守り袋を取り出した。希美は拾った枝の一本を乃愛に渡し、それぞれ受け取った袋に入れる。枝は、二本とも袋の中にピッタリと収まった。

「じゃあ、最後に木にお参りするわよ?」

 お守りの口をしっかりと締めた後、希美は両手で包むようにして胸の前に持った。乃愛も希美のマネをする。二人で目を閉じ、御神木に向かって、『あたしたちをお守りください』と願った。

 その時。

 ────。

 不意に、頭の中に何かが入り込んできた気がして、希美は顔を上げた。

 じっと木を見つめる。また、何かが入り込んできた。頭の中に外部の何かが侵入してきたような感覚だが、イヤな感じはしない。それは、目で物を見たり、耳で音を聞いたりする『感覚』に似ていた。違うのは、目や耳などを通じてではなく、頭の中で直接感じていることである。そして、それは形になりそうでならない、言葉になりそうでならない、なんとも言えないもどかしさがある。

「希美? どうかしたの?」

 じっと木を見つめる希美に、母親が訊いた。

「わかんない……けど……木が……何か伝えようとしてる気がするの……」

「……え?」

 母親の声が変わった。「……なにを伝えたいのか、判る?」と、さらに訊く。

「……わかんない。なんだか……言葉になりそうで、ならないの……」

 それは、相手が何か重要なことを訴えているのに、言葉が違うから判らない──例えるなら、そんな気持ちだ。

「希美──」と、母親は希美の両肩に手を置いた。「それって、たぶん、とても大切なことだと思うの。焦らず、ゆっくり、時間をかけて、聞いてあげて」

 母親は希美の目を真っ直ぐに見て言った。自分でもそんな気がしていた。だから、「うん」と、迷わず答えた。

 希美は御神木に向き直り、右手にお守りを持ち、左手を木の幹に添えた。その「何か」は、継続して希美の中に入り込んでくる。目を閉じ、その「何か」を感じ続ける。なんとなくではあるが、それは『木の感情』だと、希美は悟った。

「……ままー、きんぎょまだー?」

 すっかり退屈している乃愛に、母親は「ゴメンね乃愛。お姉ちゃん、ちょっと大事なお話ししてるから、もうちょっと待ってね。あ、ほら、見て。ここから乃愛のおうちが見えるの、判る?」と、高台の下を指さした。この広場はちょっとした展望台のようになっており、希美たちの家やお隣の歩希の家、汐音や楓の家など、町を見渡すことができる。「えー? どこどこー?」と、自分の家を探す乃愛に、母は丁寧に教える。その後も乃愛が退屈しないよう、気を引いてくれた。

 希美は、長い時間、木の感情に寄り添い続けた。

 そして。

 陽が落ち、すっかり夜になった頃──希美は、ようやく目を開けた。

「……お母さん」

 母を呼ぶ。母は、退屈して眠ってしまった乃愛を膝の上に抱き、そばに座っている。

「聞こえた?」

 母の問いに、首を横に振る。木の感情は、まだ判らない。ただ、その感情から無数に伸び広がる枝の先のひと葉・・・に触れたような気がした。その触れた葉を優しく包み込むような気持ちで、希美は答える。

「わかんないけど……たぶん、どこかに帰りたがってるような気がするの」

「……そう」

 母は考えるような表情をしていたが、やがて決意したような目で、また希美を真っ直ぐに見た。

「希美が言ってることは、たぶん合ってると思う。この御神木、元々は別の場所にあったものなの」

「────」

 希美は、母の話を黙って聞く。

 この地にヒルコ様が漂着した一三〇〇年前、木は集落の北西部の山の頂にあった。村人はその地に社を設け、ヒルコ様とともに木をまつり、長年崇めていた。そこは、村人にとって『聖地』と呼ぶ場所だった。

 しかし、近年になって、その『聖地』に手が入ることとなった。戦後、この国が高度成長期に入ると、都市と都市を結ぶ中山間地域だったこの地に人が多く訪れるようになった。やがて村は町へ成長し、さらに発展を遂げる。住宅地としてだけでなく、観光地としても利用されることになった。その目玉となったのが、北西部の山一帯に造られた、遊園地や温泉施設などである。

 この計画に合わせ、北西にあった神社と御神木はこの地に移された。今から五〇年ほど前──希美や乃愛はもちろん、母も父もまだ生まれる前の話である。

「──山の上に観覧車があるの、見たことあるでしょ? あそこには、今は閉鎖された遊園地があるの。この木は元々、あそこに生えていたものなのよ。あの山の上から、村のみんなを見守っていた。でも、人間たちの都合で、無理矢理ここに連れて来られちゃったの」

 この高台からの眺めも、決して悪くない。しかし、見えるのは希美たちが住んでいる家の周りだけで、伊吹市のほんの一部だ。希美はその遊園地跡には行ったことはないが、北西の山はこの町で一番高く、こことは比べ物にならないほど広く町を見渡せるだろう。

「なんだか、可哀想だね……」

 改めて木を見上げる。心なしか寂しそうに見える。ここは神社の社殿の裏のさらに奥にあり、お祭りで人出が多い今日でも、希美たち以外に人は来ていない。みんなから忘れられているのではないか……そんな気がする。

「希美、もし良かったらだけど、時々でいいから、ここに来てあげてくれる? たぶん、御神木も喜ぶと思うの」

 母の願いに、希美は「わかった」と頷いた。母から言われるまでもなく、希美はこれからもここに来ようと思っていた。ここは、なぜか心が安らぐ場所だ。そして、この木の感情を、もっと知りたい。

「さて、すっかり暗くなっちゃったわね。そろそろ帰りましょうか」母親は、眠っている乃愛を揺する。「乃愛? 起きて? 帰るわよ?」

 母に揺すられても、すっかり眠り込んでしまった乃愛は、むにゅむにゅと口を動かすだけだった。希美と母は顔を見合わせ、ふふふ、と笑う。これはもう背負って帰るしかない。明日の朝起きたら、きっと「のあ、きんぎょやりたかったのに!」と怒るに違いない。せめて何匹かでも取って帰らなきゃ、と、希美は思った。

 母が乃愛を背負い、御神木に帰ることを告げようとした、その時。

 丘のふもとから、細い笛の音のような音が聞こえてきた。見ると、希美の家の近所の公園から、赤い一筋の光が空に向かって昇っていた。その光が消えた一瞬後に、ぱぁっと、まるで花が咲くように、無数の光のカケラが夜空に広がった。遅れて、どーん、というお腹に響くような大きな音が聞こえてくる。花火が打ち上がったのだ。

「乃愛! 起きて! 花火だよ!」

 母の背の乃愛を揺すると、さっきまでむにゅむにゅ言ってたのがウソのように、パッと目を開ける。「どこどこ? はなびどこ?」とキョロキョロする乃愛の前で、また一筋の光が打ち上がり、夜空に花開く。三発、四発、と、次々と打ち上がる。

 希美と乃愛と母の三人は、じっと、打ち上がる花火を見つめていた。


 ふと、希美は御神木を見た。


 心なしか、木も嬉しそうにしている──そんな風に見えた。




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