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【短編ホラー集】怪忌15.入れ代わる/E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末

E地方・伊吹市で発生した33の怪忌とその結末


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15.入れ代わる

「──ああぁぁ学校いきたくなーい。どこかの国からミサイルが飛んできて、学校なくならないかなー」

 朝、幼馴染の歩希と登校中、希美は気だるい気持ちを発するようにそう言った。歩希から励ましや慰めの言葉のひとつでもかけてもらいたい、という思いからだったが、歩希からは「くだらないこと言ってないで、行くぞ」と、冷たくあしらわれてしまった。むう、と、希美は唇を尖らせる。確かにミサイルはちょっと不謹慎だったかもしれないが、それにしたってもうちょっと優しい言葉はないものか。希美はちょっとムキになって、「あー学校行きたくなーい、行きたくない行きたくなーい」と、子どもが駄々をこねるように言った。

「おはよ、歩希」

 細い路地から学校へ続く国道に出たところで、クラスメイトの朱理が駆けてきた。朱理はさりげない感じで歩希の肩に手を置いて笑顔を浮かべた後、一転、呆れたような目を希美に向ける。

「おはよ、希美。どうしたの?」

「気にするな」と、希美の代わりに歩希が答える。「テストが近いから、いつものヤツだ」

「ああ、学校行きたくない病ね」

 納得したような顔になる朱理。彼女が転校して来て一年。希美との付き合いも長くなり、今ではすっかり希美の思考パターンを理解している。テスト前になると希美はいつも憂鬱で、現実逃避したくなるのだ。

「そんなにテストが不安なら、嘆いてないで勉強すればいいのに」

 もっともなことを言う朱理に、歩希も「まったくだ」と同意する。それはそうだけどそういうことじゃないんだ、と、希美は心の中で訴える。

「構ってると遅刻するから、ほっといて行くぞ」

 歩希がそう言うと、朱理は「そうね」と言って、二人並んで学校へ向かう。ああ、世は無常だ、と希美は肩を落とす。自分が言ってることがダメ人間の思考だということは希美自身よく判っているが、それにしたってあの態度はいかがなものか。子どもの頃の優しくて頼りがいがあって「大丈夫俺がついてるから(キリッ)」っと言ってくれたあの歩希は、もういないのか……そんなことを考えながら、重い足取りで二人の後を追っていると。

 ゾクゾク、と、希美の背中を冷たい冷気のようなものが包み込んだ。これは、希美の霊感が働いた合図。近くに、何か良くないもの・・・・・・がいる。誰かに見られている感覚がある。おそるおそるそちらを見ると、国道に、希美と同い年くらいの少女が立っていた。歩道ではなく、車道のど真ん中だ。

 そこへ、大型のトラックが通りかかる。

 トラックは少女に接近してもスピードを落とすことはなく、そのまま通り過ぎた。しかし、少女は跳ね飛ばされたり轢かれたりすることなく、そのままそこに立っている。身体がトラックをすり抜けたのだ。その後も軽自動車やワゴン車が通るが、それも少女の身体をすり抜ける。まるで実態が無いかのような存在。明らかに霊だった。

 少女の霊は、どこか物欲しそうな目で希美を見つめている。その少女が着ている服が、自分たちと同じ制服であることに、希美は気が付いた。同じ高校の生徒なのだろうか。

 霊と見つめ合う形になっていた希美は、慌てて視線を逸らした。希美は霊が見えるというだけで、それ以上の特別な力は無い。霊を成仏させたり退散させたりはできないのだ。ヘタに話しかけたりすると、ついて来たり逆恨みされたりしてややこしいことになりかねない。こういうのは気付かないふりをするのがいちばんだ。

 希美は今さらではあるが気付かなかったふりをして、歩希と朱理の後を追った。少女の霊の視線は感じるが、それ以外は特に何もしてくることはなく、希美は無事に学校に着いた。良かった、と安堵する。特に害の無い幽霊だったようだ。


 ──と、その時は思ったのだが。

 それ以降、希美の周りで、異変が起こりはじめた。



 午前中の授業が終わり、昼休み。

 希美は国道の霊のことなんてすっかり忘れ、購買部で買ってきたパンを食べながら、朱理たちとおしゃべりをする。ご飯を食べ終わった後も、そのまま教室でおしゃべりを続けていた。

「あれ? そう言えば希美、今日日直じゃなかったっけ? 次の授業、生物だよ?」

 そう言ったのは、クラスメイトの舞だった。

「あ、そうだった!」

 舞に言われて思い出した希美は、椅子を倒しそうな勢いで立ち上がった。生物の授業は生物実験室で行われる。そして、先生からは、授業用のタブレットをプロジェクターに繋いでおくように言われていた。

 これがまた、面倒な作業なのである。

 型が古いためボタンひとつでWI-FIに繋がるといったものではなく、まずタブレットにケーブルを繋いでから、そのケーブルを変換機に繋いで、その変換機からまたケーブルでプロジェクターにつないで、タブレット側で出力の設定をして……といった複雑な手順を要するのだ。

 これだけでもう面倒だが、さらに面倒なことがある。

 生物の先生は白石しらいしという六十手前の男性で、この学校では一番の古株だ。昔気質の性格、いうと偏見かもしれないが、とにかく何かとネチネチイヤミを言うような性格をしており、その外見と合わせてみんから陰で『ウマヅラ納豆ハゲ』と呼ばれている。いまの時代どうなんだという呼び方ではあるが、希美も何度もそのネチネチイヤミ攻撃を喰らっているので同情する気など毛頭ない、ハゲだけに。

 というか今はそんなことどうでもいい。とにかくそんな性格だから、授業が始まっても準備ができていないと、またネチネチとイヤミを言われてしまうだろう。昼休みの時間はあと五分。早く準備をしなくては。希美は慌てて生物実験室へ向かった。

 ところが。

「──あれ?」

 生物実験室へ駆け込むと、教卓の上には準備室にあるはずのタブレットとプロジェクターが置かれてあり、各種ケーブルでちゃんと接続もされてあった。天井から引き下げるタイプのスクリーンも下ろされてあり、すぐにでも投影できる状態だ。

 実験室には歩希と直人がすでに来ていた。希美の顔を見て、「おう」と手を上げる。

「これ、歩希たちが準備してくれたの? ありがとう」

 二人が気を利かせてくれたのかと思ってお礼を言ったが。

「いや? 俺たちが来たときには、もう準備されてたぞ?」

 歩希がそう答えた。そうなると、他の誰かだろうか。希美は教室内を見回す。他にも何人か生徒はいるが、希美に代わって準備をしてくれそうな子は歩希たち以外にいない。なら、一体誰だろう。

 その後、朱理や舞たちもやって来たので、念のために訊いてみたが、もちろん二人も、そして他のクラスメイトも、誰が準備してくれたのかは知らなかった。そのうちにチャイムが鳴り、先生が来たので席に着く。結局誰が準備してくれたのかは判らなかったが、クラスの誰でもないのなら、前の授業で使ったのがそのままだったか、先生が準備したかだろう。希美はさほど気にすることなく、そのまま授業を受けた。

 その時は、そんな些細な出来事だったのだが。



 その日の授業は全て終わり、放課後。

 教室に残ってまたみんなとおしゃべりしていると、部活に行ったはずの舞が教室に戻ってきた。何か忘れ物をしたのだろうと希美は特に気にしなかったが、舞は希美の顔を見ると、あれ? という顔になった。

「希美、帰ったんじゃなかったの?」

 そんなことを言う。

 希美は首を振った。「ううん、みんなとおしゃべりしてたけど?」

「そうなんだ。さっき校門のところで、川北かわきたくんと二人で帰るのを見かけたと思ったんだけど」

 川北くん……歩希のことだ。確かに歩希は先に帰ったが、誰と一緒に帰ったのかまでは判らない。

「朱理じゃない?」と、おしゃべりしていたクラスメイトの彩愛あやめが言った。「あの二人、最近なんだか仲がいいから」

 どきりとしたことを言う。確かに、最近歩希と朱理は仲が良くなっているように思う。今朝も朱理は挨拶と同時にさりげなく肩に手を置いていたし、スマホで写真を撮るときなど、ドサクサに紛れて腕を組んだり抱きついたりすることもある。朱理は冗談っぽく振る舞っているが、希美としては心穏やかでいられないこともある。

 しかし。

「ううん、朱理じゃないの」と、舞が首を振った。「朱理は先生に呼ばれて、いま職員室で、なんか話をしてるから」

 なら誰だろう? 考えるが、歩希が二人で帰るほど仲が良い女子は、少なくともこの高校には、希美と朱理以外に思い当たらない。

「……あれ、これはひょっとして、浮気?」

 彩愛がイジワルな口調で言った。舞たちも、「そうかも? どうする? 希美?」とからかう。

「いや、あたしと歩希はただの幼馴染で、そんな関係じゃないから」

 希美はいつもの言い分でごまかすが、みんな疑わしげな目でニヤニヤする。

「あ、そうだ。あたし、部活に戻らなきゃ」

 そう言って、舞はロッカーから忘れ物を取り出し、「じゃね」と軽く手を振って教室を出て行った。彩愛たちもおしゃべりに戻り、それで歩希の話は終わってしまう。もっとも、希美の心中では、それで終わりにはできなかった。希美は「ちょっとゴメン」と言っておしゃべりの輪から離れ、スマホを取り出した。

【歩希、いま、誰かと一緒にいる?】

 メッセージアプリのライーンを使ってそうメッセージを送る。少しして、返事がきた。

【いや、一人だけど、何?】

 返事はそれだけだった。何? と訊かれると、どう返していいか判らない。

「……これは、ますます怪しいわね。いまごろ、街でデートしてるのかも」

 背中越しにスマホを覗き込んでいた彩愛が言った。希美は慌ててスマホを隠し、「だから、そんなんじゃないって」と言い訳をしてから、「ゴメン、あたし、ちょっと用事ができたから、帰るね」と言って、カバンを持って教室を後にした。

 家に帰り、親にただいまも言わず階段を上がって部屋に駆けこむ。窓のカーテンを開けると、すぐ前が隣の家の歩希の部屋だ。カーテンは閉ざされているが部屋の明かりは点いている。希美は窓を開けると、「歩希、いる?」と、いつものように呼びかけた。すぐにカーテンが開き、歩希も窓を開けた。とりあえずデートではなかったようなのでそこは安心したが、まだ舞が見た女の子が誰なのかは判らない。

「歩希、今日、誰と一緒に帰ったの?」

 単刀直入に訊くと、歩希は、「あん?」と首をかしげた。「一人で帰ったけど、なんだよ?」

「舞が、歩希が女の子と二人で帰っていくとこ見た、って言ってたけど?」

「はぁ? なに言ってんだ」

「朱理じゃないよね? 朱理は職員室にいたはずだから。ねえ、誰なのその子? 別に怒らないから、正直に言ってよ」

「一人で帰ったって言ってるだろ。アホなこと言ってないで、テスト勉強でもしろ」

 呆れた口調で言った歩希は、バタン、シャ、と、窓とカーテンを閉めた。何よあの態度、と、希美も同じように窓とカーテンを閉める。そして、学習机の椅子にどさりをと腰を下ろした。

 ──あーあ、昔の歩希は、ホント、優しかったのにな。

 背もたれに体重を預け、大きく伸びをしながらそんなことを考える。ふと、本棚の上段に置いてある写真立てが目に入った。希美と歩希のツーショット写真、高校の入学式の日に、桜舞う学校の校門前で、二人並んで撮影したものだ。それを見ていると、なんだかもやもやした気分が増幅される気がする。希美は写真立てを伏せようと手を伸ばした。

 ──あれ?

 写真立てを手に取って気が付いた。写真に写る希美──歩希の横で笑顔でVサインをするその姿が、なんだか薄くなっているような気がするのだ。紫外線か何かの影響だろうか? そう思うが、隣の歩希や二人の背景に異変は無く、薄くなっているのは希美だけだ。そんなことがあるだろうか?

「…………」

 まあ、あるかもしれない。今度またプリントし直しておこう。そう考え、希美は写真立てを伏せた。そして、気を取り直し、勉強でもするか、と机に向かったが、もやもやした気分は晴れず、その日はロクに手につかなかった。



 翌日。

 希美はいつものように、歩希と二人で登校する。「あー学校行きたくなーい。突然地面が陥没して、学校なくならないかなー」と、これもいつものように言っていると。

「歩希、おはよ」

 路地から国道に出たところで、昨日と同じく朱理が駆けてきた。希美には挨拶することなく、すぐ横を素通りして、歩希の横に並ぶ。そして、なぜか周囲を見回しはじめた。なんだろう? と思って見ていると、なんと、朱理は歩希の腕に手を回し、肩の上にちょこんと頭を置いたではないか。

「ちょ……ちょっと! あんたたち、朝から何してんの破廉恥な!!」

 希美が驚いて声を上げると、朱理も驚いたように後ろを振り返り、慌てた様子で歩希の腕を離した。

「あ、希美、いたんだ。ゴメンゴメン、全然気付かなかった。別に、そういう訳じゃないのよ? ホント、ゴメン」

 そういう訳ってどういう訳だ、と、希美は心の中でツッコミを入れる。というか歩希に挨拶する前にすぐ横を通って行ったのに気付かないはずないだろ、というか気付く気付かないは置いとくとしても、二人だけの時は腕を組んでるのかコイツらは、朱理ってそういう子だったのか──など、ますますもやもやした気分でその日も登校した希美は、これは誰かに愚痴らないとやってられない、とばかりに、教室に入ってすぐ舞に話しかけた。

「おはよう、舞。ねえ、ちょっと聞いてよ。歩希と朱理ったらさあ──」

 前の席に座ってそう言ったが、舞は教科書と英和辞典を開き、ノートに何か書き込んでいる。予習かテスト勉強か、それは別段構わないのだが、舞は希美の方を見ることもなく、黙々と勉強を続けている。いくらなんでも挨拶くらい返してくれてもいいだろう。

「ねえ舞、舞ったら」

 肩に手を置くと、舞ははっとした表情で希美を見た。

「うわ、ビックリした。ちょっと希美、驚かせないでよ」

「いや、あたし、声かけたんだけど?」

「え? そうなの? ゴメン、全然気づかなかった。で、何?」

「あ、いや、大した話じゃないし、いいや」

 希美の声にも気づかないほど集中していたのなら、邪魔するのも申し訳ない。希美は「ゴメンね」と言って席を離れた。そして、ちょうど彩愛が教室に入って来たので、「おはよう、彩愛。ねえ、ちょっと聞いてよ。歩希と朱理ったらさあ──」と、同じように話しかけた。

 しかし。

「おはよう、舞」

 彩愛は希美の横をすり抜けて、舞に挨拶をした。舞はすぐに顔を上げ、「あ、おはよう、彩愛」と、挨拶を返す。

 ──え? なにコレ? イジメ?

 そんな風に思う。みんなで希美を無視しようというハラだろうか? しかし、昨日まではみんな普通に仲良く話していたし、突然そんなことをされる心当たりもない。いったい、なんなのだろう。



 その後も、そんな小さな異変は続いた。

 授業が始まり、ちゃんと席についているのに、先生から「うん? 巌刈は休みか?」と言われる。

 プリントが配られても、希美の分だけが無い。

 プリントを記入しても、希美の分だけ回収されない。

 その上、足は踏まれるし体当たりもされるし、なのに、誰も謝ることなくそのまま通り過ぎていく。

 ……など、まるで希美の存在が見えていないかのような振舞いをされるのだ。

 それだけなら陰湿なイジメともとれるが、やはりそんなことをされる心当たりはないし、教師や歩希までそれに加担するとは考えづらい。

 さらに、異変はそれだけにとどまらず。

 休み時間、ずっと教室にいたのに、クラスメイトから、「あれ? さっき廊下にいなかったっけ?」と言われる。

 先生に呼び出されたので職員室に行ったら、「さっき話しただろ?」と言われる。

 日直だけでなく、係の仕事も忘れていたのに、誰かがやってくれている。

 ……など。

 これに関しては、まるでこの学校にもう一人希美がいるかのようなのだ。

 そんなことが数日続いた後の、期末テスト初日。

 ついに、決定的なことが起こった。



「──やっちまったなああぁぁ!!」

 悲鳴を上げながら、希美は家を飛び出した。登校時間は大きく過ぎている。テスト前夜、一夜漬けで生物の勉強をしようとしたのが仇となった。すなわち、寝坊をしてしまったのである。すでにテストは始まっている時間だ。なぜ親も乃愛も歩希も起こしてくれなかったのか。もちろん自分が目覚ましをセットし忘れたのが最大の原因なのだが、ヤツらを恨まずにはいられない。

 校門をくぐると同時にチャイムが鳴る。それはもちろん、一時間目が終わったチャイムだ。生物のテストは完全に受け損ねてしまった。希美は死にたいの姿で教室に入り、席に着いた。

「あ、希美。テスト、どうだった?」

 後ろの席の舞が訊いてくる。なんだそのイヤミ、と思いつつも、希美はどうにか答える。

「いや、どうだったもなにも、見ての通り寝坊して遅刻で追試確定。しかもよりによって生物のテストでだよ。ああ、あたし、死ねばよかったのに」

 そうボヤいたら、舞は目を丸くした。

「なに言ってるの? 希美、普通にテスト受けてたじゃん」

 そんなことを言う。

「はあ? そっちこそなに言ってるの? あたし、いま来た所なんだから」

 だが、舞は「いやいや、テスト受けてったって」と言って、「ねえ? 川北くん」と、近くにいた歩希に声をかけた。

「ああ」と、歩希も言う。「いま来たって、お前、なに言ってんだ? いつも通り朱理と三人で学校来て、普通にテスト受けてたじゃないか。なあ?」

 今度は朱理に話を振る。朱理も「うん」と頷く。「テスト記念、ってことで、三人で写真も撮ったし。えーっと……」

 朱理はスマホを取り出して操作しはじめる。何だよテスト記念って、とツッコむ気力もなく、希美は絶望した目で朱理を見る。

「──え?」

 朱理は短く息を飲み、信じられないものを見たかのように大きく目を見開いた。

 そして、「ねえ歩希、あたしたち、確かに希美と写真撮ったよね?」と、歩希に確認する。

「そうだけど、どうしたの?」

「これ、見て」

 朱理は歩希にスマホの画面を見せた。すると、歩希も朱理と同じように大きく目を見開く。

「これ、誰だ……」

「知らないよあたしも。希美だったよね、絶対」

 震える声の朱理たちに、死に体だった希美も、ただならぬ雰囲気を感じ取る。

「何? 何なのよ、二人とも。変な冗談なら、やめてよね」

 朱理は希美を見ると、ゴクリ、と喉を鳴らして、スマホを差し出した。

 そこには、教室の席に座り、スマホのカメラに向かってポーズをキメる朱理と、朱理に顔がくっつくほど接近されて迷惑そうなまんざらでもないような微妙な表情の歩希、そして、その隣に、見知らぬ女生徒が写っていた。朱理と歩希の接近具合は気になったが、そのことを深く考える余裕は無かった。その女生徒が、あまりにも異質だったから。

 それは、本当にどこにでもいるような、目立たない地味な女子、という印象の子だった。しかし、こんな子はこのクラスには絶対にいない、と断言できる。舞や彩愛たちに見せても、「誰これ?」と首をかしげるだけだ。さらに言えば、希美とは似ても似つかず、毎日顔を合わせている歩希たちが見間違うはずもない。

 だが、その女生徒は当たり前のような顔でそこにいて、そして、歩希も朱理も、みんなそれを希美だと認識していたのだ。

 この子はいったい、何だ。

 ──あ。

 その写真を見ていて、希美は不意に思い当った。この子、見覚えがあるような気がする。記憶を巡り、すぐに思い当たった。そうだ。何日か前、登校中の国道で見かけた、女子高生の幽霊。どこか物欲しそうな目でじっとこちらを見つめていた、あの子。

 その瞬間。

 物欲しそうな目の少女、存在感が薄まる希美、もう一人自分がいるような存在──それら、全てが繋がった。

 ──この子、あたしと入れ代わろうとしている!

 全てを繋げるとそう推測できる。そういえばあの時、希美は学校行きたくない病全開だった。だから入れ代わろうというのだろうか。でも、希美は別に本気でそう思っていた訳ではない。イヤなのはテストだけで、みんなと一緒にいる時間はとても大切だ。それを奪われるわけにはいかない。なんとかしなければ。そう思ったが、教室のドアが開き、教師が入って来た。次のテストが始まる。希美はこの件は一旦後回しにして、いまはテストに集中することにした。


「…………」

 テスト用紙が配られ、チャイムが鳴ってテストが始まろうとしたとき、希美はそっと手を上げた。

「先生、あたしだけ、テスト用紙がありません」

 その声も、もちろん最初は誰にも気づかれなかった。



 テストが終わり、希美は歩希と朱理に事情を説明して、あの子について調べることにした。

 あの霊は、学校に向かう途中の国道にいた。ああいった霊は、多くの場合、死んだ場所に長く留まっている。いわゆる、地縛霊というヤツだ。つまり、あの場所で事故か何かで死んだ可能性が高い。

 そう思い、希美はまず学校のパソコンを使い、あの国道付近で交通事故があったどうかを調べることにした。大手の検索サイトで『E地方 伊吹市 国道××号 ××町付近 事故』で検索する。すると、膨大な数のサイトがヒットした。そう言えば、この伊吹市ではいたるところで謎の事故が発生してるんだった。その数に辟易とする。これは今日中には終わらないかもしれない。明日のテストどうしよう。いやテストより入れ代わられるかどうかの方が問題だろ。などと考えていると。

「それよりさ、この幽霊の子、あたしたちと同じ制服を着てるってことは、この学校の生徒だったんじゃない? なら、白石先生あたりに訊いてみるのはどう?」

 朱理のアイデアに、それだ、と思わず手を打つ。生物の白石先生は学校一の古株で、女生徒の画像を見せれば、何か判るかもしれない。希美は朱理から画像を転送してもらい、さっそく職員室へ向かった。

「──うん? これは……橋本はしもとか? 橋本冬子ふゆこ

 職員室で画像を見せると、白石先生は記憶を探るような様子もなく、すぐにそう答えた。

「知ってるんですか?」思わず声を上げる希美。朱理のアイデアが、ピタリと当たった。

「ああ。先生がこの学校に赴任して、最初に受け持ったクラスの生徒だ。でも、なんでお前らが橋本の写真なんて持ってるんだ?」

 そう訊かれ、希美はなんて答えるか言葉に詰まる。町で見かけた幽霊です、なんて言っても、信じてくれるとは思えない。くだらないこと言ってないでテスト勉強しろ、と言われるだけだ。

「何年か前に、事故に遭った生徒なんですよね?」

 希美が困っていると、歩希が助け舟を出すようにそう言ってくれた。

「ああ、そうなんだよ」と、白石先生は頷いた。どうやらうまく話を逸らせることができたようだ。

 そして、声のトーンを落とし、橋本冬子について話し始めた。

 橋本冬子は、高二の一学期の期末テスト前、国道のあの場所で亡くなった生徒だという。登校中、居眠り運転のトラックが突っ込んで来たのだ。今から三十五年も前の話だが、赴任して初めて受け持ち、しかも事故で亡くなった生徒ということで、今でもその顔をハッキリと覚えているそうだ。

「卒業式の日、好きな人に愛の告白をするんだ、って、やたら張り切ってたな」と、白石先生は続けた。

「愛の告白?」

「ああ。ほら、駅前とかから見えるだろ、山の上にある、大きな観覧車。卒業式の日、あの観覧車に乗って、一番上に到達したときに愛の告白をすると、永遠に幸せになれる──なんて話が、あのころ流行ってたんだ。いま思うと、くだらない噂だけどな」

 橋本冬子は、その噂を強く信じていたようだ、と、白石先生はしみじみとした声で語った。

 白石先生も、覚えているのはそれくらいだと言う。三人はお礼を言って、職員室を後にした。

「──つまり、卒業して愛の告白作戦が事故で台無しになったから、希美と入れ代わって、しっかりと学校を卒業して、改めて愛の告白をしよう、ってことかな?」

 朱理がここまでの話をまとめるように言う。白石先生から聞けた話からすると、そう考えることができる。

「なんというか、バカみたいな話だな。いまさらそんなことして、どうなるってんだ。希美もいい迷惑だろ」歩希は憤りを隠さず言った。

「うーん、それはちょっと言い過ぎじゃないかな。成仏できない霊っていうのは、たいていは、何かこの世界に未練とか執着があるからなの。他人から見たらバカみたいなことでも、本人にしたら重大なことなんだから」

 朱理は幽霊に同情するような顔でそう言った。朱理はオカルトマニアで、幽霊などの話に詳しいのだ。

「じゃあ、その霊の未練とか執着を解決させればいいのか? でも、どうやって? 俺たちの卒業式は、まだ一年半以上先だぞ? それまで希美をこのままにしておくわけにはいかないだろ。仮に卒業式を迎えたとしても、もう観覧車は動いてないから、告白なんてできやしない。どうにもならないじゃないか」

 その通りである。市の北西部にある遊園地は、様々な事情から今も残されたままだが、もう何年も前に閉鎖されて立ち入り禁止だ。その上、何十年と風雨にさらされ続けて腐食した影響からか、二年ほど前に観覧車のゴンドラが一個落下するという事故があり、特に観覧車付近は厳重に封鎖されている。

 歩希と朱理の話を聞きながら、どうするべきか考えていた希美は、不意にひらめいた。

「ひょっとしたら、だけど、あたし、いいこと思いついちゃったかも」

 そう言った後、小さく手招きをする。そして、声を潜め、三人で内緒話をするように、ひらめいたことを伝えた。



 二時間後。

 全てを歩希と朱理の二人に託した希美は、一人、校門の前で待っていた。幽霊こと橋本冬子は希美と入れ代わろうとしており、現れるのは希美のいないところに限られる。なので、希美自身は何もできない。頼れるのはあの二人だけだ。

 しばらく待っていと、校舎から歩希と朱理が出てきて、頭の上で大きな丸をつくった。どうやらうまくいったらしい。

 希美は歩希たちの方に走って行った。

「どう? うまくいったでしょ?」得意げに言う希美。

「ああ、そうだな」と、歩希は笑う。朱理も「感謝してよね? この前の美術室の自画像の件・・・・・・・・・も含めて、貸しふたつだからね」と、恩を売ったような口調で笑った。希美は「わかってるよ。今度、何かおごるから」と答えた。

 希美が考えた作戦のキモは、橋本冬子の霊が、誰に愛を告白しようとしていたか、という点だ。希美は、その相手が白石先生ではないか、と推理したのだ。「卒業式の日に、観覧車の一番上で、愛の告白をする」──新任の教師に何度もそんな話をしたのは、それ以外には考えられない。

 だから、歩希たちには、もうその想いは白石先生には届かない、と、彼女に伝えてもらったのだ。事故から三十五年。遊園地は閉園してもう観覧車は動いていないし、近づくこともできない。さらには、白石先生はとっくに結婚し、妻と子供、孫までいる身だ。

 そして、何より。

「やっぱり、直接会わせてみたのが決め手だったみたいよ?」朱理がおかしそうな口調で言う。「あの子、白石先生の顔見た途端、めっちゃ引きつった顔してたから」

 その様子を想像し、希美は思わず吹き出しそうになった。白石先生も、三十五年前は生徒から人気の若いイケメン教師だったのかもしれないが、今やすっかりウマヅラ納豆ハゲである。その現実を突きつければ、数十年の恋も冷めるというものだ。結果、橋本冬子は卒業して愛の告白という野望を断念し、希美と入れ代わるのをやめたのである。全て、希美の作戦通りだった。

「あー、でも、いま思うと、ちょっともったいないことしたかも」希美は頭の上で手を組んだ。

「うん? なにがだ?」首をかしげる歩希。

「だってその冬子って子、日直や係の仕事とか、テストとか、イヤなこと全部やってくれてたんだよ? うまく付き合えば、あたし、学園生活めっちゃ楽できてたかも。あーあ、惜しいことしたなぁ」

 歩希と朱理は顔を見合わせ、呆れて笑った。つられて、希美も笑う。

「アホなこと言ってないで、帰ってテスト勉強するぞ」

「そうだね。歩希、朱理、今日は、ホントにありがとう」

「んー」

 こうして、この奇妙な事件は幕を下ろした──。


 ……かに見えたのだが。


 希美にとっての恐怖は、まだ終わっていなかった。



「──巌刈、お前、こんなんじゃ卒業できないぞ?」


 数日後、返って来た生物のテストは白紙で提出されたもので、当然のごとく0点。希美は、ウマヅラ納豆ハゲからまたネチネチとイヤミを言われるハメになったのである。

 無論、追試もあるので、まだ恐怖は終わらない──。




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